論点]救急情報と地域医療 「見える化」で質向上 行岡哲男氏(寄稿)

2013.10.24

論点]救急情報と地域医療 「見える化」で質向上 行岡哲男氏(寄稿)
2013.10.23 読売新聞



 2011年の救急車の出動件数は580万件(前年比1・7%増)を超えた。

高齢化の進展を反映し、今後も増加が予想される。これに伴い、社会の救急医療への期待は大きく、さらなる質の向上も求められている。
実現には既存の医療資源の活用が不可欠だが、十分とは言えない。

 警鐘を鳴らす象徴的な事例が「搬送先選定困難事例(たらい回し)」である。

 こうした事態が起こる背景には、救急患者の増加だけでなく、適切な搬送先を選択することの難しさが含まれている。
病状の多様化に加え、医療機関の専門性の細分化が進んでいるため、救急車の中で救護(ケア)と病院での治療(キュア)を組み合わせる作業が複雑化しているのである。

 情報を最適に組み合わせ迅速に実行することが社会のセーフティーネットの強化につながる。

適切な病院選定に役立つ情報が十分に入らないと、断片的な情報だけが駆け回り、救急車が動けなかったり、たらい回しが起こったりする。
情報の組み合わせが不適切だと、軽症で不急の患者が優先されたり、緊急患者が後回しになったりして救急医療の現場は混乱する。

 このような状況の中、救急医療に変貌の芽が育ちつつある。それが、佐賀県や奈良県で開発され、最近、群馬県にも導入された救急情報システムだ。

 これまで救急医療に関する情報について、例えば、出動中の救急車台数、各医療機関の受け入れ患者数(忙しさ)などは、救急医が即時に把握できなかった。
これらの情報は、救急隊の指令センターが把握しても現場の救急隊員は必ずしも共有していなかった。

 佐賀や奈良の新しい試みはこの点を変えた。

「いつ、どこで、何が起き、何人が、どの医療機関に収容された」など、救急に関する情報を即時に、地図画面に表示できる。
最大の特徴は、この画面の情報を地域内の医師・看護師や、救急隊と指令部署で共有できることにある。

見ている当事者には他者にどう見られているかという意識と、皆が同じ画面を見ているという共通化の意識が生まれる。地域の救急医療の「見える化」が実現されるのである。

 この「見える化」システムの運用を11年に始めた佐賀県では、17年間延び続けていた「119番通報から病院到着」までの時間が18秒短縮した。
同じ年に始まった奈良県では、重症外傷患者の搬送要請に対する「受け入れ可」の割合が53・8%から70・3%と、16・5ポイントも改善した。

 これらの成果は地味だが、着実に地域の医療を向上させており、この芽を育てる必要がある。
情報システムにより医療資源をネットワーク化し、当事者の自律的な協働により地域の救急対応力を強化することである。これを支える関連法規の整備も必要となる。

 各地で救急医療の司令塔的役割を担う「メディカル・コントロール(MC)」体制が整備されつつあるが、この体制に、「見える化」機能を付与することで、救急医療に限らず、地域医療全体を一段と上に引き上げられると確信している。


 ◇ゆきおか・てつお 東京医科大教授。専門は救急医学。日本救急医学会代表理事。日本熱傷学会会長、国際熱傷学会副会長など歴任。62歳。