目標は何らかあった方がいいが、数字ありきになるのは恐れを感じる

2014.04.25

出生率に「目標」、戸惑い 「現実味ない」「個人の生き方に介入」
2014年4月25日 朝日新聞



 政府の有識者会議「少子化危機突破タスクフォース」で21日、少子化対策の成果を上げるために、出生率などの数値目標を設定するかどうかの議論がスタートしました。

会議では、何らかの目標設定を支持する意見が相次ぐ一方で、「出生率目標」には否定的な声も上がっています。どこが問題なのでしょうか。

 東京都内の出版社で正社員として働く女性(25)は、数値目標をめぐる議論について「現実味がない」と驚いた。深夜まで残業する毎日。出産後、仕事を続けられずに辞める先輩を何人も見てきた。「子どもを産むという実感がわきません」

 京都府の団体職員の男性(28)は「今の給料では、結婚や子どもを持つなんて考えられない」と話す。「
家族を持つなら、自分一人の給料では厳しい。
目標を設ける前に、医療費の補助や、共働きで子育てできる環境づくりを考えてほしい」

 国立社会保障・人口問題研究所によると、50歳時点の未婚者の割合を示す「生涯未婚率」は上がり続け、2010年には男性が2割、女性が1割を超えた。

長時間労働や雇用の不安定さが結婚への「壁」となる中、出産に現実味を感じられない若者は少なくなさそうだ。

 出生率に目標を掲げることについて、女性の人権問題に詳しい伊藤和子弁護士は「例えば二酸化炭素の削減目標なら、個人の生き方に合わせて取り組める。

一方、出生率や出生数に目標を設定すれば、個人の生き方に国が直接、介入することにつながる」と説明する。子どもを産みたくても産めない人、産まない選択をしている人がいる中で、こうした目標が独り歩きすれば、個人を追い詰めることになるという考え方だ。

 ■保育・働き方「政策検証を」

 日本女子大の大沢真知子教授(労働経済)は「まず、今までの少子化対策がなぜうまくいかなかったのかを検証するべきだ」と話す。

 国は90年代から、少子化への対応策を次々に打ち出した。94年には、子育てと仕事の両立を目指す「エンゼルプラン」を策定。0~2歳児の保育を、5年間で60万人に増やす緊急保育対策を盛り込んだ。

 01年には当時の小泉純一郎首相が、「待機児童ゼロ作戦」を提唱。03年には少子化社会対策基本法を制定した。待機児童は、定義を狭めるなどして04年から減少したが、08年に再び増加傾向へ転じた。

 安倍晋三首相は13年4月、保育所の定員を5年間で40万人分増やすとした一方、育児休業期間を3年に延長することを経済界に要請した。

 だが待機児童の問題は解決しておらず、13年4月1日現在で約2万3千人。うち8割が0~2歳児だ。

 東京都武蔵野市に住む会社員の女性(39)は今春、長男(1)が保育所に入れず、育休を延長した。
無認可保育所も含めて6カ所に申し込んだが、すべて断られた。「2人目の子どもはほしいが、こんな状況では厳しい」

 出生率が回復したフランスとスウェーデン。
欧州の社会保障制度に詳しい神野直彦・東京大名誉教授は「フランスは貧困対策、スウェーデンはすべての人間が幸せに暮らすための施策を進めた結果だ」と説明する。

 どちらの国も、出生率に目標は設けていない。
「子どもは社会で育てる」という考えのもと、保育サービスの提供や金銭給付を手厚く実施しているという。神野名誉教授は「一人ひとりが安定して幸せに暮らせるようになって初めて、子どもを産もうと思えるものだ」と話す。

 子どもを産みたいが踏み切れないでいる東京都内のパート女性(30)は、「自殺者が年3万人近くいるような生きづらい世の中で、子どもが生きていけるか心配」と話す。
「目標を掲げるくらいなら、産みたい、子育てしたいと思える社会にしてほしい」

 ■「少子化危機突破タスクフォース」各委員の主な意見

 ◇吉村美栄子 山形県知事

 出生率でも、出生数でもいい。わかりやすい形で必ず数値目標を

 ◇鈴木英敬 三重県知事

 何らかの目標を設定すべきだ。女性に出産を押しつけるといった誤った事実を伝えかねないので、丁寧な説明が必要

 ◇山田正人 特許庁総務部制度審議室長

 出生率が基本だが、仮に産まない自由の制約に感じられるなら、年間出生数があるのかもしれない。目標値すら反対というのは政府としてどうなのか

 ◇松田茂樹 中京大現代社会学部教授

 出生率目標の意義の一つは、見える化。少子化対策を優先することが必要だと端的に示すべきだ

 ◇安蔵伸治 明治大政治経済学部教授、日本人口学会会長

 結婚できる社会、共働き社会を作るのが大きな目標。出生率の設定はあまり意味がない

 ◇斉藤英和 国立成育医療研究センター副周産期・母性診療センター長 ※座長

 男女とも出産適齢期があるから、それを考慮した提言が必要だ。妊娠適齢期にたくさん産めるような政策を

 ◇坂根正弘 コマツ相談役

 社会保障を見える化すべきだ。子どもを育てることに意義があるということを何度も申し上げないといけない

 ◇渥美由喜 東レ経営研究所ダイバーシティ&ワークライフバランス研究部長

 産みたくても産めない状況を改善していくことが大事。出生率目標は分析ツール。それを使ってきめ細かな政策を話すべきだ

 ◇井伊雅子 一橋大国際・公共政策大学院教授

 スウェーデンでは少子化対策が借入金に依存していないと聞いた。重要なメッセージだ

 ◇池本美香 日本総合研究所調査部主任研究員

 私の中で結論は出ていない。何らかの目標は大事だが、それは出生率がいいのかは疑問だ

 ◇井上敬子 文芸春秋「CREA」局出版部部長

 目標は何らかあった方がいいが、数字ありきになるのは恐れを感じる

 ◇後藤憲子 ベネッセホールディングス

 数値が目標ではなく、いろいろな仮説で数値がどう動くか見ていくのが大事

 ◇宋美玄 川崎医科大産婦人科

 出生率より、全体の出生数などで設定した方がいい。女性の立場では「産め」と言われているように感じてしまう人もいる

 ◇成沢広修 東京都文京区長

 どういう目標が出生率につながるのか、引き続き議論をお願いしたい

 ◇藤井威 公益社団法人長寿社会文化協会代表理事

 出生率回復に成功したスウェーデンの政策は、女性の家庭からの解放、就業と育児の両立を増やすことだった

 ◇水町勇一郎 東京大社会科学研究所教授

 人権に配慮し、プロセスを見える化すれば、何らかの形でポジティブな数値目標をつくるのは賛成

 ◇宮島香澄 日本テレビ報道局解説委員

 何らかの目標は必要だが、出生率には個人的なプレッシャーがかかる。妊娠・出産時期を早めるような動きがあってもいいと思う

 <発言順。敬称略。原田泳幸委員(日本マクドナルドホールディングス取締役会長)は欠席>