診療報酬での誘導には限界 病院から在宅医療への転換に壁 かかりつけ医、訪問看護師の確保を

2014.04.01

診療報酬での誘導には限界 病院から在宅医療への転換に壁 かかりつけ医、訪問看護師の確保を=真野俊樹
2014.04.08 エコノミスト 


 医療や介護を必要とする高齢者の増加に備え、政府は、病院医療から在宅医療への政策誘導をより本格化させる。2014年度の診療報酬改定では、自宅に戻る患者が多い病棟や、在宅医療を支える診療所の報酬を手厚くする。
 
そもそも在宅医療とは、身体の機能が低下して通院が困難になった患者さんに、自宅での医療を提供することだ。
寝たきりの老人や回復が困難な後遺症を負った障害者、治癒が困難ながん患者などが住み慣れた自宅での治療を希望するとき、それをかなえてあげることが在宅医療となる。

 ◇病院で死亡が8割

 しかし実態は、自宅で亡くなった人の割合は12・8%にとどまり、病院の割合は78・6%(12年、いずれも厚生労働省「人口動態調査」、図1)。

60年前はこの割合が逆転していたが、入院の末、亡くなる人が増え続けた。
介護保険制度が導入された2000年以降もあまり変わらず、自宅で亡くなる人の割合は13%前後で推移している。

一方で、厚生労働省の2008年のアンケート調査によると、成人男女の6割が終末期を自宅で過ごしたいと回答した。
 
多くの希望がある以上、病院医療から在宅医療への流れを作ることに筆者も異存はない。

医療費削減という点から見ても、一定の効果はある。

非常に大まかな数字であるが、1日当たりの入院基本料は、看護師の配置の手厚さによっても異なるが、看護師

1人が受け持つ患者が7人で最も看護師の配置が手厚い
「7対1入院基本料」が1万5660円(現行)、看護師1人が受け持つ患者が15人と最も多い「15対1入院基本料」が9450円だ。
1カ月の入院費は、基本料だけでも約28万~47万円かかる。
 
一方、在宅医療では、その基本料にあたる診療報酬(患者にとっては医療費)は2本立てになっている。

在宅での療養計画を立てて月2回以上往診する医師に対する、いわばかかりつけ医としての担当料にあたる「在宅時医学総合管理料」が月4万9000円(無床の在宅療養支援診療所で処方箋なしの場合)、往診代は1回8300円。月2回の往診で計算すれば、合わせて6万5600円だ。
この点だけを見ても、国民全体の医療費から見れば在宅医療が非常に割安であることがわかる。

 ◇実現への方法論に疑問

 ただ、筆者の問題意識としては、病院医療から在宅医療への流れは理想ではあるが、はたして実行可能なことなのであろうか、あるいは現在行われている「在宅シフト」への方法論が現実的な視点に立脚しているものであろうか、という点である。
 

厚労省は在宅医療の促進のために、診療報酬で医師を誘導している。
しかし、診療報酬での誘導には限界が来ている。
この一つの現れは、地域医療構築のために診療報酬ではなく基金を創設し、そこから資金を捻出するといった新たな動きからも、政府自体がある程度認めているとも言える。
 
診療報酬による誘導の問題点は、医療費には通常1~3割の自己負担があるために、診療報酬を医療提供者側に高くつけると、患者負担も増えてしまい、患者にとっては逆のインセンティブが働いてしまうという面がある。
 
もう一つの問題点としては、医療者に経済的インセンティブが効きにくくなり、良質な在宅医療の担い手を確保しにくくなっている。

現在の在宅医療は、患者やその家族の望みをかなえる在宅医療に可能性を感じている医師が、個人の努力で支えている側面が強く、積極的に在宅医療に取り組む医師は実際には限られている。
医師も高齢化している。経済的にも成功している開業医が、点在する患者の家々を回って多くの在宅患者を診るという意欲がわきにくいことは想像に難くない。

 ◇診療報酬増=患者負担増

 実際に、図2に示したように、24時間訪問診療に応じるなど在宅医療に積極的に取り組む「在宅療養支援診療所」は地域偏在がある。
かといって、医師の報酬をさらに増やして誘導しようとすると、前述の患者の個人負担増という問題に直面する。
 一方、医師にとっても、開業医師数の増加にともなう経営難のために通常の形での開業が難しくなっている。

そこで、医療を年間1兆円以上のペースで市場が拡大しているビジネスと考え、在宅医療に特化した医療ビジネスを展開する動きも目立ってきた。
在宅医療は往診が中心のため、診療所開設のための先行投資が少なく、固定費が少ない。
一定のエリア内で一定数の患者を確保できれば、非常に効率の良いビジネスと見ることもできる。
医師に患者を紹介するビジネスまで誕生し、厚労省の検討会でもこの問題が取り上げられている。
 

つまり、診療報酬での誘導は、本来、在宅医療を担うべき「かかりつけ医」の医師たちへのインセンティブではなく、ビジネスとして効率性を求める医師たちへのインセンティブとしては効いているという見方もできる。
 

ただし今回の診療報酬改定では、ほかの施設入居者と一緒に診察する場合、診療報酬が約4分の1に引き下げるられことになった。

在宅医療を専門に行っている医師は、施設入居者への訪問診療が多い。
ごく簡単に言えば「施設入居者への訪問診療は極めて効率的でもうけすぎだ」と判断されたことになる。

この引き下げはやりすぎであって、在宅医療での効率性を真っ向から否定することになり、在宅医療の担い手を減らしかねない。
 
前述の新基金は、在宅医療の推進などに都道府県が柔軟に使える補助金という位置づけで、消費増税分の一部など税金904億円を投入して創設する。

厚労省が挙げた54例の事業のうち、25例(計274億円)は、医師不足地域の医療機関への医師派遣など既存の補助事業を基金用に振り替えたものだが、在宅シフトを目指すのであれば、基金を有効活用したい。

そのためにも、担い手となる医師の確保のほかに、在宅シフトの壁となっている課題について整理しておきたい。
 医療と介護の連携の難しさも在宅シフトの壁となっている。
普段の生活を支える上では介護が欠かせない。同時に、後期高齢者が増加し、医療必要度が高い要介護患者が増えている。
実際に、福祉先進国とされる北欧諸国では、要介護者が暮らす施設において、看護師の役割が増大している。

介護と医療的なケアを両立させるには、訪問看護師の活用が解決策の一つである。

北欧でもそうであるが、医師は高コストである。

また生活を支えるという視点において、医師はパーフェクトの存在とは限らない。
病院でもそうであるが、看護師の方が生活を支える能力は高いといえる。訪問看護の利用者と在宅死亡者数に関連がありそうなデータもある(図3)。
 

政府は、看護師の配置が手厚い病院のベッド数を削減する。
これも在宅シフトへの一環だが、これにより辞める看護師も増えるだろう。
医療現場での経験豊富な看護師を訪問看護師として活用していくことも必要だ。
図4に示すように、訪問看護ステーションや病院での訪問看護への取り組みは順調とは言えない。
訪問看護の利用者数の伸びに比べて、訪問看護師の伸びは小さい。
訪問看護師を増やすため、積極的な訪問看護分野での起業教育をすることも必要だろう。

 ◇診療所連携で負担軽減

 在宅医療の担い手となる医師を増やすにはどうしたらいいのであろうか。一つの方法は、診療所間の連携であると考える。
 在宅医療に限った話ではないが、海外においては診療所のグループ化の流れが加速している。

提携関係を結び、互いの負担を軽減すれば、経済的インセンティブが働きにくくても、在宅医療に参入する医師が増えることが期待できる。

診療所を経営している開業医は各自の考え方を持っている。
したがって完全に統合していくといった方法は難しいであろう。
共同主治医制のような形で、ある人がカバーできない部分を他の人がカバーしていくといった緩やかな提携関係も一つである。
 
既存の医療資源を活用していくことも、無駄なく在宅シフトを進める方法だ。
病院では訪問看護といった部署を作ることも容易であるし、そもそも当直医のいるのが病院という組織であるから在宅医療で問題になる24時間対応も比較的行いやすい。
14年度の診療報酬改定においても、ベッド数200床以下の病院ではかかりつけ医機能を持つことが可能になった。
 
在宅医療が、かかりつけ医機能の重要な役割である以上、地域の中規模病院もこの分野に積極的に進出していくことが望ましい姿だが、現状では在宅医療を支えている「在宅療養支援病院」も地域格差が大きい(図2)。さらに言えば、介護も取りこんだ形での参入がより望ましいと言えるであろう。これによって患者は、病状や要介護度が変わっても、切れ目なく医療や介護のサービスを受けられるようになる。

 ◇専用機器の開発も

 産業分野からの後押しも足りていない。現状では医師や看護師、介護士のマンパワーによって、在宅医療が支えられている。
医療機器やITによる効率化といった視点が遅れているのもまた事実である。医療が成長分野と言われるようになってから久しいが、手術用の機器など最先端医療の分野だけではなく、在宅療養を支える介護ロボットや、血圧・体温・脈拍の自動測定の機器の開発・導入の加速化が必要だ。医療の効率化のみならず、電機メーカーの不振にあえぐ日本経済にとっても、一筋の光になるだろう。
 

最後は、国民の価値観の変化も重要になろう。一つは「大病院に行ってこそ手を尽くしたことになる」といった大病院志向を減らすことだ。

これは、高齢者にとっては大手術が受けられる急性期医療がすべてではないという認識を持つことを意味する。もう一つは、医師個人への信頼。
さらには、その信頼を支える日本の医療制度全体への信頼を持てるようにすることも必要だ。
 高齢者人口は、ピークを迎える42年の3878万人まで増え続ける。患者や家族の声に耳を傾けるかかりつけ医の養成に力を入れることも、在宅シフトを実現する上で欠かせない。(真野俊樹、多摩大学医療・介護ソリューション研究所長)


毎日新聞社