感染症は国境を越えて

2014.04.01

感染症は国境を越えて
 
「地域で感染症を診る」ということ
高山義浩 (たかやま・よしひろ)

2014年2月10日朝日新聞


 
夜のあいだに小雪が舞ったのでしょうか、大船渡の朝はうっすらと雪が重ねられていました。

海のほうへ歩きはじめましたが、何ひとつ遮るものなく、カタストロフの残響のようなものが確かにあって・・・、ここを訪れるたびに、それが日常となってゆくことも不安になって、やっぱり途中で帰ってきてしまいました。

それは良くも悪くも「一時的な」私の問題であって、ここに暮らしている方々がどう語っておられるかが大切なんでしょうけど・・・。
私たちにできることは、せめて関心を持ちつづけることぐらいです。

この町にある病院へ臨床感染症のレクチャーに伺うようになって、これで3年目となりました。

もちろん3年ごときで何かが変わるなどとは思っていません。
ただ、沖縄県中部と岩手県沿岸部という、否応なく海と向かい合っている高齢化地域の病院同士が、互いに関心を持ちあえればいいなと思って始めたまでです。
そういうなかで、何かしら気づきのようなものがあれば、変化への足掛かりになるかもしれません。

2日間のべ7時間にわたり、症例にこだわって一緒に悩みながら、研修医の先生たちと在宅患者さんへの治療方針を導いてみました。

そう、感染症の急性期治療ですら、ナラティブアプローチ(患者や家族によって語られる疾病体験を重視する臨床姿勢)で治療方針が変わってくるということ、これを実感していただけることが狙いでした。

急速な高齢化とともに、慢性疾患を抱えて生活する高齢者が増えてきています。
また、悪性腫瘍の終末期などにおいて、なるべく最期まで在宅で過ごしたいという希望をもって在宅ケアを選択する高齢者も増加してきました。

こうした在宅高齢者において、発熱とは頻度の高い症候です。その多くが感染症ですが、薬剤熱や腫瘍熱など非感染性による可能性も否定できません。

医療機器など利用できるリソースが限られていることもあり、診断に難渋することが多いと思います。

診断を目的化してしまうと医療費は増大し、患者さんの心身に過剰な負担をかけることにもなりかねません。

そして、結局は在宅ケアを受けている高齢者の医療依存を高める結果になってゆきます。

これは、在宅ケアの本来の目的に反していますから、在宅療養を支える医師にはバランス感覚が求められるとも感じています。

また、在宅ケアを受けている高齢者について、どのような状態であれば医療機関へ搬送すべきかを一律に決定することは困難です。

とくに悪性腫瘍の終末期患者などでは、感染症診療のために医療機関へ搬送することが、必ずしも望ましい判断とは言えないこともあります。

病院医療と比べると、在宅における発熱診療では、医師の役割は相対的に低下しており、家族の考え方や訪問看護師の観察力が重要となります。
どのような状態であれば病院へ搬送するのか、医師、訪問看護師、そして本人と家族が従前から「語り合うこと」で足並みをそろえておく必要があるでしょう。

こうした「地域で感染症を診る」という視点は、もしかしたら病棟中心で仕事をしている研修医の先生方には新鮮だったかもしれませんね。

あるいは、あまり実践的ではないと感じた方もいたかもしれません。むしろ、救急搬送されてきた敗血症性ショックの患者について、鑑別をたてつつ抗菌薬を選択する方が日常的なのでしょう。

ただ、それでも私は「病院に連れてゆくべきか悩む」、「退院させて家に連れて帰るか悩む」、あるいは「治療をあきらめて死なせてよいか悩む」ような発熱症例について、とくに地方で頑張っている研修医の先生方には考えていただきたいと思っています。
そうした、地域と病院を往還しかねないような、微妙な病態についてセンスを高めることが、これからの地域医療には求められているからです。

幸いなことに、今回の訪問でも熱心な研修医たちに出会うことができました。
議論も白熱しましたし、実際に悩んでいる症例を準備していて、私にぶつけてくる場面もありました。
多少の冷や汗をかきながらも、充実した2日間を過ごして沖縄に帰ってきたところです。岩手と沖縄・・・、遠く離れてはいますが、地域への思いは共通しているという実感が、明日の臨床への活力になります。

 




 
高山義浩 (たかやま・よしひろ)
1970年、福岡県生まれ。感染症医として日本の農村医療からアジアの国際保健まで幅広く活動。2009年の新型インフルエンザ流行時には、厚生労働省の新型インフルエンザ対策推進本部において医療提供体制の構築を担当した。

現在は沖縄県立中部病院で感染症診療と院内感染対策に従事しながら、悪性腫瘍終末期の在宅緩和ケアにも取り組んでいる。単著として『アジアスケッチ ~目撃される文明・宗教・民族』(白馬社)、『ホワイトボックス ~病院医療の現場から』(産経新聞出版)がある