なぜ老人医療費が全国一安いのか 長寿日本一・長野県民が、50年前に始めた習慣

2013.04.28

 

なぜ老人医療費が全国一安いのか 長寿日本一・長野県民が、50年前に始めた習慣●色平哲郎
2013.04.29 プレジデント

 厚生労働省が発表した二〇一〇年都道府県別生命表で、長野県の平均寿命が初めて男女ともに全国で一位になった。長野県は一九九〇年から五回連続の一位(男性)で、一人あたりの老人医療費も日本で一番安い。

 そこで注目されるのが長野県佐久市にあるJA長野厚生連・佐久総合病院だ。「地域医療の先進エリア」として知られる佐久市は、平均寿命が長野県よりもさらに〇・五歳程度長いうえに、一人あたりの老人医療費も安い。なぜ、長野県佐久地域は「健康長寿の先進エリア」となったか。佐久地域外に住む私たちは、どうすれば長生きできるのか。


日野原重明に並ぶ天才医師、その名も

 戦後日本の医療界には、二人の天才がいました。それは今一〇一歳になられた日野原重明先生と、今生きていれば一〇二歳になる若月俊一先生です。日野原先生は、アメリカの良質な医療を日本に普及させるという強い熱意で、お金に余裕のある層を対象にした聖路加国際病院を発展させてきました。

 そんな日野原先生とはまったく対極の位置にあったのが、若月先生です。若月先生は戦前の治安維持法で逮捕・拘留され、(左翼からの)偽装転向をして長野県佐久に逃げるような形でやってきたのです。

 私は冗談で言うのですが、若月先生が熱心に辺鄙な農村を回るようになったきっかけは、必死で農民たちのご機嫌をとり「若月先生は立派な人で、悪い人じゃない」という評判をとって、当局の目を逃れたかったのもしれません(笑)。それぐらい地域医療は経済合理性とはかけ離れたもので、ある種の強い使命感のようなものがないと関われないものです。

 若月先生は、「サク(佐久)病院とはサケ(酒)病院だ」とよくおっしゃっていました。患者である農民が本当に必要なものを見極めるためには、診察だけでなく、農民の生活にまで入り込んで取材しなければならないと考えたのでしょうか。

 例えば、私にも地域医療の現場でこんなことがありました。ばあちゃんから、夜中の二時に「膝が痛くて歩けない」と電話がありました。「ばあちゃん、じゃあ明日朝にでも往診に行くよ」と伝え、朝六時に出勤すると、ばあちゃんが診療所に歩いてきている(笑)。逆に、一〇のことを一しか言わないじいちゃんから「ハラが痛い」と電話があったときは、その瞬間に自宅を飛び出し、大雪の中を往診に行ったことがありました。実際に目の前の患者の訴えに対応する一方で「本当に必要なもの」がなにかを探るのが佐久病院流のやり方なのです。

 しかし現在の医療制度は、患者たちのウォンツ(欲求)を満たすことばかり考えているような印象を受けます。患者を消費者として捉えれば、それも正しいのかもしれませんが、本当に必要な医療行為なのかは別の問題です。膝が痛いというのは、話を聞いてほしいだけかもしれない。子どもを小児科で診てもらいたいというけど、実際はどこの家庭にでもあるような子育てにまつわる不安を解消したいだけかもしれない。医療用ヘリコプターがない地域に、「ドクターヘリが欲しいですか」と問えば、誰もが「はい」と答えるでしょう。しかし、優先すべきことが別にあるのではないか。逆に「俺は元気だ」と言い張る人からも心の内を覗こうと「聴“心”器」を当ててみれば、病気が見つかったりするものです。

 佐久病院に、経営方針はほとんどありません。そのときの「農民のニーズに応じる」というのがほぼ唯一で、それに付け加えるならば「弱い者を支える」といったことぐらいです。

 ここでのポイントは、「ニーズ」という言葉です。言語化されておらず、それを自覚しているのかどうかわからない状態の農民に対して、一緒に酒を飲んで話を聞き出すぐらいの取材をしてから、健康な体を維持できるよう促していく。

 お金にはならないし、短期的にすぐに成果が出ることもありませんでしたが、二〇年、三〇年と経つと国際的にも認められはじめ、四〇年、五〇年経つと、みなさん(プレジデント編集部)のように長寿の秘密を取材してみたいと思うようになるわけでしょう(笑)。

 世界で一番の長寿となり、一人あたりの医療費が日本で一番安くなりましたが、若月先生や佐久病院が、当初からそれを目標にしていたかというとまったく違うと思いますよ。病院もなく、お金もなく、健康状態も問題だらけだった農民たちに対して「東京まで行かずに済み、できるだけお金もかからない形で幸せな一生を送れるような地域を実現したい。だからぜひ君たちには私たちを支えてほしい」と訴え続けてきた結果なのだと思います。


自覚すべきは医療技術の限界

 戦後、日本ではリッチな東京の平均寿命が一番長い時代がずっとありました。そのあとは、気候が温暖な沖縄県が一番になりました。ではなぜ、裕福でもなく、温暖でもない長野県の平均寿命が一番になったのでしょうか。

 私は、それは「予防」にあると考えています。「“Prevention is better than cure.”(予防は治療に勝る)」ということを半世紀以上も前から、長野では愚直に取り組んできたのです。

 当時の長野は、封建的な風土が色濃く残っていました。家の中で嫁が、味噌汁の塩分を減らすようなことをすれば「バカ嫁」のレッテルを貼られ、嫌みを言われるようなところです。また男尊女卑もあり、何十年のキャリアを持つ女性の保健師であっても、村長クラスのリーダーと直接話をすることも許さない雰囲気があった。彼らに向かって「減塩すると死亡率が下がり、医療費も安くなります。予防は医療に勝るのです。私たち医者に会う前に、保健師さんのもとへ通ってください」と一〇年、二〇年言い続けたのです。医療情報をより深く理解してもらうために劇をつくって劇団も結成し、今でも活動を継続しています。

 でも、一度生活習慣を変えることに成功すれば、どんどんいい循環がはじまりました。農村の人は、実直なところがあって、相手を信頼すればみんなでいっぺんに健康に気を使いはじめるのです。

 それとは対称的に、都会の人は予防に関して軽視しがちなところがあるように思えますね。お金がかかっても最先端の医療技術をもってすれば病気の大部分は根絶できるとでも考えているのでしょうか。確かに感染症に関しては、それに対応する薬を使えば完治する場合が多い。しかし、ここ二十数年の医療技術論から考えると人間の寿命はさほど延びてはいません。診療すればするほど病名はたくさんつくけれども、加齢は治療しきれない。医療費ばかりがどんどん膨らんでいるのが現状です。

 私はよく「金持ちより心持ち」と申し上げるのですが、今後も医療技術の進歩はあっても、それには限度があって、人はどこかで諦めなければなりません。医者に期待しすぎなのです。テレビをつけるとイケメンでブラックジャックのような腕を持つ医者ばかりが出てきますが、実際にはそのような人はいません。私は医者との関わり方について、患者にアイドルグループのAKBならぬ、AKAだとお伝えしているんです。「(医者を)あてにしない、期待しない、諦める」です。

 医者に期待するというのは、結婚を申し込むときに「君を絶対に幸せにする」と言いつのるようなもの。幸せになるかならないかはわからないのだから、妙に期待させるようなことは言ってはいけないのです。医療というものはそれぐらいのものだと考えておけばいいのです。医療技術に対して過度に期待すると心理的にドツボにはまってしまいますよ。


私が本気で仕事をする理由

 立派な医者や医療施設を探すことより、病気にならない習慣や生活を確立してください。お金や技術では解決できない価値、例えば信仰、家族、コミュニティなど古来人類社会を支えてきた価値に戻ったほうが、統計的な観点からも元気で長生きしていることがわかってきています。

 確かに今も長野県には封建的な風土が残っていますが、そこを否定的に捉えるのでなく、「人と人との確かなつながり」といった良い面を活かすように考え直してみませんか。

 この具体的な例としてふさわしいかはわかりませんが、あるばあちゃんが、金曜日に私のもとへ来て血液検査をしたとします。特段、検査値に異常がなかったので、そのまま家にお送りしたとして、もしその翌日の土曜日の朝に死んでしまったら。

「イロヒラ医者は、絶対大丈夫と言ったのに翌日死んだ」という評判が村中にバーッと広がるのです。そして、その悪評がいつまで続くか。なんと二〇〇年間です。信じられないかもしれませんが、実際に村には「江戸時代に誤診を受けた」という言い伝えがまだ残っています。二四世紀にもなって「色平哲郎はヤブ医者だった」なんて私は絶対言われたくない(笑)。だから、私は地域の農民の健康のことを本気で考えるしかないのです。

 佐久病院の正式名称は「JA長野厚生連・佐久総合病院」です。JAとは農協のことですから、私たちの病院のオーナー、つまりボスは農民なのです。農民たちがなけなしのお金を出してつくった病院で私たちは雇われている。「病院が赤字というのは困るけど、黒字にもならなくていいから、暇なドクターや医療関係者は地域に出て、私たちにいろいろ教えてくれ」というニーズに応えて予防に取り組むのが私どもの使命です。

 若月先生がフツーの経済観念とはまったく異なる「経世済民(世をおさめ民をすくう)」という考えで長野へやってきたように、医療は市場原理至上主義や商業主義とはかなり相容れないものです。その一方で、医療は政治と非常に深いつながりがあります。日本で地域医療のさきがけとなったのは、地方農村の疲弊を心配された天皇家の意向を忖度した各地の帝国大学が医科大学のエース級を地方に送り込んだことからでした。

 このまま日本がどんどんグローバリズムの流れに呑み込まれていった場合、ただでさえ人手が足りない地域の医療システムが完全に崩壊してしまう危険があります。趣旨が違うので今回はあまり触れませんが、TPPの交渉において参加した際の損得勘定ばかりが注目を集めてしまっていますが、日本のよき地域コミュニティを守り育てるために何が必要かの議論も大切なのではないでしょうか。

 地方ばかりでなく、都市近郊でもコミュニティ崩壊の危機を迎えています。日本の高齢化は世界最大規模・世界最高速度という猛烈なスピードで進んでいて、二〇二五年に六五歳以上の高齢者人口は三六〇〇万人を超えます。そのうち、七五歳以上の後期高齢者は六〇%を占めます。私は「三県問題」と命名したのですが、これから大都市近郊の神奈川、千葉、埼玉の三県が高齢化していきます。ニュータウンなどを端緒に、住まいの「高齢化」とあいまって人々の高齢化は地域コミュニティの弱い地域で、悲惨な結果を生むことになりかねない。防災という観点からも危うい。


日本人が長生きする本当の理由

 それらを一挙に解決するような特効薬はないかもしれませんが、まずは日本のソーシャルキャピタル(社会関係資本)を見直すことです。

 ハーバード大学公衆衛生大学院のイチロー・カワチ教授は、「日本人はなぜ長生きなのか」と題する講演で、「日米豪を比較すると、日本人は塩分摂取が高く、アルコール摂取も過剰で、喫煙率も高く、ストレスも高い。過重労働でもある。それにもかかわらず、なぜ長寿なのかについて研究した結果、ソーシャルキャピタルという概念に至った」と述べました。ソーシャルキャピタルとは、人間関係や、グループの信頼関係、規範といった人と人のつながりのことを指します。日本であれば、村祭り、盆踊り、寄り合いなどの行事や、「情けは人の為ならず」「持ちつ持たれつ」「お互いさま」「おかげさま」「好きな人と好きなところで暮らし続けたい」といった価値観です。

 都会で認知症になって鍵や金銭の管理ができなくなってしまったら、地域の中で暮らし続けることは難しい。しかし、農山村であれば認知症がはじまっても、周囲の環境が変わらないのでずっと普通に暮らせる。ボケたことを言っても「歳だから」ぐらいで笑ってすまされるし、周囲が支えあっているので生活上の不都合も少ない。むしろ軽度の認知症程度では施設に入ったほうが、環境の変化もあって認知症が進んでしまう結果をもたらしています。

 農山村は、何かと窮屈で人間関係を束縛する面が多々あります。しかし、この関わり合いこそが、長野県の健康長寿を支えているのです。

プレジデント社