地域医療を支えている病院は、赤字であっても現実には廃院させるわけにはいかない。

2013.11.20

経済教室 日本経済新聞 11・20

病院の部門業績管理を
荒井耕 一橋大学教授 

<ポイント>
○部門損益業績管理は医療界でも有効に作用
○医療界に「質」「効率」二律背反の考え方存在
○医療管理職の主導で費用対成果の向上図れ




 地域医療を支えている病院は、赤字であっても現実には廃院させるわけにはいかない。

補助金などにより支援したり、病院全般が赤字である時には診療報酬を引き上げたりせざるを得ない。

そのため、管理会計を通じて、病棟・機器の稼働率・回転率の向上や医療サービスの費用対成果(アウトカム)の向上を促し、各病院が採算を確保するようになれば、国民負担の増加を抑えることができ、国民にとって有益である。

 また国全体の医療費をどの水準にするにせよ、その水準での医療サービスの費用対成果を最大化する取り組みは国民全体に資する。

さらに、技術革新が速い医療界では、技術の進歩に対応した、減価償却で賄えないより高価な機器への投資を高頻度で行っていく必要がある。

利益分配が禁じられた非営利の医療法人としての病院であっても、各時代の技術水準に見合った医療を継続的に提供し、医療への国民の期待に応えるために、効率を高めて、必要最小限の利益を蓄積する必要がある。


こうした観点からは、医療界でも、組織活動の効率化を促し採算の確保に役立つ「部門損益業績管理」を利用することが考えられる。

部門損益業績管理とは、組織内の部分責任単位(部門)ごとに損益を把握し、その部門業績に対して責任を持つ管理者(部門長)をその損益業績により管理する仕組みである。

 ただし、損益のみによる業績管理ではなく、損益を業績管理の一要素とするものであり、目標損益額の達成度などによる業績管理も含む。

医療職は一般に医療の「質」には関心を持っていることが多いが、効率(採算)には無関心であることも多いため、質に加えて効率面にも注意を向けてもらうということである。

 産業界全般では、こうした部門損益業績管理はごく普通に用いられている管理会計の仕組みであるが、これまで医療界では必ずしも一般的ではない。

 筆者らの調査によれば、経営管理に関心の高い病院群においても、そもそも部門(診療科など)別損益を把握している病院は半数に満たない。

またその損益情報を部門長(診療科長などの現場医療管理職)の業績評価に利用している病院は少ない(詳細は拙著『病院管理会計』参照)。

 こうした部門損益業績管理が医療界でも有効に機能するかという疑念があるかもしれない。

しかし筆者らの研究によれば、部門損益業績管理を実践している病院は、実践していない病院よりも医業利益率が高い傾向が明らかになっている。

部門損益業績管理は、まず病棟や機器の稼働率・回転率の向上を部門長に促し、病院の採算確保に貢献している。病院は人件費を含む固定費の割合が高いため、稼働率・回転率の向上は採算性を大きく改善する。

 採算に影響を与える要因は多様であるものの、筆者の研究によれば、特に病床利用率の向上は採算の改善に貢献していることがうかがわれた。

病床利用率の向上のための具体策としては、地域の診療所などへの積極的な働きかけによる紹介患者数の増加(地域連携の強化)や、救急患者を積極的に受け入れる体制の構築などが挙げられる。

 また部門損益業績管理は、疾病の診断・治療など一連の医療提供プロセスに関わる質や効率(費用)の情報が併せて提供される時(あるいは併せて探索される時)に、質を維持しつつ効率を高める費用対成果の高い医療サービスの設計・開発を部門長(現場の医療管理職)に促す。筆者の諸病院への訪問調査や質問票調査によれば、先駆的な病院ではすでにこうした実践が見られつつある(詳細は拙著『医療サービス価値企画』参照)。


 しかし先駆的な病院を除けば、こうした部門損益業績管理による現場医療管理職への質と効率との統合管理の働きかけは、まだあまりなされていない。

先述のように部門損益業績管理自体が十分に普及していないこともあるが、そもそも質と効率を統合的に管理するという考え方自体が、医療界ではあまり受け入れられてこなかったこともあると考えられる。

 医療界では、伝統的に質と効率は二律背反関係にあると考えてきたため、質を追求すれば効率は悪くなり、効率を求めれば質は犠牲になり、統合的な管理は無理であると考えられてきた。

そして効率管理は経営層の仕事であり、医療職は質に責任を持てばよいという、経営管理職と医療職との意識の溝と、それに根ざした効率と質それぞれの管理活動の分離が見られてきた。

 こうした質と効率の二律背反観とそれに基づく管理活動は、米国の医療界でも1970年代まで支配的な考え方であった。

しかし医療界でも質と効率は常に二律背反関係にあるわけではなく、時に両立可能であり、さらには支援的関係(高い質は高い効率をもたらす関係)にさえあることが、80年代に理論的にも実証的にも明らかにされ、90年代にはそうした認識が広まっていった。

 一方、日本では、日本の医療界を対象とした実証的研究が少ないこともあり、まだ伝統的な二律背反の考え方が一般的である。
しかし筆者の研究によれば、日本の医療界でも、質と効率とは常に二律背反関係にあるわけではなく、時に両立可能あるいは支援的関係にあることが明らかになっている。

 今後は、経営管理職と医療職の間に立つ現場の医療管理職が中心となって、質と効率の管理活動を統合することが重要である。

多職種からなる現場医療職の知識・知恵を結集して、質を維持しつつ効率の向上を図り、費用対成果の高い医療提供プロセスを構築する。
つまり医療管理職の主導下で現場医療職が一丸となって、費用対成果の高い医療サービスを設計開発していく必要がある。

 具体的な事例としては、外部の各種供給業者との価格交渉や、医学的根拠に基づいた医薬品使用量の削減などで、質を維持しながら費用対成果を高めることができる。

また、人件費の高い医師が必ずしも担当する必要がない業務を他の職種に代替することで、人件費を抑制するとともに、医師にはより多くの患者を診療してもらい、医師の稼働率を高めることも有効な手段だ。

 医療提供現場には、質と効率を両立させる知恵が眠っている。したがって医療管理職主導の質と効率の統合的な管理体制の方が、「経営層による効率管理」と「医療職による質管理」という体制よりも、効率追求に伴い質が犠牲になってしまう危険が少ないと考えられる。


 本稿で論じた病院の経営変革が医療界全般に広まっていくためには、いくつかの準備が必要になる。

 一つは、経営スタッフの育成あるいは確保である。現場の医療管理職にうまく働きかけ、また費用対成果を作り込むために必要な情報を提供できる適切な管理会計を構築し、それを有効に運用できる経営スタッフが必要になる。

また現場医療職の知恵を活用して高い質と効率を医療提供プロセスに作り込んでいくため、彼らが積極的に知恵を出して費用対成果を高めるように、医療職の経営管理意識を高めておく必要もある。

 そして究極的には、必ずしも経営専門家ではない日本の病院のトップ経営層が、管理会計の活用の重要性をしっかりと認識することである。

そしてトップ経営層が経営スタッフの育成と医療職の経営管理意識の醸成に積極的に関わることが重要である。


 あらい・こう 71年生まれ。一橋大博士(商学)。専門は医療分野の管理会計