徳洲会 光と影]連載[医療の現場から]2・組織力/「過疎地のために」=理念、グループで支え

2014.03.19

徳洲会 光と影]連載[医療の現場から]2・組織力/「過疎地のために」=理念、グループで支え
2014.03.17 朝刊 南日本新聞 


 1月下旬、喜界島の空港に軽飛行機が到着した。沖縄を出発し、沖永良部島、徳之島を経由して降り立ったのは、鹿児島徳洲会病院(鹿児島市)に入ったばかりの小林秀章医師(38)=三重大学出身=と関係者2人。出迎えの車で向かった先は喜界徳洲会病院だった。

 徳洲会グループは新人医師が入ると、所有する軽飛行機を利用し、離島の病院を巡回する研修を長年続けている。

「離島医療が徳洲会の原点」との理念を肌で感じるためだ。
「創設者の徳田虎雄氏が何を求めていたのか、現場を見て理解してもらわないと徳洲会に入る意味がない」と関係者は強調する。

 小林医師は1月に入局。
今回の事件を受けて「徳洲会で大丈夫か」と実家は心配したという。
しかし、屋久島での勤務経験がある小林医師は「医療弱者を救うことができる離島医療をライフワークにしたい」と意気込む。
放射線科医として、遠隔ネットワークで離島の病院から送られるCTなどの画像診断を担う予定だ。「離島から徳洲会病院はなくせない」。
喜界島では現地スタッフと確かめ合っていた。

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 「過疎地医療と救急医療の充実」「24時間365日診療」という理念を掲げ、全国に66病院をもつ日本最大級の医療グループ・徳洲会の強みは、何といってもそのスケールメリットだ。

 総医師数は日本の医師の約1%に相当する2500人超、看護職も約1万3千人。
離島・へき地など医師の確保が難しい場所にも病院をつくり、都市部から医師の供給を続けている。
看護師らも「応援ナース」という制度で一定期間派遣する形を取ってきた。

 離島・へき地に多くの常勤医を置くことはできないため、診療科目によっては週に数回、非常勤医師を呼ぶ。昨年12月、奄美ブロック6病院(笠利病院除く)への医師派遣は交通費だけで約3千万円かかった。年間では3億6千万円かかる計算だ。軽飛行機による医師搬送も多い。

 現在の奄美ブロックは年間数億円の経常利益があるという。しかし、収支には波がある上、徳洲会の離島医療のシンボルとされる加計呂麻診療所(瀬戸内町)は赤字続き。
数億円単位の医師派遣費用や過疎地の負債を都市部の大病院の収益で賄うシステムは、全国展開する徳洲会だからこそできたといって過言ではない。

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 「事件の影響で患者から『病院はなくなるのか』という不安の声はある。
しかし、懸念したほど事件を気にしている医師は多くはない」。
奄美ブロックを統括する満元洋二郎名瀬徳洲会病院総長は語る。
むしろ今は、徳洲会内部の意識の変化を警戒しているという。

 徳洲会の設立は1975年。当初、虎雄氏のカリスマ性でまとまっていた組織も巨大グループに成長し、40年近い歳月とともに設立当初の幹部も少なくなってきた。
今回の事件で虎雄氏の親族による「私物化」も明らかになる中、「なぜ一生懸命働いて稼いだ金を離島・へき地に回すのか」という職員も出てきたと嘆く。

 離島医療への関心が低くなることを懸念する満元総長は語る。
「徳洲会はみんなが嫌がることをやってきたからこそ、信頼を得て大きくなった。今こそ原点に戻るときだ」