(フロントランナー:下)「医療は医師と患者が作る」

2014.04.28

(フロントランナー:上)年中無休で子どもに寄り添う
文・大嶋辰男、写真・松本敏之2014年4月26日朝日新聞


患者の不安を和らげるためクリニックの照明はダウンライトで統一。棚にはインテリアを兼ねておしゃれな絵本や児童書が並ぶ=東京都渋谷区
■白岡亮平(しらおか・りょうへい)さん(34) キャップスクリニック総院長

 「ふつうの国」とは何だろう。
少子化が止まらない。移民制度の導入も論議されている。
だが、足元を見れば、ふつうに子どもを育てるのも難しい環境がある。

 特に子どもが病気になったときはそう思う。小児科医は不足。
子どもは休日や夜間に具合が悪くなることが多いのに、受け入れてくれる医療施設は少ない。共働き家庭なら、診察時間内に子どもを連れて行くのにも苦労する。

 そんな心もとない時代に、「社会が変わらないなら僕たちが変わろう」と行動に出た。
2012年、東京都江戸川区に365日オープン、夜10時までOKの小児科クリニックを開設。
今年1月1日には渋谷区の代官山で三つ目のクリニックがスタートした。

 「医療は社会の一部。親と子どもが安心して暮らせない社会はいい社会ではない。
できる、できないでなく、やらないといけないと思った」。クリニックの名前「CAPS(キャップス)」は「Child And Parent Support」からつけてある。

 医師を志したのは小学生のときだった。テレビで不治の病にかかった子どものドキュメンタリーを見た。
「なぜ私はこんな目にあうの」という言葉を聞いて「困った人たちに寄り添いたい」と強く思ったという。とはいえ、実家はサラリーマン家庭。開業医になるつもりはなかった。

 考えが変わったのは総合病院に勤務していたときだ。地域医療は一次医療を担う町中のクリニックと、救急医療、高度医療を担う総合病院がそれぞれ機能することで成り立っている。

ところが、実際に現場で見たのは休日、夜間の救急外来に大勢やってくる、行き場がない病気の子どもたち。

その対応に追われ、急病の患者の診療がままならない。町中のクリニックがもっときちんと機能しないと、医療はますます荒廃していく――。危機感を持った。

 お金の借り方もわからないまま、体当たりで事業計画書を作って銀行を回った。
365日オープンとなると、自分一人では続かない。仲間の医師を求めて、小児科専門医の試験会場で募集のビラをまいたこともあったという。

 理想の医療を実現するために、クリニックでは、あらゆる面で先進的な取り組みが行われている。
その一つがITの活用だ。問診は受付で渡すiPadに打ち込んで行う。
データはそのまま電子カルテに反映され、診察時間は短縮。
「その分、子どもや保護者をじっくり観察できるし、病気や症状について説明することもできる」。
各クリニックの間の情報共有は週1回のテレビ会議で行われる。
医師も看護師も一緒になって、自分たちが目指す理念とは何か、話しあう。

 「新しい時代の医療を作っていきたい」。一人から始まった挑戦に、若い世代を中心とした医療関係者が次々に参加してきた。現在三つのクリニックには医師、看護師、医師の事務作業を補助する医療クラークなど約50人のスタッフが働いている。(文・大嶋辰男、写真・松本敏之)


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(フロントランナー:下)「医療は医師と患者が作る」
2014年4月26日 朝日新聞


各クリニックとの意思疎通は週1回のテレビ会議で。突っ込んだ議論になることも=東京都渋谷区、松本敏之撮影
 ――独立後、3年連続で三つのクリニックを開いています。

 最初に開設した江戸川区西葛西は東京の中でも子どもが最も多い地域の一つ。

ニーズはあると思っていたが、予想以上の反響だった。それで翌年、同じ江戸川区内にもう一つクリニックを作ることになった。
代官山のクリニックは、僕たちの活動に共鳴してくれた代官山蔦屋(つたや)書店のオーナーが、「うちの書店の中でやってみないか?」と声をかけてくれたのがきっかけでした。

 ――スタッフもずいぶんいるんですね。

 医療の世界は古い体質。
現場が「こうしたらいいのに」と思ってもなかなか実行に移らない。医師、看護師、スタッフの強固な縦割り社会も残っている。
「それでは医療は良くならない」「もっと患者のために働きたい」と思っている人たちがいることはわかっていた。現場には志を持った優秀な人たちがたくさんいる。でも、彼らが能力を発揮する場所がない。

■説明不足が原因

 ――あらためて聞きます。なぜ町中のクリニックの役割が重要なのですか。

 総合病院の救急外来に来る親子と接しているとよく疑問を感じた。
クリニックで診察を受けたのに、「ちょっと症状が変わったから」と不安になって駆けつけてくる。

病気や治療について説明を受け、どんな症状なら気にしなくてよくて、どんな症状が出たら総合病院に行くべきなのか、判断の基準を聞いていたらこうならない。
全部がそうだとは言わないが、説明不足のクリニックが多い。

 一方、適当に紹介状を書いて総合病院に送り込んでくるケースや、カルテも治療もいいかげんで総合病院に来ても一から診察をし直さなくてはならないケースも少なくなかった。
一次医療の段階できちんと診療し、本当に高度な医療を必要としている人が総合病院に行けるようにしないと物理的に地域医療は回っていかない。
医療費の無駄も減りません。

 ――なぜそうなるのでしょう。

 いろいろ理由は考えられるが、町中の小児科クリニックは、総合病院の過酷な労働環境から離れたいという医師や、定年退職した医師が開設することが少なくない。

患者に説明したり、つきあったりするのが面倒なこともあるでしょう。
例えば風邪のときに抗生剤を出しても効かないことは明らかなのに、これまでの医療の惰性で処方したり、「患者に文句を言われたくない」と安易に処方したりする。でも、医療は医師と患者が作るもの、人と人の問題だからもともと面倒なものです。
僕らはその面倒くさいことを引き受けたいと思っています。

 ――そうは言っても年中無休、夜10時までのクリニックを運営するのは大変ではないですか。

 「病院は忙しい」「医師の数が足りない」とよく言われるが、うちのクリニックはきちんとローテーションを組んで、医師もスタッフもほぼ週休2日を確保している。

そのために重視しているのは作業の標準化とボトムアップ。電子カルテのフォーマットを厳格に定め、治療は最新の標準治療に統一する。
そうすれば初診の医師と違う医師が担当しても患者は同じ医療を受けられるし、医療を提供する側もスムーズに仕事を引き継げる。要はシステムをどう作るかの問題です。

 ――積極的にITを活用しています。

 医療の世界は「がんばってなんとかする」という精神主義が根強く残っている。

でも、それでは医師やスタッフが何人いても現場は回っていかない。
ITは日々進歩している。
作業を効率化するのに活用しない手はない。
うちのクリニックでは開設当初からシステム会社と密に協力している。

代官山にはエンジニアが半分常駐のような形でいる。電子カルテや問診システムなどは使いながら、「ここが使いにくい」「こういうことはできないか」と気づいたことを伝える方が、早く改善できるし、いいものができる。
機械で効率化できることは機械にまかせる。
その分、患者とのコミュニケーションなど、人にしかできないことをしっかりやろうとしている。

■余裕がない社会

 ――理念の重要性もよく語っていますね。

 理念が明確になっていれば、何をしなければならないか、おのずと決まってくる。
患者のために質が高い医療を提供していく。
その理念の前には医師も看護師もスタッフも関係ない。職種の垣根をなくして問題を共有し、話し合うようにしている。
僕も人間なので間違うこともある。
「疑問に思うことがあったら率直に言ってくれ」とスタッフに言っています。

 ――診察室からどんな社会が見えますか?

 余裕がない時代なのかな。子どもの状態をよく観察せずに、「とにかく早く治してくれ」と言う親が多い。
病気になったら子どももつらいが、看護する親もつらい。
医師はそのつらさを受け止め、親が何を不安に思っているのか、注意深く聞いて適切なアドバイスを与えてあげないと。
そして心のケアも大切。
「お母さん今日はがんばったね」を「今日もがんばったね」と言い換えるだけで、親も子どもと一緒に病気に立ち向かっていける。
それも医療なのです。