Part 3 救急医療の頼れる病院

2013.11.04

特集 頼れる病院ランキング (4/5)


Part 3 救急医療の頼れる病院


全国の救急車出動件数は年々増え、2012年には580万2039件の過去最高を記録した。一方で地域によって医師不足が深刻化し、それが救急医療の地域格差を生んでいる。


救急が当てにならない 医師不足で首都圏医療崩壊


実は、人口10万人当たりの医師数において全国ワースト1、3が埼玉と千葉だ。年明けに埼玉県久喜市で起きた事件は、救急医療の崩壊が表面化した氷山の一角にすぎない。


埼玉県


医師数は全国最下位 たらい回し事件の裏側


 年明けの1月6日、呼吸困難を訴えて119番通報した埼玉県久喜市に住む男性(75歳)が、25病院から延べ36回救急搬送を断られ死亡した。県内には救急に対応する「救急告示病院」が184もある。にもかかわらず、男性はなぜ“たらい回し”にされたのか。

 「埼玉県の救急医療は崩壊寸前」。県内の医療関係者が一様に口にするせりふだ。救急搬送数は年々増え、2012年には過去最多の25万0126人を記録した。重症患者で病院に搬送されるまでの現場滞在時間が60分以上かかったのは517人、120分以上は39人(図3‐1参照)。久喜市の一件は氷山の一角にすぎなかった。

 問題の根底には勤務医の絶対数の不足がある。埼玉県の人口10万人当たりの医師の数は142・6人。47都道府県で最下位だ。

 医師にすれば、隣の東京都には、魅力的な職場や住環境が整っている。対して、冒頭のたらい回しが起きた県北は「茨城や群馬も生活圏に入る“ぐんたま”と呼ばれる田舎で、医療資源も手薄だから医師に不人気」(病院関係者)なのだ。

 さらに医師不足に拍車をかけるのが、加速する県内の「超高齢化」だ。国が予想する今後20年間の75歳以上人口の増加率は、115%と全国一高い。埼玉県は小児人口も約100万人と全国第5位。医療の必要度合いが高い高齢者と子どもの人口が多いのだ。

 この深刻な状況に県の救急対策は“的はずれ”だ。例えば救急車にタブレット型端末を配備し、搬送先の病院を検索できるシステムの導入を予定する。各病院に直接電話をかけて受け入れ先を探すよりも、照会時間は短縮できるが、それによって受け入れ不能な状態が変わるわけではない。県立病院などの救急対応力を高めることのほうが優先されるはずだ。


「救急から逃げる」県立病院勢にいらだつ関係者


 自治体病院は、民間が手を出せない医療を提供し、地域医療を守るためにある。それ故、県立4病院は毎年約80億円を税金から赤字補填している。にもかかわらず、「県立病院が救急から、逃げ回っている」と県内の医療関係者たちは非難する。県立の小児医療センターと循環器・呼吸器病センターは救急を一部受け入れているが、救急告示病院の申請はしていない。

 県内八つ目の新たな救命救急センターとして期待される済生会栗橋病院は11年に集中治療室を20床に増床するも医師が足りず、救命救急の役割を担うに至っていない。

 対して、川越市にある救急専門の川越救急クリニックは、医師1人で1日平均3~4件の救急搬送を受け入れている。救急搬送される患者の大半は、軽症から一般病棟への入院が必要な中等症程度。県内の2次救急病院が10年で2桁近く撤退したため、重症者を受ける3次救急に傷病度を問わず患者が押し寄せている中、上原淳院長は「大病院の救急外来の負担を少しでも減らすと同時に、本当に入院治療の必要な患者を見つけ、対応可能な病院に紹介したい」と思い立って開業した。

 小さなクリニックが救急対応しているのだから、県立病院は医師の数や設備の不足を言い訳にはできないはずだ。

 県立ではないが、医師不足により経営難に陥った志木市立市民病院は、戸田中央医科グループ傘下の武蔵野会が再建を手がける。大手グループの強みを生かし医師や看護師を充足させ、救急や現在一部休止中の小児科も行う計画だ。

 さいたま市にある民間病院、指扇病院の日下部伸三副院長は「県立病院は経営形態を見直し、独立行政法人化すべき」と指摘する。行政が運営の主導権を握り、職員は給料の高い公務員のままでは経営改善は望めないし、救急に取り組むインセンティブも働かないからだ。

 そうした声をよそに、県は病院の移転・建て替えに熱を上げ、今後5年間で1000億円以上の支出を予定する(表3‐2参照)。

 新電波塔(現東京スカイツリー)誘致に失敗し、県内最高層ビルの建設も頓挫した、さいたま新都心の土地を活用しようと、小児医療センターとさいたま赤十字病院の移転建て替えを計画する。医師不足解消のための医学部設置を口にしたものの、具体策は出ていない。県立病院改革や医師不足解消策もないままのハコモノ行政に、救急医療関係者は憤る。

 数少ない実効力のある策として、周産期や小児、救急医療の改善を図ろうと県は29病院1854床の増床を決めたが、「高齢化や救急の増加は増床分を上回るペースなので追いつかない」(増床予定の病院)とされる。

 結局、埼玉県の救急医療は県立病院以外の病院が支えている。その現場はさまざまな問題に直面している。

 病院が救急搬送を断る理由として、医療現場が指摘するのが、「ベッドの満床」と「疾患に対する専門医の不在」だ。国の政策によって慢性期病床数は削減され、高齢者を中心に急性期を過ぎても転院や病床移動ができないケースが増えている。これが急性期病院のベッドを奪っている。

 では、疾患に対する専門医がいないと、断るのか。済生会栗橋病院の本田宏院長補佐は「以前であれば助からないような疾患も、今はタイムリーに専門医が治療すると助かる可能性がある。だから当直医は専門外の治療にちゅうちょしてしまう」と明かす。

 同病院も医師不足のため、当直の医師は基本的に1人。その日の当直が消化器内科の医師であっても、脳梗塞の疑いのある急患が来れば、専門外でも対応に迫られる。オンコール(自宅待機)の医師に応援を依頼するが、まず1人ですべての症状を診なくてはいけない。

 そこには訴訟のリスクが伴う。専門外の傷病に対応して診断と治療に瑕疵があれば、訴えられて「なぜ専門医が診なかったのか」と判決が下る場合が多いのだ。

 埼玉県に限らず、国民の医療ニーズは、「24時間いつでも専門医レベルの診断と治療を受けられること」だが、医療現場はそれに応えられるような体制ではない。

 夜間や休日の診療機能は昼間の数分の1になる。全科の専門医が当直をしている病院は全国でもほんの一握りしかない。

 県で唯一の高度救命救急センターを持つ埼玉医科大学総合医療センターの堤晴彦病院長は、救急の現実を無視した司法判断や、医師個人に刑事責任を問うことが「多くの医師を防衛医療・萎縮医療に走らせた」と主張する。

 多くの病院では「訴えられるくらいなら無理して専門外の急患を受け入れないほうが安全」と考え、救急搬送の受け入れに対し、慎重になるのだ。

 ただ一方で、救急車受け入れを積極的に行う病院もある。狭山市の埼玉石心会病院は近年、受け入れ数を飛躍的に伸ばしている。石井暎禧理事長は「訴訟リスクを負ってでも、すべての患者を断らず受け入れる覚悟が必要だ」と説く。

 表3‐3は救急車受け入れ件数の全国ランキングだ。上位勢には徳州会グループのように経営意識の高い病院も目立つ。国は救急医療に対する診療報酬を手厚くしている上、救急搬送された患者は入院する確率が高いため収益に結びつきやすい。

 故に、救急から逃げる病院がある一方、「受け入れ拒否ゼロ」をうたう病院は増えているのだ。


千葉県


医師不足はワースト3 独法化で再建、再編も


 隣県の千葉県は、埼玉県と鏡合わせの状況にある。人口10万人当たり医師数は埼玉県に続いて茨城県(同158・0人)、千葉県(同164・3人)が低く、ワースト3を首都圏が占める。千葉県では、特に房総半島で深刻な医師不足に陥っている。

 08年に経営難で休止した銚子市立病院(旧銚子市立総合病院)は10年に再開するも現在の稼働病床数は50床程度。隣町の国保旭中央病院は昨年から内科医不足のため救急車の受け入れを制限している。県境にある茨城県の鹿島労災病院は旭中央の負担を軽減する立場にあったが今春、常勤医の大量退職が起きた。

 山武市にある旧国保成東病院は、06年に内科医9人が全員退職し、救急輪番から撤退した。坂本昭雄理事長は、「救急医療をこれ以上続けると事故を起こすか、医師が健康を損なうところまで追い込まれた」と当時を振り返る。

 きっかけは隣町にある県立東金病院が医師不足により救急車受け入れを減らした分を旧成東が負担したことにあり、激務が続いた医師の不満と疲労が限界を超えた。地域の中でどの病院もぎりぎりの状態で現場を回しており、1カ所が転べばドミノ倒し式に影響は広がる。

 その後、旧成東は地方独立行政法人化し、現在はさんむ医療センターとして再建を図っている。

 公務員ではなくなった職員の年功序列を廃止し、優秀な若手に役職をつけるなど実力主義の評価体系に変えた。材料費率はコストダウンの結果、20%以下に削減された。

 さらに看護学部を誘致し、奨学金をつけて、看護師の安定確保に取り組む。病院の前には職員の子どもを預かる「こども園」を開設し、職員が働きやすい環境を整えた。

 リハビリに力を入れ順調に収益を拡大させており、目下の課題は築45年となった病棟の移転・建て替えだ。隣の東金市に来春、東千葉メディカルセンターが開設されるため、「患者の奪い合いになる可能性は高い」と椎名千収・山武市長。将来への投資をどうするべきかを探っている。

 東千葉メディカルは東金市と九十九里町による独立行政法人が運営するもので3次救急を行う予定だ。当初の新設構想から10年の間に構成市町村が次々と変わるなど紆余曲折があったものの、病院建設場所だけは変わらず、千葉市に接する山中の工業団地内にある土地だ。高齢者が徒歩や自転車で通える立地ではなく、「場所ありきのハコモノ」とやゆされてきたが、ついに開院までこぎ着けた。

 「急性期を続けるか、それともリハビリや緩和ケア、在宅医療に特化するか東千葉メディカルの救急への取り組み具合で、さんむ医療の身の振り方も変わる」と言う坂本理事長。生き残りを懸けて旭中央との経営統合も模索している。


地元の医療機関を事前に把握してたらい回しを防衛


 埼玉県しかり、千葉県しかり、地域医療の再生には自治体病院の健全経営が不可欠だ。再編と集約の選択肢を含め経営と運営の抜本的な改善を進めなければ、医療過疎地はますます窮地に立たされる。

 勤務先である東京都の医療機関を日頃利用している首都圏住民は、いざ自宅で救急医療が必要になったときに備え、周囲にどんな医療機関があるかを知っておきたい。日頃から地元で受診することも、いざというときの助けになる。

 地元にかかりつけ医を持てば他の病院の情報をもらえるだろうし、救急を受け付ける病院を把握しておけば、タクシーなどで運んでもらう手がある。「カルテがある患者の搬送は断りにくい」(病院関係者)のも事実。医療過疎地の住民は、たらい回しへの防衛策を自ら講じておくことも大切だ。


5年間で1000億円の税金投入! 3-2 埼玉県立4病院の経営状況と投資計画


[経営状況]

病院事業収益 386億7100万円

病院事業費用 382億3500万円

繰入金 82億9500万円

経常収支比率 79.4%

病床利用率 78.8%

*2012年度。経常収支比率=(病院事業収益-繰入金)÷病院事業費用×100

[投資計画]

繰入金80億円×5年間 400億円

がんセンターの建て替え 300億円以上

さいたま赤十字病院の用地購入 100億円以上

小児医療センターの建て替え 200億円以上

今後5年間の投資額 計1000億円以上


自分の身は自分で守る! 3-4 救急たらい回しを避ける自己防衛術


勤務先だけでなく自宅近くにもかかりつけ医を持つ

持病や服薬がある場合は救急隊にすぐ知らせられるよう備えておく

救急搬送のエリアを確認しておく。地域によっては、エリアをまたぐ搬送がされにくいところもある

受診歴がないよりはあったほうがいい。通常外来でカルテを残しておくのも手
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 地域医療の担い手としては、同じく関西の病院グループである生長会も負けていない。目下、府南部に位置する阪南市民病院を立て直し中だ。


運営難で廃院目前 阪南市民病院の再出発


 新臨床研修制度が始まった影響と勤務医の独立開業が重なって、2007年、阪南市民病院の医師数は16人から4人まで減少した。医療過疎地である府南部の地域医療は危機的状況に陥った。市民も立ち上がり、病院存続に働きかけた。打開策として10年、府下で初めて指定管理者制度が導入され、生長会が運営を任された。

 1952年開設の病院は老朽化していたため、すぐに病院改築が始まり、今年4月に竣工した。

 1年目は院長や各診療科のトップらが医師集めに奔走し、組織づくりに注力。2年目以降の重点テーマは業務の標準化、人材育成へと移った。高齢化率が高い地域特性を鑑みて、高度医療よりも「総合的な診療ができるプライマリーケアの機能強化を優先した」と藤本尚病院長。12年には、全国から総合診療科医180人が集まり、土曜の夜から翌朝までオールナイトで「尋常じゃないカンファレンス」というイベントを開催して診断能力を競い合った。

 今回のランキングは大阪府73位で、医療の機能、経営状態の両面とも課題は多い。生長会法人本部事務局の山村達雄次長は「スタート時の損益にはこだわらない」とし、長期的な視点で浪費なのか、投資なのかを見極める。今の経営がどのレベルにあるかは「グループ他院との比較で判断できる」という。かつて廃院目前に立たされていた病院を再生できるか。民間大手の手腕が試されている。