高い医療水準を背景に医療ツーリズム・ビジネスの可能性も

2013.07.10

高い医療水準を背景に医療ツーリズム・ビジネスの可能性も
2013.07.09 香港 JETRO香港事務所


 香港は高い医療水準を誇り、香港市民だけでなく香港で生活する外国人もその恩恵を受けている。
香港政府は、市民に対する医療サービスの拡充に最優先で取り組んでいるようだが、そのサービス水準は域外の人々にとっても魅力的であり、医療ツーリズム・ビジネスが発展する可能性がある。

<高水準の医療環境>
 香港のビジネス環境などを記した各種解説本をみると、香港の医療水準は高いと紹介されているのが普通だ。
最新の医療機器が導入されているほか、個別の医療研究でも大きな実績があり、例えば2003年に大流行した新型肺炎(SARS)の原因ウイルスや発生源を突き止めたのは、香港大学の研究チームだった。

このような環境が病気の効果的な治療を可能とし、香港の出生時平均余命(2012年)は83.0年と、日本の83.6年に次ぐ世界第2位の水準にある(国連開発計画「2013年人間開発報告」)。
 

高度な医療サービスは、香港に住む外国人も享受することが容易だ。
香港の医者の多くは英語を話すことができるほか、英語が母国語でない患者向けには通訳サービスを提供する私立病院も存在するからだ。


<公立病院に殺到する市民>
 
1国2制度下にある香港では、英国植民地時代以来の医療制度が残っている。
ただし、英国とは異なり、政府による健康保険制度は存在しない。
 
病院は、政府(病院管理局)が運営する公立病院と、私立病院とに大別される。

公立病院については、香港政府の発行するIDカードの保有者(香港市民や香港に居住する外国人)であれば、100香港ドル(1香港ドル=約13円)で受診でき低額の負担で済む。
しかし、予約が困難だったり、待ち時間が長いなどの問題がある。
 
私立病院では、会社の団体保険などを通じて医療保険に加入している者を除き、医療費は全額自己負担となる。
また、医師は私立病院との間に雇用関係がなく、病院の施設を借りて治療を行っている形式のため、医師だけでなく病院との関係でも費用が発生し、医療費は高くなりやすい。

さらに、これら費用は医師や病院が独自の基準で決定しているため、費用基準は必ずしも明確ではない。

こうした事情に加えて、医療保険の保障範囲は加入する保険の種類により異なっていることから、重い病気の場合、私立病院に通いにくいというのが実情だ。
 

従って、長期的な受診を必要とする患者や比較的重い病気にかかった患者のほとんどは公立病院で受診している。
最近では、高齢化率(人口に占める65歳以上の割合、2011年:13%)の上昇などにより、公立病院にかかる患者数が増加した結果、患者が診察を受けるまでの待ち時間が延びて、政府の医療関連支出も多額になっている。

政府は現在、基金を活用して、65歳以上の香港市民の保険料支払いを免除するなどの特典を付した医療保険プランを創設しており、市民の医療保険への加入や私立病院への患者の分散を促している。


<CEPAを通じた中国本土への展開も>
 香港政府は現時点で、医療産業を香港の6大産業の1つとして位置付けている。
中国政府は経済貿易緊密化協定(CEPA)を通じて、香港に対し優先的に医療市場を開放し香港の医療産業を支援するとともに、中国の医療サービスの質を向上させることを狙っている。
 
香港のサービス企業はCEPAに基づき、独資(単独資本)で中国本土に医療機構を設置することが認められている。
2013年3月には、眼科専門病院が初めて独資で深セン市に進出を果たした。
合弁・合作の形態で中国本土に進出している香港系の医療機構は、同月までに72例ある。
 また、香港大学は深セン市からその運営管理を受託して、「香港大学深セン分院」を2012年に開業している。
 外国企業は、中国本土に独資形態で医療機構を設立することが認められていない。
合弁・合作形態で進出することは可能であるものの、中国本土の制度・慣行などへの対応に苦慮することにもなりかねない。
外国企業は、中国本土市場に対する一定の知識・経験を有する香港企業と連携し、必要に応じてCEPAを活用しつつ、中国本土で医療ビジネスを展開していくという選択肢もあるだろう。


<医療ツーリズム・ビジネス発展の兆し>
 香港政府は医療産業の振興策として、かつて政府所有の土地4ヵ所を提供して私立病院を設置するほか、域外から患者を呼び込むなどの方針を打ち出していた。
 
しかし現在、政府からは、医療ツーリズム・ビジネスを推進する強い姿勢は感じ取れない。
支持率が低迷する政府は、香港市民向けの医療サービスの改善を進め、民生の充実を図ることに注力しているようにみえる。
中国本土の妊婦が香港で出産する事例が多数発生したことを受けて、夫婦ともに香港住民でない中国本土の妊婦については入院予約を受け付けない対策を講じているなど、医療ツーリズムの推進とは逆向きの措置を取っている面もある。
 
もちろん、医療ツーリズム・ビジネスの発展の萌芽(ほうが)がないわけではない。
2013年5月には、中国最大の人間ドック運営業者である慈銘健康管理集団と香港SC専門医療が契約を締結し、中国本土からのハイエンド医療ツーリズムの際は、香港SC専門医療での優先的な予約が可能になった(「文匯報」6月1日)。
また、病院運営業務でアジア最大級を誇るIHHグループ(マレーシア系)は、香港デベロッパーの新世界発展グループと共同で、前述の私立病院向け開発用地の1つを落札した。

香港食物・衛生局によると、病院は2017年1月までに開業の予定で、入院患者向けベッドの30%未満(総ベッド数は500床)は香港市民以外に提供することが可能となっている。
さらに、旧香港国際空港の跡地の啓徳開発エリアには、小児難病を扱う医療センターが2017年に完成する予定だ。
このセンターは香港市民向けの医療機関とされているが、医療ツーリズム向けにも活用されるとする見方もある。
 タイ、インド、シンガポール、マレーシアなど、アジア各国が積極的に医療ツーリズム・ビジネスを進める中、香港が国際的に医療ツーリズム・ビジネスで成功するためには、他国では対応の難しい医療レベルの高い医療サービスに取り組む必要があると考えられる。
(山田雪穂、白井宏幸)
(香港)


日本貿易振興機構