〔特集〕新興国投資の終わり 第2部 大荒れの政治・経済 ブラジル 反政府デモの現場 貧しい医療、家賃高騰...=高橋直子

2013.07.22

〔特集〕新興国投資の終わり 第2部 大荒れの政治・経済 ブラジル 反政府デモの現場 貧しい医療、家賃高騰…=高橋直子
2013.07.23 エコノミスト

 ◇貧しい医療、家賃高騰、格差……「目覚めた」中間層の怒り爆発

 わずか0.2レアル(約10円)のバス運賃値上げは、抗議運動の発端に過ぎなかった。
 
ブラジル最大都市サンパウロ市で6月2日、公共交通料金の値上げが始まったことをきっかけに、ブラジル全土へ飛び火した反政府デモ。

フェイスブックなどのSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)を通じて、劣悪な公共サービスや格差問題などへの根深い不満を巻き込み、1985年の軍政終了後では最大規模へと瞬く間に膨れ上がった。「この運動はわずかなバス運賃値上げへの抗議ではない」「ブラジルは目覚めた!」を合言葉に、群衆がストリートへと次々に躍り出ていった。
 
警察の暴力的な対応も、群集の怒りを助長させた。
6月17日にはリオデジャネイロ市でデモ隊と警察が激しく衝突。
ゴム弾を撃ち放ち、催涙ガスが立ち込めるなかを逃げ惑うデモ参加者の様子は、ネットの映像を介して国民の怒りをさらに増幅させた。

威嚇射撃、夜間に過激化する暴徒、そして上空を飛び交うメディアや警察のヘリコプター。
のどかな日常生活を続ける地区がある一方、デモが行われている中心部などの緊張は高まった。
 
サッカー・コンフェデレーションズカップ(コンフェデ杯、6月15~30日)の開催中、デモはクライマックスを迎えた。参加者数は6月17日、リオデジャネイロの10万人をはじめとし、ブラジル全都市で推定25万人。

また3日後には全国80都市以上、合計約100万人。19日に地元当局が、バス料金値上げ撤回を発表したにもかかわらず、その後も沈静化するどころか一層の広がりを見せたのだ。
 
そしてコンフェデ杯の期間中、試合が開催された都市でデモ隊が目指したのはサッカースタジアムだった。

ブラジル国民はサッカーをこよなく愛す。
しかし、莫大な公費を投じる国際イベントの象徴として、コンフェデ杯に怒りの矛先を向けたのだ。

「もう我慢は限界。国民へのサービスはほったらかしだ」。
今回初めてデモに参加したという、リオデジャネイロ市在住の主婦、フェルナンダ・タバレスさん(47)。今年4月に仕事を辞めるまで、毎日長時間、薄汚れたバスに揺られ出勤する生活、大雨になれば汚水があふれる道路。友人は今年の賃貸契約更新で、更新前の25%増の家賃を突き付けられた。

 ◇新・中間層が台頭

 ブラジルでは軍事政権が終了した後も、根強い政治不信を抱える中間層が多い。
そして今回のデモでは、生活補助制度や住宅補助などの充実によって、貧困層から抜け出したはずの「新・中間層」も立ち上がったのが特徴だ。

リオデジャネイロ市のスラム地区「サンタ・マルタ」に住むNGO女性職員、シェイラ・ナシメントさん(34)は「公立校に通う子どもたちの学習環境は改善されず、みすぼらしい公立病院では行列が続き、機器や医師が不足している」と不満をぶちまける。

確かに崩れ落ちたままの学校の壁、中学年になっても読み書きができない子どもの多さは、ブラジルの教育事情を象徴しているといえよう。
 
新・中間層は近年急増しており、人口約1億9000万人の約半数を占めるほどにまで増加した。

しかし、依然として人口の約33%が678レアル(約3万2000円 13年現在)の最低月収額で就労しているのに対し、0.9%は最低賃金の20倍以上の給料を得ているなど、賃金の格差は深刻な問題として横たわる。

また、公共サービスの水準も貧弱で、人口1000人当たりの医師数はスペインの4人などに比べ、わずか1.8人。

主要7州の公立医療機関では、「緊急手術が必要」とされる患者17万人が最高5年待ちの状態だ。
 
ブラジルは10年、7.5%の実質成長率を記録するなど、00年代に入って高成長を続けてきた。

所得が増え、消費も伸び、14年のサッカー・ワールドカップ誘致にも成功した。
しかし、国民が望む本当の暮らしの豊かさは一向に実現しそうにない。
ブラジルの明るい未来に期待しすぎた国民は、世界中のメディアが注目するコンフェデ杯で不満を一気にぶつけた。スタジアムの外も見てほしいという、切なる声の現れだ。
 
ブラジル政府はデモに対して一定の理解を示し、バスの運賃値上げを撤回する都市も続出した。
7月に入ってひとまずデモの規模は縮小しているが、賃金引き上げや労働環境改善を要求するブラジル全土での大規模なゼネストの計画もある。
政府と国民の間の溝はまだまだ深い。(高橋直子・リオデジャネイロ在住ライター)


毎日新聞社