消費損税は憲法違反の状態

2014.06.03

消費損税は憲法違反の状態

井上法律事務所 弁護士
井上 清成

2014年6月2日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  


1. 消費税増税による医療経営の危機
この4月より消費税率が5%から8%にアップした。
社会保険診療は非課税取引とされているので、医療機関は価格転嫁ができない。

公定価格たる診療報酬改定によってカバーしたという建前ではあるけれども、実際のところ、カバー率は30%以下に過ぎないという医療機関も多いと聞く。

社会保険診療の提供に係る非課税部分に対応する課税仕入について、仕入税額控除も認められていないので、医療機関によっては丸ごと増税の影響を受けてしまう。

そのまま赤字転落して存続も危うくなる医療機関も出て来るかも知れない。

この10月頃から税率10%への議論も始まり、来年10月からはいよいよ2ケタ台の消費税に突入である。にもかかわらず、次の診療報酬改定は相変わらず2年先というペースらしい。
このような消費税増税による医療経営の危機に鑑みると、本当に消費損税がこのままでよいのか、憲法的観点に照らして検討せざるをえなくなる。


2. 低いカバー率―裁量権の逸脱・濫用

消費損税訴訟の先例たる神戸地方裁判所平成24年11月27日判決は、「厚生労働大臣は、(中略)、医療法人等の仕入税額相当額の負担に関する制度の整合性の見地に照らし、上記改定(筆者注・診療報酬改定)が転嫁方法の区別を解消するための代替手段として想定されていることに鑑みて、医療法人等が負担する仕入税額相当額の適正な転嫁という点に配慮した診療報酬改定をすべき義務を負う」とした上で、「このような配慮が適切に行われていない場合には、当該診療報酬改定は、裁量権を逸脱又は濫用するものと評価することができる。」と明示した。

たとえば、診療報酬改定による増収が、消費税が5%から8%へと増加したことによって増えた(非課税売上に対応する課税仕入についての仕入税額相当分の)負担額の30%以下に過ぎないカバー率であるとしたならば、明らかに神戸地裁判決のいう「裁量権を逸脱又は濫用」した場合と評しえよう。

3. 他の非課税取引との差別―法の下の平等

非課税取引とされているのは社会保険診療だけではない。
しかし、非課税取引を行う他の事業者は、取引価格に控除対象外消費税を転嫁することで控除対象外消費税の負担を免れることができる。
学校の授業料値上げがその典型例であろう。

社会保険診療報酬額が公定価格とされているため価格決定権が全く認められず、医療機関は控除対象外消費税の負担を余儀なくされている。

これに対して、学校をはじめとする他の非課税取引を行う事業者は皆、自身の価格決定権を行使することで、控除対象外消費税の負担を免れることができてしまう。
他の非課税取引との差別は合理的なものとはいえず、憲法第14条第1項に定める「法の下の平等」に反する事態と評しうる。

4. 診療報酬改定は租税でないー租税法律主義

しかし、そもそも診療報酬改定によって、なぜ、控除対象外消費税を診療報酬額に転嫁することが正当化されるのであろうか。
診療報酬改定は、租税法令たる消費税法に基づきなされるものではなく、消費税法とは全く関わりのない健康保険法に基づいてなされるものである。

健康保険法には消費税を考慮する旨の根拠規定がない。このように、診療報酬は租税法令たる消費税法の根拠なくして決定されている。

つまり、診療報酬額に控除対象外消費税額を転嫁することは、「税込」価格である診療報酬相当額を法律(租税法令)の根拠なく患者に負担させていることになってしまう。これは、憲法第84条に定める「租税法律主義」に反している。

現実には、診療報酬改定が仕入税額控除不適用の「経済的な」代替措置となっているといえよう。
しかし、その代替措置はあくまでも「経済的な」ものに過ぎず、租税法によっても根拠付けられた「法律的な」代替措置ではない。
この点こそが租税法律主義に反しているゆえんなのである。

同じ非課税取引である居住用家屋の賃料と対比すると明瞭であろう。
たとえば、住宅賃料の支払いは非課税取引であるものの、賃貸人は家賃を値上げすることによって、消費者である賃借人に対して控除対象外消費税を転嫁することが可能となっている。

その控除対象外消費税転嫁の法的根拠として、借地借家法第32条は、租税法令に基づく公租公課の増額による賃料増額請求権を明文で肯定した。

消費税相当額を消費者である賃借人に転嫁することが、ほかならぬ借地借家法という法律自身により認められているのである。
翻って、健康保険法にはそのような明文の根拠がない。だからこそ、診療報酬改定が租税法律主義に違反していると評しうるのである。

5. 医業遂行の自由と財産権への侵害

憲法第22条第1項は、職業選択の自由とその選択した職業を遂行する自由を保障した。医師や医療法人に即すれば、医業の自由(医業遂行の自由)といえよう。また、憲法第29条第1項は、私有財産制の下に財産権を保障する。
ところが、国民皆保険制を採用し、健康保険法によって社会保険診療報酬を公定価格としていたところに、新たに消費税が導入され、社会保険診療が非課税取引とされたことに伴って仕入税額控除も不適用となった。
個々の医療機関に社会保険診療の価格決定権がなかったにもかかわらず、非課税取引化したことが、そもそもの矛盾である。
公定価格の改定での経済的な配慮をしようとしても、そこには健康保険法上の根拠がない。勢い、その配慮も中途半端になりがちである。

そこで、憲法違反の状態が現に生じてしまい、医業遂行の自由と財産権を侵害してしまう。
租税法の観点から見ても、税負担の公平さを欠き、透明性もない。そうすると、健康保険法を改正して、消費税法上の観点を明示して、診療報酬改定でのカバーを法律的に義務付けるのが、一つの方策である。
または全く逆に、消費税法を改正して、健康保険法上の観点を明示して、社会保険診療における税負担や税率などの仕組みを抜本的に変更する諸方策もあろう。
いずれの方策を採るにしても、とにかく早急に憲法違反の状態を解消しなければならない