高齢者に痛み、遠い安心 医療・介護改革法が成立

2014.06.20

高齢者に痛み、遠い安心 医療・介護改革法が成立
2014.06.19 朝日新聞



 18日に成立した地域医療・介護推進法。65歳以上が3割になる2025年以降も、医療や介護が破綻(はたん)しないよう、在宅重視の改革を進めると国は言う。国民にさらに負担を強いる見直しだが、本当に安心につながるのだろうか。▼1面参照


 ■介護 要支援、地域格差に懸念

 「ヘルパーさんのサービスがなければ家の中はグチャグチャになる」。東京都目黒区のマンションで1人暮らしをする「要支援1」の女性(80)は改革の影響に不安を隠せない。
15年間続いた亡き夫の介護でひざを痛め、家事をヘルパーに頼らざるをえない。

 「要支援」サービスの一部は、介護保険から市町村の独自事業に移る。市町村の裁量でサービス内容や料金が決められ、ボランティアにも担い手になってもらうことで、コストを抑えるのが国の狙いだ。

 だが現場の懸念は尽きない。要支援サービスは、介護の初期で悪化を防ぐ意味がある。
家事援助で専門家のヘルパーが心身の変化や認知症に気づく例もある。
国会審議では「『要支援切り』で、かえって利用者の要介護度が上昇し、全体のコストは増えるのでは」という指摘が相次いだ。

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 <担い手確保難題> 厚生労働省は25年時点で、ヘルパーによる要支援サービスの半数がボランティアなど新たな担い手に代わると見込む。
しかし担い手が確保できない自治体では、サービスの質や量が低下する懸念がある。
国会の公聴会に出席した山田啓二・京都府知事は「財政再建の観点から安物の福祉を押し付けるなら本末転倒だ」と政府にクギを刺した。

 自治体の格差はすでに生じつつある。東京都武蔵野市は、自立度が高い人の支援を社団法人のシルバー人材センターなどに委託して費用を抑えたい考えで、すでに検討を進める。
一方、滋賀県のある自治体は「新たな担い手を掘り起こすノウハウはない」と戸惑う。

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 <特養入所には壁> 見直しの柱のひとつが利用者負担引き上げだ。
厚労省は、利用者負担の割合を1割から2割に引き上げる対象者について、「年金収入で年280万円以上」と説明する。
高齢者医療の場合、自己負担が重くなる「現役並み所得」は、年金で暮らす単身世帯で年収383万円以上だ。
「2割負担」の線引きは、医療保険と比べても低額の線引きになる。
年金収入280万円のボーダー層で預貯金が乏しい人にとっては、2割負担はかなり厳しいという専門家も少なくない。

 さらに特別養護老人ホーム入所には「要介護3」の壁ができる。要介護2以下でも独居や生活困窮などの事情を抱えた待機者は多い。
「やむを得ない事情」があれば入所できると厚労省は言うものの、介護関係者には「要介護度だけでは支援の必要性ははかれない」との懸念が広がる。

 (毛利光輝、伊藤舞虹)


 ■医療 病院の役割分担、混乱も

 急速に進む高齢化に対応するため、短期間で国が全国一律に改革を進めるのは難しい。
今回の改正で地域の実情に応じた改革を都道府県に任せることにした。

 国は増大する医療費を抑えようと、診療報酬改定や安い薬の使用促進など、様々な手段をとってきた。
中でも、ベッドの効率的な利用が最大の懸案だった。

 病院のベッドは全国に約90万床ある。診療報酬が高く、症状が重い人向けの急性期用のベッドが7割近くを占める。
しかし、状態が安定した患者まで急性期病院に入院し、非効率な診療で医療費が膨らんでいる。
このままだと25年にはさらに30万~40万床必要だ。しかし、現実的にこれ以上増やすことは無理だ。

 新制度は、回復した患者の受け皿を増やし、病院の役割をはっきりさせる。
症状に合わせて転院させる。医師や看護師を適正におくことで医療費も抑えられる。それを、都道府県が計画を作り、主体的に進めることを求めている。

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 <安定したら転院> 愛知県では今春、先駆けて名古屋大病院と名古屋逓信病院が連携を始めた。

 春日井市の男性(75)は5月中旬、名大病院で心臓の手術を受けた。退院して家に帰りたかったが、一人暮らしで自宅療養には不安もあった。
2週間後、逓信病院に転院して1週間のリハビリをして退院。男性は「家に帰る自信がついてから帰宅できた」と話す。

 逓信病院は医師が不足し空きベッドが多い。
一方、名大病院はより多く重症な患者を受け入れたい。
名大病院が逓信病院に医師を出向させ、安定した患者を移す。
家で療養中の患者が再び悪化すれば逓信病院に入院できるようにする。

 国はこうした連携などの事業に都道府県に作られる基金を通じ財政支援する。

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 <地元の利害対立> 一方、市町村の利害が対立し、混乱も起きている。

 今年4月、千葉県東金市に最重症患者を診る3次救急医療機関「東千葉メディカルセンター」が開院。00年ごろに始まった構想の段階では9自治体が運営に参加し、東金市の県立病院は廃止、近隣の二つの国保病院は縮小して連携。医師不足が深刻なこの地域で、最適化を図るはずだった。

 しかし、県から開設許可が下りた06年4月、4町村が合併してできた山武市の市長選で椎名千収・現市長が病院を維持することを公約に当選し、計画が破綻。
今、センターを運営するのは東金市と九十九里町だけ。二つの国保病院との連携も進んでいない。

 今回の改革では、千葉のような混乱を避けるため、都道府県知事に権限を与えた。
都道府県がつくる地域医療構想をもとに医師会などと協議し、医療機関による自主的な再編を促す。不調なら是正を命令し、従わない病院は補助金を認めないなどの措置がとれる。

 地域医療をしがらみや政争からどう切り離すかが今後の課題だ。

 (辻外記子)


 ■団塊75歳…「2025年問題」 在宅重視へ、地域の力がカギ

 都市部で高齢者があふれ、心身の弱ったお年寄りが医療や介護サービスを求めて漂流する――。
そのような事態がわずか10年後に現実になるかもしれない。2025年に約650万人いる団塊の世代が75歳以上に達するからだ。

 厚生労働省によると、25年時点で75歳以上は2179万人に上り、総人口の5分の1に迫る。
一方、保険料の負担や働き手として支える現役世代は1割以上減る。
医療や介護の負担も跳ね上がり、15年10月に消費税を10%にしても穴埋めは難しい。
保険料を上げるのも限界に近づく。

 高齢化、人口減、財政難の「三重苦」。人手不足が追い打ちをかける。いくらお金があってもサービスを受けられない事態に陥りかねない。

 こうした危機的状況を脱するには、地域の力で負担を分担し合うしかない。
これが今回の制度改正の思想だ。
新制度が目指す絵姿は、病院中心のこれまでの高齢者サービスから、人材や財源を地域に移し、在宅で医療・介護のサービスを受けながら、みとりまでカバーする「地域完結型」の制度だ。

 高齢者の増加に比例してサービスを増やすのは不可能で、在宅重視のほかに道はない。
だが地域によって財政事情や担い手の有無など格差は大きい。家族の介護力が乏しい人を支えきれるのか。
介護責任の押し付けにならないか。
保険財政が厳しいから一方的に介護サービスを減らせば、行き場のない大量の高齢者を生み出すことになる。

 成否を握るのは、都道府県や市町村の取り組みだ。これから高齢者が急増する大都市圏と、すでに過疎化が進む地方では、抱える課題は異なる。
地域に合った医療・介護のあり方を探り、限られたサービスや人材を必要とする人に適切に振り分けられるかどうかが問われる。

 (石松恒)


 ■介護の実態、踏まえず

 <服部万里子・立教大学コミュニティ福祉学部講師の話> 今回の改正は介護保険の給付額を抑えるのが大きな目的で、現場の実態を踏まえていない。
要支援者のサービスをボランティアに委ねれば、身体機能の悪化のサインを察知できず、サービスの質の低下を招きかねない。
特別養護老人ホームの入居制限も、独居や老老介護の人の行き場が細り、追い詰められた家族による虐待が増える恐れもある。


 ■「机上のプラン」憂慮

 <島崎謙治・政策研究大学院大学教授の話> 
現状の医療計画の多くは、データ解析が不十分で実態にあっていない。
都道府県が新たにつくる地域医療構想も、本腰を入れて取り組まないと机上のプランに終わりかねない。
入院治療から在宅医療へうまくつなげる仕組みづくりがかぎだ。
都道府県と市町村の役割分担を明確にして、連携を強化することが欠かせない。病院の集約化の必要性について、住民の理解が必要だ。