医療債のジレンマ 甘い監視が詐欺許す・地域病院を守る手段 【大阪】

2013.04.15

医療債のジレンマ 甘い監視が詐欺許す・地域病院を守る手段 【大阪】
2013.04.11 朝日新聞


 医療法人社団「真匡(しんこう)会」(東京都)と「みらい会」(山梨県)を舞台にした詐欺事件では、医療法人が資金調達のために発行する医療機関債(医療債)=キーワード=が悪用された。
地域医療を守るためにも活用される制度だが、詐欺グループに国の監視の甘さを突かれた。厚生労働省は発行指針の見直しを急ぐが、規制を強めすぎると形ばかりの制度になりかねない。


 「部下に調べさせたら、不備のある甘い制度だとわかった」。
真匡会とみらい会の実質経営者で、詐欺罪で起訴された川野伝二郎被告(47)は大阪府警の調べに、こうした内容の供述をしたとされる。

 川野被告らの詐欺グループは、診療所新設や医療機器購入などの名目で、休眠状態だった両法人の医療債を発行し、2011年4月から約1年間、お年寄りら約500人から計17億円余りを不正に集めたとされる。11人が大阪府警に逮捕され、川野被告は4800万円分の詐欺罪で起訴された。医療債をめぐる詐欺事件の立件は全国初だ。

 医療債は04年、厚労省が発行ルールとなる指針を整えた。発行法人には安定した経営基盤を求め、「過去3年間の黒字経営」や「事業計画書の作成」などの基準を設けた。
しかし法的拘束力はなく、発行を届け出る義務も無い。チェックできないのが実情だ。

 真匡会は多額の赤字を抱え、発行開始時には事業計画書を作っていなかった。
みらい会は経営実態そのものがなかった。指針違反は明らかだが、直接監督する立場の東京都と山梨県は、強制力のある対抗策に踏み切れなかった。

 「まずは発行実態の把握を」。
両法人などの医療債をめぐるトラブルが相次いだことを受け、内閣府の消費者委員会が昨年9月、厚労省に提言した。

 厚労省の実態調査で、札幌市の医療法人社団「悠聖(ゆうせい)会」でも指針違反が判明した。
理事会などの議決を経ずに、500万円分が無断発行され、3人に販売されていたという。北海道厚生局が経緯を調査中だ。

 厚労省の担当者は「医療法人にとって使い勝手の良い制度であることを優先させた。現行指針でさえ、厳しすぎるとの意見があった」と打ち明ける。


 ●国、発行指針見直す方針

 厚労省は指針を見直す方針だ。発行の届け出制や勧誘時の虚偽説明の禁止などが検討されている。
しかし、規制を強めすぎると、中小法人は医療債を発行しづらくなるデメリットもある。
特に医療債の有価証券化には懸念の声があがる。

 現行指針は、医療債を、金銭の貸し借りを証明する「証拠証券」と位置づける。
社債などと同じ「有価証券」に改めれば、金融商品取引法の網を掛けられ、違法販売には罰則を適用できる。
また、発行法人には上場企業並みの財務公表などが課される。事件を問題視した警察庁も2月、再発防止策として有価証券化を検討するよう厚労省に文書で申し入れた。

 ただ、医療法人にとって専門外の金融市場に足を踏み入れることは重荷だ。
現に、有価証券扱いとした「社会医療法人債」は形骸化しつつある。

 社会医療法人は、救急医療など公共性の高い医療を担う民間法人だ。
採算が見込めない事業を引き受ける特典として07年、社会医療法人債の発行が認められた。
しかし、厚労省によると、社会医療法人は全国に約200あるが、発行例は1件にとどまるという。

 中井生活経済研究所(東京)の中井恵美子所長は「不正発行は都道府県の監視強化で防げるはず。
指針の見直しが、まじめに活用してきた医療法人の不利益になってはならない」と指摘する。

 (小池暢)


 ●9億円集め施設充実 栃木の法人

 医療債を活用することで、「地域に支えられる病院」との理念が実現できたケースもある。

 栃木県那須塩原市で総合病院(280床)などを運営する社会医療法人「博愛会」は04年から、地域医療振興債との名称で5回発行。
利率は年1・3~1・5%。地域住民らから集めた約9億円で、電子カルテを導入し、医療・介護施設を開設した。

 「医療債は地域との対話手段」。
博愛会の伊藤和美理事はそう語る。年1回の「購入者の集い」で事業計画などを報告しており、約50人が駆けつけてくれる。
購入募集の張り紙を見た患者の問い合わせには、丁寧な説明を心掛けている。

 伊藤理事は「銀行融資の方が手間がかからず、ずっと楽。発行の目的は資金集めだけではない」と言う。発行のたびに購入してきた自営業の男性(35)は「どうせ病院に行くなら博愛会に、と思うようになった。職員の顔見知りも増えた」と語る。


 ◆キーワード

 <医療機関債(医療債)> 医療機関が一定の利率を約束して金銭を借り入れたことを証明する証拠証券。病院を利用する地域住民や銀行を引き受け対象にするケースが多い。病院設立や高度な医療機器購入などの目的で発行されるのが一般的。厚労省は、2008年1月時点で26法人28件の発行を確認した。