舛添氏の医療行政・・・

2013.06.24

舛添氏の医療行政・・・

当時医療界が湧き上がっていたのは、国内各地で起こった救急受け入れ不能問題。舛添氏の任期中には、07年に奈良で複数の病院に受け入れを断られた妊婦が死産、08年に東京では妊婦が亡くなった事件があった。石原都知事と舛添氏による"モスラ対ゴジラ"のような応酬は、記憶に残る方も多いのではないか。

この問題を一言でいえば、医師不足。他にも要因はあるが、医師が国内で不足しているため、病院側は受け入れたくても受け入れられないという事態に陥っていた。しかし、国は「医師は余っている」と言い続け、歴代大臣はそれを信じてきた。

舛添氏は違った。国内で医師が不足しているデータを用い、御用学者でない専門家を入れた検討会を開いて、医師数を1.5倍に増やす政策を打ち出した。小泉純一郎政権以来続いた、毎年の2200億円の社会保障費削減政策も、打ち止めにした。



http://www.huffingtonpost.jp/rie-kumada/post_4944_b_3418761.html