『医療大転換』を書いた--福島県立医科大学医学部地域・家庭医療学講座主任教授 葛西龍樹氏に聞く

2013.08.28

ブックス&トレンズ--『医療大転換』を書いた--福島県立医科大学医学部地域・家庭医療学講座主任教授 葛西龍樹氏に聞く
2013.08.31 週刊東洋経済 

『医療大転換』を書いた

福島県立医科大学医学部地域・家庭医療学講座主任教授 葛西龍樹氏に聞く

 家庭医の役割を担う「総合診療専門医」の導入が決まった。これがプライマリ・ケアのシステム導入への大きな一歩となるのか。課題は多いという。

 ──新しい専門医の誕生です。

 総合診療専門医は、2017年から後期研修が始まり、20年には新制度の下で初の専門医が生まれる。日本以外では家庭医といわれているもので、120カ国近くの国で社会保障の仕組みの中にしっかり位置づけられている。
日本では総合医やかかりつけ医が家庭医と呼ばれがちだが、世界の家庭医の標準的なあり方や医療の中での役割とは決定的に違う。
日本でも総合診療専門医を、プライマリ・ケアを手掛ける家庭医として高いレベルの医師にしなければならない。

 ──プライマリ・ケア?

 医療を1次、2次、3次と分ける考え方があって、1次は日常起こる健康上の問題のほとんどを扱う。
2次になると各科の専門医の診療や入院を伴う。3次は2次で対処できない高度先進医療だ。
そのうち1次医療をプライマリ・ケアと呼ぶ。家庭医療よりもプライマリ・ケアのほうが言葉として広い意味を持つが、いちばん大事なのでプライマリと形容される。

 ──その1次医療の専門医ができるのですね。

 日本では、何か医療改革をするときに、たとえば後期高齢者医療制度や介護保険もそうだが、肝心な担い手として、どういう医師や看護師が働くのか、その人たちをどう養成するのか、という観点がつねづね抜け落ちる。

その領域はわれわれがすでにやっているという医師の団体や看護職の団体の意見が取り入れられ、新しい能力を備えた医師や看護師を仕組みの中にあえて生み出そうとはしてこなかった。

 従来の総合医やかかりつけ医と、プライマリ・ケアを専門に扱う家庭医、つまり総合診療専門医は、その質を異にする。
諸外国の家庭医は、厳しい研修プログラムと認定試験を経てはじめて資格を取得できる。内科や小児科はもちろん、外科、産婦人科、精神科、整形外科など広範囲な領域のプライマリ・ケアをカバーする。内科開業医がそのまま横滑りしてなれるものではない。

 ──家庭医は地域医療も担うのですか。

 今回の社会保障制度改革国民会議の報告書でも、新しいモデルとして「病院完結型から地域完結型へ」との表現が使われている。
地域完結型の医療と唱えても、その医療を誰がどうやって担うのか、中心で働くのはどういう医師で、そしてパートナーとして働く看護師ともどもどういう役割を持っているのかなど、担い手がはっきりしないから新しい専門医に期待が集まる。

 ──プライマリ・ケアの対象範囲は広いですね。

 プライマリ・ケアの対象は、病院や診療所にやってくる人だけではない。たとえば、地域に1000人の人が住んでいれば、1カ月に病院や診療所を受診する人は、4分の1の250人という調査がある。
地域住民の4分の3は実際には利用していない。ところがさらに調べてみると、来ない地域住民の3分の2が健康上の問題を抱えている。問題があるのに受診はしない。こういう人たちをどうするか。

 そして残りの250人については、つまり4分の1の人たちは健康だと思っていることになる。
ただ、それは自分で思い込んでいるだけであって、たばこを吸っているとか、知らない間に血圧が上がっているとか、健康に対するリスクを持っている可能性がある。そこで、リスクを抱えている人、健康だと思っている人を含めて、地域に住んでいる人全員について対象にしようというのが、プライマリ・ケアの考え方だ。さらには、地域外の各種サービスとも連携する。

 ──家庭医のケアは手厚いのですか。

 継続して対象者のことを知っており、その蓄積の上に立って、患者や家族のためを考え、必要なサービスを調整する。
2次、3次の専門医療の現場では、専門医が自分の得意な技術を使いがちだが、その点、家庭医は公平に吟味する。各種医療の専門家として患者との話し合いのうえで方法を考える。健康全般について不安が生じたときに、安心して相談できる相手ということだ。

 もともと健康問題は、経験則では8割方がプライマリ・ケアで解決できる。
残りの2割に関しても、その家庭医によって信頼する2次、3次のケアが紹介されることになる。しかも紹介された後も、家庭医は従来からコミュニケーションを取っているだけに、どう進んでいるのか、患者や家族に説明しやすい。そして、2次、3次ケアが終わって、プライマリ・ケアに戻ったときも、同じ家庭医がずっと見ていてくれる安心感もある。

 ──家庭医は医療費を抑制することにつながりますか。

 おカネのかかる医療に行かせない、病院や高度医療にかからせないためのゲートキーパーを想像する人がいる。家庭医を使うのは、どの医療機関にも行ける「フリーアクセス」を抑制するものだ、という言い方をする人もいる。だが、この見方は共に正しくない。2次医療、3次医療が必要な人が自ら適切なケアを選ぶのは大変であり、ハードルも高い。
そこで家庭医が知識と経験からむしろゲートを開ける役割をする。ゲートオープナーという言い方のほうが適切だ。

 ──高齢者医療に家庭医は向いていませんか。

 家庭医のプライマリ・ケアで無駄な医療がかなり減る。たとえば高齢者は一人でたくさんの病気を抱えている。認知症がある、目は白内障だ、血圧も高い、糖尿病もある……。こういったいくつもの問題を抱えていても、日本の医療ではそれぞれの診療科の専門医のところに行きがち。
しかも、そこでは重複した検査もある。必要のないような薬もどんどん出かねない。家庭医が診ていれば、かなりの無駄は省ける。
その結果として医療費の増大は抑制される。

 もちろん、家庭医導入の目的は医療費の抑制だけというのも間違い。それより患者の安心が第一。その安心感によって、いい方向に行くことがデータとしても出ている。

 ──日本に家庭医を育てる指導医はいるのですか。

 世界標準のレベルで実践し教える指導医は少ない。これから育てていかねばならない。
今現在、学会の専門試験に受かった人が数百人いる。その中からピックアップして2年間教える。比較的短い時間で増やすことができると見通している。

(聞き手・本誌:塚田紀史)

医療大転換

ちくま新書/777円/206ページ

著者 かっさい・りゅうき

英国家庭医学会正会員専門医(MRCGP)。日本プライマリ・ケア連合学会理事。1957年生まれ。北海道大学医学部卒業。カナダ家庭医学会認定専門医課程修了(ブリティッシュ・コロンビア大学)。96年北海道家庭医療学センター設立。2006年に福島県立医科大学に講座を設け、10年から現職。