旧北上町では、3人目以降の子どもを産んだ家庭には100万円を支給し、町内での子育てを促しました。一定の効果があっただけに、廃止は残念です

2014.05.22

(耕論)消えゆく自治体 佐藤健児さん、今井照さん、伊東正和さん
2014年5月22日朝日新聞

・・・・旧北上町では、3人目以降の子どもを産んだ家庭には100万円を支給し、町内での子育てを促しました。一定の効果があっただけに、廃止は残念です・・・


 急激に人口が減ることで、2040年までに全国で半数の自治体が「消滅可能性都市」になるという。

自治体の未来をどう描けばいいのか。その危機に直面している被災地から考えた。

 ■合併、隅々に目配り必要 元宮城県北上町長・佐藤健児さん

 東日本大震災で最も多くの犠牲者が出た宮城県石巻市は2005年に1市6町が合併してできた自治体です。人口は15万人。
2040年までの「消滅可能性都市」に該当しました。予測されたこととはいえ、衝撃を受けました。
合併で市の面積は4倍ほど広くなりましたが、市の周辺部こそ特に人口減が激しいと想像されるからです。

 私は合併した自治体の一つ、周辺部にある旧北上町で最後の町長を務めました。
旧町は北上川の最下流にある人口4300人ほどの小さな町。主な産業は農業と漁業。若い世代は働き口を求めて旧石巻市へと流れ、過疎化と高齢化が進む――。当時からそれが課題でした。

 そこに震災です。北上川をさかのぼった津波で河口の集落までも壊滅しました。私自身、自宅を失って、家族とプレハブ仮設住宅に暮らしています。

 いま、旧北上町の人口は3千人を割りました。川沿いの一部は住宅が建てられないことになり、もとの集落に帰れません。災害公営住宅が完成すれば住民の一部は戻るでしょうが、震災前より増えることはない。

 石巻市は復興で市中心部に災害公営住宅を集約しています。周辺旧町の復興は遅れがちで、このままでは先細りする一方です。さらに、財政的理由で旧町独自の人口減対策は廃止されている。
旧北上町では、3人目以降の子どもを産んだ家庭には100万円を支給し、町内での子育てを促しました。一定の効果があっただけに、廃止は残念です。

 市に対して声をあげようにも、市議会の定数34のうち旧町選出の議員は2人だけ。合併前は100人弱いた町の職員は市の支所になったことで半分に減り、別の市町の職員だった方も赴任している。市における旧町の相対的発言力はどうしても弱い。合併当初から危惧したことですが、こんなにマイナスとは思っていませんでした。

 もちろん合併しなければよかったかというと、それは難しい。自主財源が少ない北上町ではいずれ立ちゆかなくなるのは明らかでした。もともと25億円ほどの財政規模しかなく、膨らんだ復興予算を切り盛りできなかったでしょう。支所は津波にのまれ、職員ら50人が犠牲になりました。合併したからこそ行政機能が全停止せず、市全体で対応できた側面もあります。

 しかし、自治体が消えたことで目は隅々に届かなくなった。今後ますます人口が減れば、周辺部はさらに不利になります。人口減少に歯止めをかける特効薬は見当たりませんが、周辺部にも生活があります。25年後に消滅の危機が来る前提に立ったうえで、旧町単位にある支所の権限を強め、独自の復興策を進めるといった地域の切り捨てを避ける目配りが求められています。(聞き手・長嶋晶子)

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 さとうけんじ 41年生まれ。農業やヨシ販売業、シジミ漁などを営み、84年から旧北上町議。議長を経て95年に北上町長に初当選。石巻市と合併するまで3期10年務めた。

 ■人の移動、柔軟に考えよ 福島大学教授・今井照さん

 東日本大震災と東京電力福島第一原発事故を経験して、これまでの概念ではとらえきれない自治体の姿が見えてきたのではないでしょうか。

 福島県では今も約13万人が避難しています。多くの避難者は住民票を元の自治体に置いたままにしている。全国の避難先で生活を始めながら、同時に元の地域の人たちや役場と連絡をとりあって避難生活を維持しているのです。区切られた土地の上にはない、新しい形の自治体が現に存在しています。

 江戸時代には干ばつや水害などで村が丸ごと移動することがあり、結果として藩の飛び地が各地にできました。もともと自治体は土地の区画ではなく、「人の集合体」だとわかります。こうした「移動する村」が、原発事故をきっかけに現代社会にも出現したわけです。

 避難生活は長期化する見通しです。4月には、田村市都路(みやこじ)地区(旧都路村)の避難指示が一部解除されましたが、1カ月経って地元に戻ったのは122世帯369人のうち、10分の1以下の12世帯27人でした。

 元の地域で元の生活ができるなら、ほとんどの人が帰りたい。だが、決して元の環境に戻ったわけでなく、汚染水など原発災害がなお継続中と考える人が少なくない。いつかは帰るけれど、今は避難を続けるという選択があることこそ、原発災害避難の特質です。

 いったん避難指示が解除されると、避難を続ける人たちは賠償や支援を打ち切られる可能性がある。それは生活苦に追い込まれることに直結します。それを避けるために自治体が避難指示解除に慎重になれば、帰りたい人も帰れなくなる。

 こうした袋小路を抜けるために、避難先と避難元の二つの地域で住民票を持つことが有力な方法です。総務省は公平性の確保や二重課税の複雑さを理由に難色を示していますが、住民票は自治体から行政サービスを受け、選挙などでまちづくりに参画する根拠です。避難元の復興に関わりを持ちながら、避難先のまちづくりにも参加することで生活や市民権を制度的に保障することになります。

 一方で、自治体の原点は「市民の安全と生命を守る」ことだ、とも思い知らされました。原発事故で自治体丸ごと避難したほとんどの市町村が国よりも早く、かつ広く避難指示を決定し、一人では避難できない人たちをバスでピストン輸送しました。これらの自治体が人間関係の固まりだったからです。

 人口減少で自治体が消滅する危機があおられていますが、むしろ避難を続ける住民の二重の住民登録をまず実現したうえで、住民の人口移動をもっと柔軟にとらえ、人のネットワークを重視する「新しい自治体」の考え方をとりいれて対応すべきです。(聞き手・菅沼栄一郎)

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 いまいあきら 53年生まれ。朝日新聞社と協力して原発事故の避難者から、4回にわたり連続で聞き取り調査を実施。専門は自治体政策。近著に「自治体再建」(ちくま新書)。

 ■街づくりは住民の手で 神戸市長田区大正筋商店街振興組合理事長・伊東正和さん

 1995年の阪神大震災で私が茶店を営んでいる神戸市の大正筋商店街は、98あった店舗の9割が焼けました。住民は散り散りに避難し、お互いにすぐには連絡がとれない状態でした。ところが市は、震災から2カ月後に商店街を含む20ヘクタールの再開発を決め、分譲マンションやスーパー、商店が入る再開発ビルを30以上もつくりました。街の復興は「自治体任せ」でした。

 震災後の私たちはその日その日を生きることで精いっぱい。市と十分な意見交換はとてもできません。市は合意をとりつけた形をとりましたが、どんな立場の何人が賛成したのか、今でもわかりません。市の担当者は「昔のように人が戻ってきて、素晴らしい商店街になります」と強調したので、賛成の人も「行政の言うことだから間違いない」と従ってしまった。

 もともと商店街の一帯は戦争中の空襲でも焼かれず、「昭和レトロ」の雰囲気を残した下町でしたが、震災で店は半分に減ったうえ、再開発で近代的な建物が並んだことで、街のイメージが損なわれました。

 再開発ビルの地下には生鮮食品を扱う店を集め、地上階に服飾品や喫茶店などを入居させたのですが、地上と地下に分断され、食料品を買ったお客は地上階の店には立ち寄らない。店の撤退が相次ぎ、客足はさらに遠のきました。今ではシャッターを下ろした店が目に付きます。

 このままでは街は衰える一方です。自分たちでにぎわいを取り戻す策を考えなければならない。震災から10年を機に、支援してくれたスポーツ選手や俳優らの手形プレートを歩行者天国の床に埋め込み、地元出身の漫画家、故横山光輝さんの「鉄人28号」の高さ15メートルの像やフィギュアのギャラリーを造った。

 週末やイベントでは1日万単位のにぎわいが回復しましたが、商店街でお金を使う人はまれで、売り上げの回復には至っていません。市は計画が進まない空き地を切り売りし、新たな開発を考えていますが、さらに統一感のない、「継ぎはぎの街」になると懸念しています。

 被災地は高齢化と人口減少が進む日本の縮図です。東日本大震災からの復興では、私たちと同じような思いをしてほしくない。今、私は宮城県沿岸部を訪ね、地元の商店主に「誰かに造ってもらう街ではいけない。被災者自らが考えてほしい」と呼びかけています。

 街イコール自治体ではない。街の持ち味を誰よりもわかっていて、10~20年後も持続できる街を本気で考えられるのは、将来もその土地で生きていく人たちです。住民の手で復興後の姿を描き、自治体任せから脱却する。自治体は福祉や都市計画などの専門知識を生かし、住民の知恵を支えることに徹すべきです。(聞き手・平間真太郎)

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 いとうまさかず 48年生まれ。79年から神戸市の大正筋商店街で茶販売店を営む。東日本大震災後は宮城県南三陸町などで講演。「住民の手による街づくり」を訴える。12年から現職。

 ◆キーワード

 <消滅可能性都市> 2040年までに20~39歳の若年女性が半減し、行政機能の維持が難しくなるとみられる自治体。介護保険や医療保険など社会保障の維持が難しくなるほか、雇用も確保しづらくなる。有識者らでつくる民間研究機関「日本創成会議」(座長・増田寛也元総務相)が全国計896の自治体に上るとする独自の試算を公表した。岩手、宮城両県沿岸部の被災地の多くが該当。福島県内は原発事故の影響で推計困難として試算対象外となった。