日本医師会 赤ひげ大賞///■地域医療 住民に笑顔 心と体支える5氏

2014.04.02

 第2回 日本医師会 赤ひげ大賞(2-1)

2014.03.27 東京朝刊 16頁 特集特設 写有 (全3,804字) 
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 ■地域医療 住民に笑顔 心と体支える5氏

 地域で献身的な医療活動に取り組む医師を顕彰する第2回「日本医師会 赤ひげ大賞」の表彰式が28日、東京都内で開催される。大賞に選ばれたのは全国各地で活躍する5人の医師たちだ。選考会の模様とともに、受賞者の日頃の活動を紹介する。

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 ■第2回「赤ひげ大賞」(5人)

 下田憲  北海道 けん三のことば館クリニック院長

 野村良彦 神奈川 野村内科クリニック院長

 小鳥輝男 滋 賀 小串医院院長

 大岩香苗 兵 庫 大岩診療所院長

 白石吉彦 島 根 隠岐広域連合立隠岐島前病院院長

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 □下田憲氏(北海道南富良野町)

 ■心を治すカウンセリング

 「ひたすらに耐え、ひたすらに待つというとっても深い愛情が有る」。北海道南富良野町にある「けん三のことば館クリニック」の壁にはそんな言葉が貼られている。ほかにも心に響く内容の手書きの短い言葉がいたるところに。すべて院長の下田憲医師が書いたものだ。

 「短い詩の形にしているが、患者さんとの触れ合いでいただいたもの。読みながら、泣いて帰る人が何人もいる。すべてを自分に置き換えているんでしょうね」。1カ月に2度、この言葉は必ず換える。朝3時に起き、「本当に、心のままに書いている」という。

 ユニークな医院名だが、もともとは町の人が集まって小さなイベントを開けるようにと下田院長が建てたもの。「けん三のことば館」と名付けていたが、クリニックにするときに、そのまま名前を引き継いだ。知らない人には「『言葉の訓練をしているところですか』と聞かれたりする」と笑う。

 治療方針もユニークだ。東洋医学と西洋医学を併用し、目指すは「安上がりの医療」だ。

 「毎日40人くらいの患者さんに鍼(はり)治療を無償で行っている。手間と鍼の材料代はかかるが、効果があり副作用がない。もうひとつがカウンセリング。心の傷は薬では治せない。カウンセリングで治す」。まさに赤ひげ先生。地方からの予約診察は2カ月待ちだ。

 以前いた病院では120人の在宅の患者を抱えていた。今も乳児から98歳までを診て、気軽に往診も行う。「ここでやれることをやる。救急を作らないようにきちんと管理し、必要に応じて入院施設のある病院につなぐ」。地域医療が果たす役割の重さを心に刻み、今日も治療に当たる。(松垣透)

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【プロフィル】下田憲

 しもだ・けん けん三のことば館クリニック院長。昭和22年、埼玉県生まれ。66歳。北海道大学医学部卒。国立長崎中央病院、離島の公立病院勤務、北海道厚生連山部厚生病院院長を経て、平成16年、けん三のことば館クリニックを開設。

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 □野村良彦氏(神奈川県横須賀市)

 ■病気を持った「人」を診る

 「病気だけを診るのではなく、病気を持った『人』を診る」。かかりつけ医として患者の生活や性格までも把握した全人的な医療を掲げ、外来診療から在宅医療まで幅広い現場で地域医療を支えている。

 13年間務めていた横須賀市立市民病院を離れ、同市内に野村内科クリニックを開業したのは平成7年。市民病院時代に約600人分の死亡診断書を病院で書いたが、「本当は家で死にたかったんじゃないか。それを病室で選択肢のないまま看取(みと)っていたのではないか」と疑問を感じ、開業を決意した。

 在宅医療は病院を中心に半径7キロ以内で1日6人程度を巡回している。受け持っている患者は現在約100人おり、2歳の人工呼吸器を付けた女児から100歳を超える高齢者まで幅広い。訪問先の家庭では、患者だけでなく家族とも会話して患者の食事や睡眠時間などについて聞き取りをする。

 「どういう所で寝起きしているのか、どうやってトイレに行っているのか、在宅医療は入院医療の出前ではなく、生活に即した医療をすることです」。これがかかりつけ医のあるべき姿だと自信が持てたのは、開業してから5年後のことだった。

 高齢の患者と向き合うとき第一に考えるのは、家族が納得できる形で自宅で看取りができる環境を整えることだ。がんなどに伴う痛みを取り除く治療はもちろんするが、無駄な延命治療や命を縮めることはしない。「人は100%死ぬ。それは生活の一部であり、医療が支配する場面でもありません」と持論を語る。

 これまで寿命が迫っている患者と酒を酌み交わしたり、患者の家族から食事会に招待されたりした。かかりつけ医として患者やその家族と厚い信頼関係を築いている証しだ。(田中俊之)

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【プロフィル】野村良彦

 のむら・よしひこ 野村内科クリニック院長。昭和21年、京都府生まれ。67歳。日本大学医学部卒。同大助手、横須賀市立市民病院呼吸器科長などを経て、平成7年に野村内科クリニック開業。現在、横須賀市医師会地域保健対策委員会の委員長も務める。

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 □小鳥輝男氏(滋賀県東近江市)

 ■自宅で看取れる町づくり

 定期健診先の保育園で、小鳥医師は一人一人に声をかけた。

 「あ~ん。よう見えたぁ。上手に開いたぁ。いい子やなぁ」

 「ママ」

 「わし、ママ違うなぁ。平和な息してるなぁ、大丈夫や」

 そして園児のお礼に、いちいち頭を下げて応える。「はい、ありがとうございます」

 琵琶湖の東側に位置する滋賀県東近江市の「小串医院」院長。腰の低さはどこででも同じだ。平成19年、医療や介護、保健の専門職のネットワーク「三方よし研究会」を立ち上げた。近江商人にちなんで「患者よし、医療機関よし、地域よし」を掲げる。月例会には毎回100人超が参加。膝詰めで議論する。「こういう関係になるのに5年くらいかかりました」

 ある会員は、人柄を語る。「ええ話なら、ちゃんと聞いてくれる人。だれが言ったかは関係ない。『三方よし』が広がったのは、小鳥先生がいたから」

 「三方よし」は理念だけではない。脳卒中の地域連携パスを開始し、医療機関の役割分担を進めると、病院の平均在院日数は減った。その一方で、患者が家に帰れない理由も検討した。社会資源、施設の空き、患者・家族の理解、地域力。原因は何か、専門職はどう関わるか-。患者が途方に暮れないよう、地域が1つの病院のように機能するのが願いだ。

 「大切なのは、関係者の顔が見える関係。三方よしを通じて患者さんが真ん中で、われわれ皆が支えていると、患者さんに気づいてもらえたことがありがたい」

 ゴールは町づくり。次の目標は在宅看取りを当たり前にすること。「看取りは文化です。昔はみんな、家で看取ったんですから」(佐藤好美)

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【プロフィル】小鳥輝男

 おどり・てるお 小串医院院長。昭和20年生まれ。68歳。京都大医学部卒。京大医学部付属病院勤務を経て、米国ハーバード大学医学部留学。福井医科大学医学部付属病院放射線科助教授を経て、平成3年に小串医院副院長。滋賀県医師会副会長などを歴任。診療科は内科、外科、小児科、放射線科。

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 □大岩香苗氏(兵庫県上郡町)

 ■家庭問題から子育てまで

 「最初は、少しでも役に立てばという軽い気持ちでした」

 兵庫県上郡町にある大岩診療所。院長の大岩香苗医師は外科医で、住民の健康を守ってきた「頼もしき存在」だ。

 医師を志したのは、外科医だった父親の影響が大きい。「痛がる患者さんに処置する父親を見て、子供ながらにすごいなと思いました」

 大学卒業後、病院勤務を経て、実家である同県相生市の外科病院に戻った。開業は昭和63年1月。大学で同期だった外科医の敏彦さんと結婚し、子供にも恵まれていたが、卒業して6年足らずの若さだった。

 当時、町内には入院施設のある医療機関もなければ、外科医もいなかった。「地元の方々から父に『診療所を造ってほしい』と要望がありました。父は私が暇そうにしていると思ったのでしょう」と笑う。

 子供を身ごもった大きなおなかのまま救急車に同乗し、心臓マッサージをしながら総合病院に向かったこともある。しかし、持ち味は女医ならではの気遣いや細やかさにある。「おじいちゃんの面倒をよくみてきたよね」「折り紙はまだやっているの?」。診察だけでなく、患者との会話を重視する。

 女性患者にとっては貴重な相談相手だ。「『話を聞いてもらえてスッとした』という人もいる。聞くだけでもいいかなと思っています」。持ち込まれるのは医療の話だけではない。仕事や家庭問題から子育てまで、まさに町民の心の支えだ。

 2~3年のつもりが、あっという間に年月が流れた。「2人が健康なうちは、やれるだけのことはやろう」。夫と二人三脚で切り盛りしてきた診療所を、地域のために今後も守っていくつもりだ。(河合雅司)

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【プロフィル】大岩香苗

 おおいわ・かなえ 医療法人大誠会大岩診療所院長。昭和33年、兵庫県生まれ。56歳。鳥取大学卒業後、岡山大学医学部第一外科や岡山済生会総合病院、半田外科病院(現・医療法人天馬会半田中央病院)の勤務を経て、63年1月から現職。


産経新聞社