深層断面/健康長寿社会、ICT活用で実現急ぐ

2013.08.20

深層断面/健康長寿社会、ICT活用で実現急ぐ
2013.08.19 日刊工業新聞 


超高齢社会へ向かう日本。
約4人に1人が65歳以上という状況下で医療費負担や社会保障費用の増加などの難問が渦巻く。
これに対して政府は成長戦略の重点課題として「健康・医療」に焦点を当て、将来のあるべき姿として「健康長寿社会」への道を示した。

具体策では再生医療など最先端研究が脚光を浴びる一方で、ビッグデータ(大量データ)分析などの情報通信技術(ICT)活用が俎上(そじょう)に上る。
世界に類のない超高齢社会が抱える難問を解くことで、新産業創出への期待も高まる。(編集委員斉藤実、斎藤正人、松沢沙枝)


【高齢者の生活分析】

日本人の平均寿命は女性が86・41歳(世界1位)、男性は79・94歳(世界5位)。
長寿大国ながら、生活習慣病や寝たきりとなる高齢者も増え、医療保険財政のひっ迫が懸念される。

こうした中で指針として注目されるのが健康寿命だ。介護を受けたり病気で寝たきりになったりせず、健康に生活できる年齢(期間)を指す。

厚生労働省が2012年にまとめた推計(10年時の試算)によると、日本の健康寿命は女性が73・62歳、男性が70・42歳。

いずれも世界トップ水準だが、平均寿命との乖離は否めず、病気や寝たきりの状態が10年前後に及ぶ厳しい現実も浮き彫りとなった。

健康寿命を延ばすためには生活習慣病などの「予防」が必須。

そのためには「ICTの活用がカギとなる」と語るのは日本のIT戦略の司令塔を担う遠藤紘一内閣情報通信政策監(政府CIO)。

遠藤氏は「人間としての尊厳が失われず、年老いても元気に楽しく暮らせる社会。
それが健康長寿社会だ」と言及したうえで、「高齢者の生活様式を匿名化して、トレース(追跡)して統計的に分析することで、病気や痴ほうを未然に防ぐためのアドバイスを個別に提供することも可能だ」と指摘する。

これを実現するICT基盤としてスマートフォン(多機能携帯電話)や健康センサー機器に加え、膨大なデータを即時処理できるビッグデータ分析の台頭があり、健康長寿の社会モデルを日本でいち早く構築できるチャンスを迎えている。
予防の結果として個々の生涯医療費を抑制し、医療費適正化につなげるのがベストシナリオだ。


【診断データ生かし予防】

■自治体が先導

健康長寿社会への取り組みは自治体が先導役となり、住民の医療・健康データを行政サービスに生かす動きが相次いでいる。
3月には「健康を中心とした街づくり」をテーマに、1府4県7市の広域連携による総合特区「健幸長寿社会を創造するスマートウエルネスシティ」が始動。
7市は新潟県見附市、三条市、新潟市、福島県伊達市、岐阜市、大阪府高石市、兵庫県富岡市。併せて筑波大学とつくばウエルネスリサーチ(つくば市)も共同で指定を受けた。

同特区は「歩ける街づくり」を前提に、高齢化や人口減が進んでも持続可能な先進予防型社会を目指す。

NTT東日本と日本IBMの協力を得て構築した「自治体共用型健幸クラウド」で7市の国保データに加え、介護保険や社会保険の健康診断などを一元管理。
分析して将来の健康リスクの把握や、生活習慣病の予防に役立てたりできる。
「住民の約7割の健康データを分析することが可能」(久野譜也筑波大学大学院教授)という。

NTTデータは12年7月に埼玉県の7市2町で構成する「利根保健医療圏」内で約100の医療機関が参画する地域医療ネットワーク「とねっと」を構築。参加者もネットワーク接続し、病院での検査結果閲覧や自己測定した数値の書き込みができるほか、緊急時にはネット上の情報をもとに救急隊員が素早く処置できるよう工夫している。


■薬の情報共有

約1万2000人が情報共有に同意。
100歳を超える高齢者から若者まで幅広い年代が参加。NTTデータ側では「結果の出せる医療ネットワーク」(田中智康医療情報ネットワーク担当課長)と自信を深める。

14年春には新潟県魚沼地域で「魚沼・米(まい)ねっと」も立ち上がる予定。
管理・運営を担う特定非営利活動法人(NPO)では5年後に5万人の住民参加を目指す。
地域の薬剤師会が積極的に参画し、保険薬局と病院・診療所などとの間で処方・調剤情報などを共有できるのが特徴。新潟大学と連携し、長期的な疫学的調査などでのデータ活用も視野に入れている。


■介護施設参加

日本ユニシスが携わる新潟県佐渡市の地域医療連携ネットワーク「さどひまわりネット」は、病院や薬局に加えて介護施設が加わるのが特徴。現在、約9800人から情報取得の同意を得て、ネットワークに参加する73施設で共有している。

各地域で医療連携が急がれる背景には医療崩壊に対する危機感がある。
埼玉県は住民10万人当たりの医師数が全国最下位。新潟県魚沼地域でも医師不足が深刻で、さらに「電子化が進んでおらず電話やファクスでやりとりしている」(南魚沼市医療対策室)のが現状だ。


【医療・介護クラウドや特区づくり】

情報サービス各社は相次ぎ健康支援サービスに乗り出している。富士通は医療法人「鉄祐会 祐ホームクリニック」の武藤真祐理事長の協力を得て「高齢者ケアクラウド」を開発し、医療・介護関係者向けにサービスを体系化した。
まずはBツーB(事業者間)に照準を合わせた。在宅医療・介護事業者らが1チームとして高齢者を支援できる「在宅チームケアSaaS」などをメニュー化した。

企業向け健康支援も予防に力を注ぐ。
日立製作所は「はらすまダイエット/生活習慣改善」を6月から提供。
利用者は減量に向けた取り組みの実施状況と朝晩の体重を専用ウェブサイトに登録。90日間で体重の5%を減量し生活習慣の改善に取り組む。
NECは健康管理に必要な社員情報や健診結果の通知、統計・集計などの基本システムをクラウドサービスとして提供。健康支援サービスは収益モデルが難しく、各社とも社内実践の外販がベースとなっている。


【電子医療記録が脚光】

欧米などの先進諸国では「電子医療記録(EHR=エレクトリック・ヘルス・レコード)」が脚光を浴びている。個人の医療・健康に関する多様な情報を蓄積し、参照・共有する仕組みだ。

EHRの導入は海外で先行しており、アジア諸国ではシンガポール政府が12年に2次・3次医療を担う公立病院でEHRの運用を始めた。
NTTデータの調査「デジタルガバメント&フィナンシャルトピックス」によると、現在は診療所向けの電子カルテシステムの開発も進行中。

1次医療を担う民間病院との情報連携も可能になる見込み。
EHRの導入で投薬管理や業務品質が向上することで19年までに約441億円の利益が生まれると試算されている。

データは取扱時に払うべき注意の度合いに応じて分類され、職権に応じてアクセスを制限するが、緊急時には医師が通常の範囲を超えて情報を取得できる柔軟な仕組みになっている。
EHRでは誰がいつ、どこで何にアクセスしたのかというログ(履歴)監査も重要だ。

また欧州ではEU加盟国内で医療情報を連携する実証実験が進行。
米国では公的医療機関を対象にEHRの導入を義務化し、14年までに導入を済ませる計画だ。

わが国では全国どこの医療機関にかかっても自身の医療・健康情報を活用した最適なサービスが受けられる「どこでもMY病院」構想がある。
このシステム基盤を担うEHRについても医療・介護連携や救急医療などの実証実験が現在行われている。

一方で診療データの共有化は患者の同意が必要なうえ、医療現場では診療データを同業と共有することへの抵抗感もあり、「参照はしたいが開示はしたくない」といった声も少なくない。
ここにどう踏み込むかも課題となっている。