(医の道・世の道・人の道:31)荒野の遠吠えに終わる 大鐘稔彦 

2013.06.27

(医の道・世の道・人の道:31)荒野の遠吠えに終わる 大鐘稔彦 /兵庫県
2013.06.19 朝日新聞 


 いつの頃からか、起床して洗面を終えるや外に飛び出し、高野山で購入した木刀をつっかい棒さながら背にあてがって自宅近くの丸山小学校(当時、南あわじ市阿那賀)への坂道を上がる習慣がついた。

 一つは、狭い診療所をX線撮影やエコー、内視鏡の検査で往(い)ったり来たりしても、一日の歩数は精々3千歩程度で、明らかに運動不足と知れたからである。

 いま一つは、起きて早々には腹が空いてないから朝食を摂(と)る気にならないが、小学校までえっちらおっちら上がって運動場を2周(約700メートル)走って帰る頃には空腹感が来(きた)しているからである。

 木刀を背にあてがうのは、坂道だとどうしても前屈(かが)みになり猫背の姿勢に終始してしまうからそれを正すためである。
この坂道(勾配15度ほどでざっと100メートル)を上れなくなったらもうおしまいだな、と言い聞かせながら。

 坂を上り切ると、広い運動場の向こうに瀟洒(しょうしゃ)な校舎が目に飛び込む。広いホールに体育館、プールも兼ね備えている。
私が当地に着任する6年ほど前に建てられたばかりだ。

 それが、わずか10年余りで他の近隣地区の学校と共に閉鎖され、隣の津井地区に新築された小学校へ統合された。

 ホールの上にそびえていた尖塔(せんとう)の時計も、いつしか10時20分で止まったままとなった。(勿体〈もったい〉ない!)

 閑として人気のなくなった校舎を見るたび、慨嘆が漏れる。(これを放っておく手はない!)

 私は町にかけ合った。西淡地区は当時人口約1万2千を数えたが、町立の二つの診療所の他に無床の個人医院が数軒あるだけでベッドは一つもない。
こんな地域は全国でも稀(まれ)である、町には次のように提言した。

 丸山小学校を町立病院に転用してもらいたい

▽公的病院とあれば応募してくる有為の医者は必ずいる
▽50床ほどの病院に改装して常勤医が3~4人いる状況になれば、40年で15人もの医者が出入りして落ち着かなかった診療所の悲しい歴史にもピリオドを打てる
▽1人の医者が辞めてすわ一大事と大騒ぎすることもなくなる▽病院が開設されれば看護師や技師のスタッフも島外から来て町の活性化にもつながる
▽一石二鳥にとどまらず、三鳥四鳥のメリットがある等々――。

 かつて関東で二つの民間病院の再建、設立に携わった経験から、必要なマンパワー、経費、立ち上げから2、3年の収支の見込みなど、具体的な試算も提示した。

 地元から出ている議員の一人は賛同してくれたが、役場は暖簾(のれん)に腕押しでさっぱり手応えがない。

「財政は逼迫(ひっぱく)していて、とてもそれだけの予算は組めない。診療所として移転するだけなら考えないでもないが……」とのらりくらりかわされ、実現には至らなかった。

 私は“腰かけ”程度の軽い気持ちでここへ来てはいない。

定年まで少なくとも10年は続けるし、延長してくれるなら更にもう少し頑張ってもよいとの気概をこめて来ている。

だから“火急の用”というわけではないだろうが、私も遠からず辞める時が来る。その時はその時でまた一本釣りすればいいや、といった安易な考えにはもういい加減終止符を打ち、今からその時に備えてもらいたい、との切なる思いであったのだが……。(医師・作家)