新病院医師確保に重点

2013.12.02

新病院医師確保に重点
  
2015年春統合「渋川総合」「西群馬」 「基幹型臨床研修病院」目指す


医師不足が深刻な渋川総合病院(上)と老朽化が進む西群馬病院(下)

 渋川市立渋川総合病院(渋川市渋川)と独立行政法人国立病院機構「西群馬病院」(同市金井)の統合事業が、2015年4月の開院を目指し、本格的に動き出した。

新病院の機能を検討している西群馬の斎藤龍生院長は「スタッフの充実が医療の充実につながる」として基幹型臨床研修病院の指定を目指すことを表明した。

医師確保で診療科目維持や救急医療体制の確保を図る考えだ。(佐賀秀玄)

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渋川総合は2003年、廃止が検討された国立渋川病院を、旧渋川市など合併前の6市町村が事務組合を作って引き受けた。

しかし、04年から始まった臨床研修医制度で慢性的な医師不足に陥り、10年度で累積赤字約12億円を抱える。内科や小児科、脳神経外科など11科の常勤医はわずか11人。整形外科は常勤医がおらず診療は週2回のみ、産科は04年6月から休診が続いている。

 一方、がん治療のほか、結核や重症心身障害児(者)など政策的医療も担う西群馬は建物が老朽化し、交通の便も悪い。移転を検討した際、機能充実などを考え、渋川市に統合を持ちかけた。

 同市在住の40歳代の柔道整復師の男性は「今の渋川総合病院は不便。今度の統合で医師が増えてほしい」と、新病院に寄せる市民の関心は高い。

 臨床研修医制度では、各病院が大学卒業後の新人医師に研修を行う。研修先を自由に選べるため、都市部の病院に人気が集まり、渋川総合のような地方病院で医師不足を招いたと指摘されている。

現在、両病院は協力型臨床研修病院となっているが、研修医は研修した場所にとどまることも多く、基幹型臨床研修病院になれば「多くの医師やスタッフが集まり、診療科の増加にもつながる」(斎藤院長)という。

 また、現在、渋川保健医療圏(渋川市と吉岡町、榛東村)の救急搬送の自足率は54%と県内の他の医療圏と比べ最も低い。

前橋の医療圏に近いことも理由だが、渋川市病院再編統合推進室は「医師が少なく、当番医の専門によっては患者を診られないケースもある」と現状を説明。

医師が増えれば救急医療への対応力向上も期待される。

 新病院は、県地域医療再生計画では「北毛の中核的病院」に位置づけられる。

総事業費は130億円を予定。13年の着工を目指し、今後、市などが交通の便が良い国道17号沿いの同市白井地区の約4・3ヘクタールの用地買収に入る。

 市は3月に斎藤院長と渋川総合の横江隆夫院長、市幹部らでつくる「新病院機能検討会議」を設置。現場の医師や市民から声を吸い上げ、6~7月には診療科などを盛り込んだ基本計画をとりまとめる予定だ。

斎藤院長は「市民が求めているのは救急医療の充実だと思う。西群馬のがん治療と政策医療を受け継ぎ、地域に根ざした病院作りを目指す」と抱負を語っている。

(2012年4月22日  読売新聞)


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渋川市長に阿久津氏再選 病院統合など市民が評価 群馬

2013.9.2 02:02


 任期満了に伴う渋川市長選は1日、投票が行われ、即日開票の結果、いずれも無所属で現職の阿久津貞司氏(68)が、元市議の田辺寛治氏(61)と同、猪熊篤史氏(43)の新人2氏を退け、再選を果たした。当日有権者は計6万8341人。投票率は前回(65・08%)を大きく下回り、52・98%だった。

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 渋川八幡宮近くの阿久津氏の事務所では、当選の報が伝わると、支持者から大きな歓声があがった。阿久津氏は選対幹部らと握手し「皆さまのおかげで当選させてもらった。合併してよかったと思えるまちづくりを進めたい」などと述べた。

 阿久津氏は、自民、公明両党の推薦を得たほか、医師会や産業界から支援を受ける盤石の組織戦を展開。
渋川総合病院と国立病院機構運営の西群馬病院との再編統合を決めた実績を強調し選挙戦を優位に進めた。

 田辺氏は税収が激減する将来を見据えた財政運営の必要性を強調。
反現職票の取り込みを図ったが、及ばなかった。猪熊氏は出遅れが響き、支持が広がらなかった。

 議員辞職に伴う市議補選(欠員1)は元職の自営業、都丸均氏(51)が新人の保険代理業、山崎正男氏(66)を破った。投票率は52・92%だった。

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 ◆阿久津(あくつ)貞司(さだじ) 68 〔2〕

 市長(子持村長・子持村議)中之条高

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 ◇渋川市長選

                開票終了

 当 18052 阿久津貞司 無現 【自】【公】

   13882 田辺 寛治 無新

    3796 猪熊 篤史 無新