地域完結、2025年へ急務 「かかりつけ医」主役 診療報酬改定

2014.02.14

地域完結、2025年へ急務 「かかりつけ医」主役 診療報酬改定
朝日新聞 2・13
 
 高齢化で医療や介護を必要とする人が爆発的に増える――。
4月からの診療報酬改定は、都市部を中心とした「2025年問題」への対応が大きなテーマになった。病院中心の形を見直し、「時々入院、ほぼ在宅」の医療に向けた改革が本格的に動きだす。ただ現場では、さまざまなハードルが立ちはだかる。



 「調子はどうですか。ご飯は食べてますか」

 千葉県松戸市で在宅医療に取り組む医師、苛原(いらはら)実さん(60)は、隣接する柏市の男性(90)宅を訪れ、寝室のベッドに横たわる男性に声をかけた。血圧や心拍数を測り、聴診器を胸にあてた。

 「ぜんそくがあるね。これ以上悪くなったら入院しないとダメだよ」。
介護に当たる妻(82)に伝えた。

 男性は認知症で、以前の入院先では「家へ帰りたい」と繰り返し訴えた。
自宅での治療に切り替えると、落ち着きを取り戻した。妻は「何かあれば先生に来てもらえるので心配はない」。

 苛原さんは週に3日、自宅や施設に住むお年寄りの訪問診療に出向く。
受け持つのは診療所から車で30分以内に住む約50人。
本人や家族からの相談は24時間受けつける。症状が悪ければ、連携する地元の病院に一時入院させ、落ち着いたら在宅に戻す。

 受け持つ患者の健康状態を日ごろから把握して在宅医療に取り組む。
苛原さんのような「かかりつけ医」は、国が進める医療改革の「主役」と期待される。診療報酬改定では、在宅医療に積極的な医療機関の報酬を優遇するなど、さまざまな普及促進策を盛り込んだ。

 ただ、医師にとって24時間対応や定期訪問の負担は大きい。先進地といわれる松戸市でも担い手は減っているという。
それでも苛原さんは「今後は訪問診療が当たり前になる。待っているだけの医者では世の中の期待に応えられない」と報酬改定の効果に期待する。

 ■訪問看護も一翼

 お年寄りが住み慣れた場で長く暮らせるようにするには、医師の取り組みだけでは十分ではない。

 先進的な活動で知られる「湘南真田(さなだ)メディケアセンター」(神奈川県平塚市)は、診療所や訪問看護ステーション、有料老人ホームなどを併せ持つ複合型施設だ。患者の状況に応じて医師や看護師、介護士らの専門職がチームをつくる。
医療や介護、生活の世話まで、幅広いサービスを「地域完結型」で提供する。

 こうしたチームによる在宅医療を支援するため、厚生労働省は、24時間対応の訪問看護ステーションの報酬を増やす。
訪問看護師は頻繁に患者のもとを訪れ、医師との橋渡し役になる。

 だが報酬アップで普及が進むかははっきりしない。人材確保が難しいからだ。
同センターの山本五十年(いそとし)理事長(64)は「訪問看護師が足りない。
奪い合いで病院などにとられている」と指摘する。

 ■病院改革に懸念

 「奪い合い」は、診療報酬による政策誘導の失敗が理由の一つだ。06年度、重症の患者向けに看護師を手厚く配置するベッド(急性期病床)に高い報酬を払う仕組みを厚生労働省が導入した。
その後、全国の病院が競って急性期病床に移行し、国の想定をはるかに上回る数まで増えてしまった。その結果、看護師争奪戦のような状況が生じ、地方都市などで看護師不足に拍車がかかった。

 この状況を是正するため今回、厚労省は急性期病床の高い報酬を算定できる要件を厳しくした。
急性期病床全体の4分の1に当たる約9万床を2年間で減らす方針だ。
これで浮いた人手や医療費を、在宅医療や急性期を脱した患者向けの病床に振り向け、急増する高齢者の受け皿を確保するねらいがある。

 病院の体制改革はスムーズに進むのか。見直し論議では、医療界から「急性期病床の急な削減は現場を混乱させる」との慎重論が相次いだ。
厚労省内にも「9万床減るかはやってみないとわからない」との声が漏れる。

 ■医療費増大、足りぬ人手 団塊の世代、迫る75歳

 大都市はお年寄りであふれ、医療・介護サービスが追いつかない。高齢の患者の「たらい回し」もたびたび起き、住宅地や団地では孤独死が日常茶飯事に――。

 「2025年問題」に何も手を打たなければ、そんな危機が起きかねない。各種のデータはそのことを明確に示している。

 75歳以上の「後期高齢者」は13年時点で1560万人。国の推計では、「団塊の世代」がこの年齢に達する25年には、1・4倍の2179万人に膨らむ。
医療・介護の必要度が高い後期高齢者の急増は、特に首都圏で影響が大きい。
10年時点から25年までの伸びは、東京で1・6倍、埼玉で2倍、千葉は1・9倍と大きい。

 一方、人口当たりの医師数は埼玉、千葉が全国最少の水準。
高齢者数に対する介護施設の定員数は東京が最少で、神奈川、千葉が続く。需要の伸びに供給が追いつかないのは確実だ。

 財政も圧迫する。1人当たりの医療費でみると、75歳以上は年間89万円で、65歳未満の5倍超。費用をまかなうのは容易ではない。

 後期高齢者の増加と同じペースで医師や看護師、介護職を増やすことは、ほぼ不可能だ。
今と同じようなサービスは期待できない。厚労省が旗を振る在宅重視の医療改革は、こうした将来へのやむにやまれぬ対応という色合いが濃い。
「急増する高齢者の受け皿を比較的コストが低い在宅医療に移せば、医療費や人手をあまり増やさずに何とか乗り切れる」と厚労省はみる。

 ただ、診療報酬見直しだけで、大都市と地方で大きく異なる事情にきめ細かく対応するのは難しい。
このため、政府は新しい手法も取り入れる。都道府県に対し、地元の医療ニーズを見通して整備計画を作る▽個々の医療機関が持つベッドのタイプや量を調整――といった権限を与える方針。12日には新制度を盛り込んだ法案を閣議決定した。

 ただ、こうしたやり方で25年に間に合うのか、厚労省自身も自信を持てていないのが実情だ。同省幹部は「医療機関や患者がどう動くかが予想しにくい。検証や実態把握をしながら少しずつ方向づけしていく」。

 (石松恒、辻外記子、高橋健次郎)

 ■地域に即した政策を

 <医療制度に詳しい高橋泰・国際医療福祉大教授の話> 今後、日本では若い世代が減り、高齢者がさらに増える。
今回の診療報酬改定は、若い世代にとって必要性が高い急性期病床を減らし、高齢者を地域全体で支える方向性がはっきり打ち出され、評価できる。

 ただ、急性期病床の絞り込みで経営に打撃を受ける病院もある。国民からすれば、病院から追い出されるようになると感じるかもしれない。政府は丁寧な説明が必要だ。

 診療報酬は全国一律で、地域ごとの課題には対応しづらい。
今は人口当たりの医療が最も薄いのに、後期高齢者が大きく増える埼玉や千葉のような地域では、病院や医療スタッフを増やすなど別の手当ても必要だ。
急性期病床を減らして浮いた人手やベッドを高齢者に振り向けるなど、政策を総動員して至急手を打たなければならない。

 ■住民の意識変革必要

 <太田秀樹・全国在宅療養支援診療所連絡会事務局長の話> 在宅医療は地域間の格差が大きい。厚労省の2011年のデータを基に、自宅や老人ホームなどで亡くなった数を死亡総数で割った「在宅看取(みと)り率」は、全国の市区町村で0~50%超とばらつきがあった。

 在宅医療を進めるには、医師だけでなく訪問看護師や介護士らのチームによるケアが欠かせない。
「家族が介護できない」との理由で、お年寄りが自宅で暮らせなくなることも多い。
隣近所の人やボランティアがお年寄りを見守り、助け合う地域を作り、皆で支えていかねばならない。

 住民には意識変革が求められる。
軽い発熱や外傷で救急車を呼んで入院すれば、かえって体が弱くなることもあるし、本当に入院が必要な人が入院できなくなる恐れもある。
点滴や手術の必要がない骨折などの治療は、在宅でも十分対応できると知ってほしい。