地域医療の一線で活躍 元菊池医院長・明さん(下田)悼む

2013.05.27

 


地域医療の一線で活躍 元菊池医院長・明さん(下田)悼む
2013.05.25 伊豆新聞)

 下田市の医療の第一線で長く活躍し、15日に88歳で死去した同市一丁目、菊池医院の元院長菊池明さんは、争いを好まない優しい人柄と自分より患者を優先させた仕事ぶりで、高く評価されていた。

 同病院に勤めながら看護学校に通った看護師杉山明美さん(61)によると、菊池さんは夜8時、9時まで外来患者の診察をした後、往診に出掛けたほか、急患にも対応した。
「寝る暇もないような毎日でした。身を惜しまないということを教えてもらいました。
永遠に生きていてほしかった」と惜しんだ。

 菊池さんは1925年、南伊豆町下賀茂生まれ。豆陽中(現在の下田高)を経て昭和医学専門学校(現在の昭和大)を卒業。
55年に父伝次郎さんが院長を務める菊池医院に戻り、67年に院長になった。
79年から92年まで賀茂医師会の副会長。市福祉事務所の嘱託医、生活保護指定医なども務めた。2010年には市功労者表彰を受けた。

 64年の東京五輪開催中にコレラ患者を発見し、拡散を未然に防ぎ、厚生相、知事、県医師会長、下田町長らから感謝状を受けた。
生活保護指導職員功労者として厚生相から表彰された。

 母校愛が強く1980年から2002年まで同窓会の豆陽会会長を務めた。
書が得意で同校の「開学百年」の碑(いしぶみ)の文字を書いた。下田日米協会の設立にも力を尽くし、会長を務めた。

 跡を継いだ長男で現院長の菊池新さん(52)は「父は人だけでなく動物からも好かれた。真面目に仕事をするということを教わりました」と話した。