(限界にっぽん)老人ホームを青田買い「日本は買いだ」

2013.09.29

(限界にっぽん)老人ホームを青田買い「日本は買いだ」
朝日新聞9・29

転売が繰り返された渋谷区のトラストガーデン南平台
 今月17日にも、新たなM&Aが成立した。

介護業界、群がるファンド
 関門海峡をのぞむ北九州市門司区の住宅街に、リゾート施設を思わせる3階建ての建物がたつ。
不動産やカラオケ事業から介護に参入したウチヤマホールディングス(北九州市)が運営している老人ホーム「さわやか和布刈(めかり)弐番館」だ。
 
買ったのは、シンガポールに拠点を置く「パークウェイ・ライフ・リート」。
「不動産投資信託(REIT(リート))」と呼ばれる金融商品を運営している。不動産を買うお金を投資家から集め、買い取った物件の家賃収入などを「配当」として投資家に返す。
ウチヤマからは門司区の施設のほかにも三重県の鳥羽など四つのホームをまとめて買った。

■「まるで青田買いのようだ」
 ウチヤマの山本武博・経営企画室長は「売れたのは開設後1~2年の施設。
どこもまだ半分は空室があるのに、早く成約したいという感じで、まるで青田買いのようだ」という。
5施設を計約45億円で売り、ウチヤマには十数億円の売却益がころがりこんだ。
 
「ファンドと違ってリートは長期の投資で施設を購入する。
うちも施設の土地などを安く仕込めば、売却益が得られる。
借金も減らせるし、売却益を事業拡大に回せる」と内山文治社長。
すでに運営する54施設のうち約半数はリートやファンドの所有だ。

■「日本は買いだ」
 パークウェイは、リートでは日本国内で最大の介護施設のオーナーになっている。
これまで総額800億円で計44件の介護施設や病院を買収してきたが、このうち日本国内の施設が40件を占める。
 「これから団塊世代が後期高齢者になって、介護や関連の市場も成長が見込める。
優良な投資先としては世界屈指。日本は買いだ」。パークウェイ・ライフ・リートを運営するヨン・ヤンチャオ最高経営責任者(CEO)は、日本へのさらなる投資に意欲をみせる。

■効率優先、人員は最低限
 買収合戦の過熱で施設が値上がりしても、その恩恵は働く人に届かない。
 「そんなこと書いちゃダメじゃない。
マズいから、書き直して」。
施設トップのホーム長の言葉に、当時勤めていた女性看護師は耳を疑った。
 
介護事業会社「ワタミの介護」(東京)が経営する神奈川県内の老人ホームで昨春、前夜の入居者の状況を引き継ぐ会議でのことだった。
夜勤責任者のケアワーカーが、ある男性入居者について「ベッドから落ちたが、けがはないので様子見した」と報告書を読み上げると、ホーム長がすぐさま書き直しを命じた。

■ルール違反発覚恐れ書き直し
 この施設では夕方6時以降、看護師が常駐せず、翌朝8時までケアワーカー3人で約60人の入居者をみる。夜間に転落などの「事故」が起きた時は、自宅待機の看護師に連絡し、処置を仰ぐことになっていた。
 ルール違反の発覚をおそれて、ホーム長は「様子見した」という報告書を、「自宅待機の看護師に報告した」と書き直させた。
 「手抜き対応を隠すための明らかな改ざん。
でもこんなことは日常茶飯事だった。人手が最小限におさえられているから、やるべきことも十分にできない状態だった」と看護師はいう。

■主治医「いい加減にしろよ」
 もちろんケアワーカーは看護師に連絡しなければならないルールを知っていた。
だがほかの仕事に手を取られて連絡できず、結果的に手抜き対応になった。
 入居者への薬の飲ませ忘れや取り違えも数え切れなかった。
誤って薬を飲ませれば重大事故につながる可能性もある。
配薬ミスを看護師から聞いた主治医が、「いい加減にしろよ」と怒鳴りつけることもしばしばだったという。
 
酸素ボンベの操作ミスで女性入居者が意識不明に陥ったり、徘徊(はいかい)ぐせのある男性の部屋に鍵をかけ忘れ、深夜2時に5キロ離れた場所で警察に保護されたりしたこともあった。
「本来なら自治体に事故報告書を提出するケースさえ、もみ消されていた」と関係者は証言する。

■「便で汚れたまま、数時間も放置」
 「経営効率を優先するから、人員は最低限の人数だけ。
だから入浴や排泄(はいせつ)の介助が重なると、誰もいないことも多かった。
便で汚れたまま、数時間も放置された老人もいた」。同じ「ワタミの介護」で勤務したことのある元ケアワーカーは慢性的な人手不足を挙げる。
 
男性が働いていた施設には毎月、介護福祉士や看護師、事務、厨房(ちゅうぼう)ごとに、本部から、全体の労働時間の枠を示した指示書が届き、職員会議で示されたという。
「出勤記入の仕方」と題した文書には、「時間数はお金です。
ご入居者様から支払って頂いたお金と国の介護保険から給料は支払われています。
会社からは逆に一銭も出ていません。時間外手当が発生するとなにが起こるかというと、必要な物が買えなくなるだけです――」。

■「とても終わらない」仕事量
 男性は「結局は、施設全体でこの時間数分しか人件費を出さないということ。
しかし実際はとてもその時間内で仕事は終わらないから、おのずとサービス残業をすることになった」。
 こうした問題に対し、ワタミグループは「事故隠しなどの事実はない。
人手不足でサービスが低下している認識もない」(広報)としている。

■低賃金のままノルマ増
 働き手の処遇も厳しい。
 低賃金の長時間勤務が社会的な問題になり、介護職員1人あたり1万5千円が上乗せされる「処遇改善交付金」が2009年には設けられた。
だが「低賃金」もあまり改善された様子はない。

■300万円に満たない年収
 中国・四国地方の施設で働く40代の女性介護スタッフは、交付金が出た09年以降、資格手当がつくようになったり、休日出勤も業務扱いに変わったりした。
だが、税金などを引いた毎月の手取りは18万円ほどでほとんど変わらなかった。
ボーナスは夏冬合わせて基本給の約3カ月分、年収は300万円に満たない。
 「結局、10年働いても基本給は2万円しか上がらない」。その一方で、施設を運営する社会福祉法人は事業を拡大してきた。

■「我慢するしかないのでしょうか」
 「人手を抑えられているから、施設内の掃除や、その日あったことを書く報告や書類の整理は勤務時間が終わってから。
もちろん残業代はもらえなかった」
 おまけに施設の行事が増え、休日も別の施設の夏祭りやゲートボール大会に無給で駆り出された。
少しでも生活が楽になればと、2千円しか手当のつかない夜勤に、無理して月7回も入る同僚もいる。
「辞めてほかのところで、と思うけれど、田舎だから働く場所がない。我慢するしかないのでしょうか」

■突きつけられる目標値
 公職選挙法違反容疑事件に揺れる医療法人「徳洲会」グループの介護関連会社「ケアネット徳洲会鹿児島」(鹿児島市)でも、訪問介護を担当する職員のストレスはたまるばかりだ。
 訪問介護を担当する介護職員たちは、月に訪問する利用客数の目標値を会社から突きつけられる。
「月140件はこなしてもらいたい。
あなたの給料分は稼いでもらわないと。
このままだとパートになってもらうか、辞めるしかない」。複数の社員はこの夏、社長に呼ばれ、こう告げられた。

■どんどん増えたノルマ
 徳洲会が07年、撤退したコムスンから事業を引き継いだ時のノルマは90件弱だったが、その後どんどん増えた。
 残業代を正直に申告しようとすると、上から待ったがかかった。
「190時間ぐらいにしておいてくれないか」。ある職員は労働時間を管理する担当者からそう言われ、言葉を失った。

■会社は好調。昇給一切なし
 会社は好調続きだ。
ところがこの5年間、正社員の介護職員の昇給は一切なかった。
内部資料によると、現場で働く介護職員の給与は、基本給が月13万~14万円。
これに残業代を加えても、手取りで20万円に届かない職員も多い。
非常勤職員の時給は600円台前半で、県が定める最低賃金654円を下回る。
コンビニでアルバイトする高校生より低い。
 「この会社は利用者も人間なら職員も人間だということが全くわかっていない」と女性職員は話す。
 朝日新聞の取材に対して、ケアネット徳洲会鹿児島の社長は28日、「時間がなく、取材に対応できない」と回答した。

■「消耗品のよう」
 関東で病院や介護施設を幅広く運営する医療法人で働く30代の看護師は、「疲れて休日は体が動かないから、ずっと寝ている。消耗品のようだ」と話す。
 大手メーカーの半導体工場で非正規で働いていたが「雇い止め」に遭った。
看護学校に通い、ここで働き始めた。3カ月契約で、ボーナスも昇格もなかった以前と比べると、医療や介護の仕事はまばゆかった。
「安定しているし、これからの成長産業だといわれていたから」
 ところが、夜勤手当などを入れても手取りは以前の3分の2。「年齢や結婚のことを考えると、このままでは厳しい」。将来への夢がしぼんでいく。(西井泰之、松浦新、大鹿靖明、横枕嘉泰、松田史朗、西崎香、吉田拓史)