ブックス&トレンズ--『医療にたかるな』を書いた--医師、NPO法人ささえる医療研究所理事長 村上智彦氏に聞く

2013.04.05

ブックス&トレンズ--『医療にたかるな』を書いた--医師、NPO法人ささえる医療研究所理事長 村上智彦氏に聞く
2013.04.06 週刊東洋経済

ブックス&トレンズ

『医療にたかるな』を書いた

医師、NPO法人ささえる医療研究所理事長 村上智彦氏に聞く

 「戦う医療」から「支える医療」へ──。財政破綻の夕張市で学んだ医師が説く、高齢社会の医療のあり方とは。

 ──夕張は先進地域なのですか。

 夕張は、財政破綻で医療も崩壊して大変、市民はかわいそうと一様に思うようで、確かに総合病院がなくなり、診療所化された。
これは医療の後退、医療崩壊とは建物とそれにかかわる医者がいなくなったこと、と思い込まれている。
恵まれている状態とはいえないが、在職の5年を振り返ってみると、医療費激減の一方で、死亡率は下がり、平均寿命も延びているか変わらない。

 長野県が男女とも長寿日本一になった。
病院が多いわけではない。
住民の検診の受診率が高く、健康に対する意識が高いことが押し上げた。
これが純然たる理由だ。
とかく夕張では、救急医療がないと命にかかわって、住民はかわいそうだといわれたが、不安をあおるだけでは住民の健康意識は変わらない。

 ──ケア重視に変えました。

 余裕がなかったこともある。
最善の方法として、住民自身が健康づくりで医療負担を減らしていくしかなかった。
住民が看護師や介護士の資格を取って起業し、24時間型の訪問看護ステーションを立ち上げてもいる。
やってもらうのを待つのではなく、自分たちで動く。今、私は主に隣町で在宅ケアを手掛けているが、近隣施設四つを束ねてみた。
一つだけでは大変でも、シェアするとスムーズにいくことが少なくない。

 たまたま夕張は高齢率が高くて、いわば「2050年の日本の縮図」になっている
。これから高齢化は大都市部で大変になってくる。人口が多いので当然、圧倒的に多くの数の高齢者が住むことになる。
今までの医療のやり方では、日本中の医者を連れてきても対応は無理だろう。
従来と違う仕組みで支える必要がある。夕張はそれを先取りする雛形になっている。

 ──日本には将来について悲観論が多くあります。

 高齢化が進んでいくのは日本のどの地域も共通している。連携していくことだ。
経済がダメといわれてもGDP(国内総生産)は世界3位だし、医療のレベルは世界一。
その一方、医療費は先進諸国の優等生。
それでも平均寿命は世界一長く、乳幼児死亡率は世界一低い。こんなに恵まれている。

 くよくよと心配するより、できることをどんどんやる。まず社会につながりを取り戻す。
それもヨコ社会やタテ社会ではなく、それを複合した「斜め社会」という、新しい社会資本を作っていく。そうすれば、その地域でもっと楽しんで生活ができ、死んでいける。

 ──死んでいける?

 人間の死亡率は100%なのを前提に対応を進めていかねばならない。
医者仲間が言うには、東京大学病院に行けば100%死なないで済むと思っている人が本当にいるという。死が前提と割り切れと断じると、「年寄りに早く死ねというのか」と糾弾されるが、そうではない。
「お年寄りは若い人より早く死ぬ」と言っているのだ。夕張で始めた「支える医療」はそれを前提にしている。

 しかも、たとえば90歳の人に50歳の医療を行ってはいけない。
頭を切り替えないとバカみたいにおカネがかっていく。もう来るところまで来ているともいえるが。

 ──支える医療が根幹ですね。

 従来は若い人口構成だったから、医療は病気と戦って勝つことができた。
勝つとは病気が治って社会復帰することをいう。高齢化が進み、超高齢社会になってくると、平均寿命が世界一とはいえ、戦っても勝てなくなる。

 明瞭な事実として、高齢者は入院するだけで死亡リスクと認知症リスクが上がる。
つまり安静を強いること自体がリスクになる。70歳以上では入院して3日や4日寝ているだけで、認知症発症率が極めて高くなる。
それにもかかわらず以前と同様な発想で、たとえば1週間点滴したら治るという常識を当てはめたら、罪なことになる。
その人は認知症がひどくなって従来の生活に戻れない。

 支える医療では予防ケアや在宅ケアを重視する。
そうすれば、社会的なおカネが軽減されるし、ケアを受ける人にとっても「被害」が少なくて済む。
ただ、それは医者と看護師だけではできない。
本人と家族の覚悟に加え、そのほかの人たちの力も借りることになる。それが支える医療の本質だ。

 ──支える医療にシフトしていくにはどうすればいいですか。

 戦って勝つ医療の裾を引きずって、たとえば施設で血圧や体温を何回も測るのは愚の骨頂ではないか。
風呂に入る前にも測るが、80歳以上の人の正常値を私は知らない。
どのくらいなら長生きできるかもわからない。
さらに、長生きしているのに食事制限してどうなるのか。戦って勝つ医療をそのままの形で続けている。それでは誰もハッピーにならない。

 支える医療はそうではない。
長く入院させないで、家に帰して、往診で医者と看護師が支えていけば、医療の内容はほとんど変わらないし、本人もハッピーになる。
洗車場みたいな感覚で、入院したらきれいになって帰ってくると思ったら大間違い。
そもそも不安だけを理由に入院させるのはもってのほかだ。

 ──医者の数が少ないのも問題ではないですか。

 人口比で先進30カ国中の27位だ。
少ない分、医者はすみ分けをきちんとしたらいい。病院は本来入院のためにある。
緊急のためにつねにいくつかはベッドを空けておく。高齢患者の絶対数は確実に増えていくが、予防ケア、在宅ケアを主体にして、なるべく家で過ごしてもらう。

 ──歯科医は過剰といわれます。

 そんなことはない。歯周病には、実は脳卒中や心筋梗塞、肺炎、認知症、糖尿病、さらには早産のリスクさえある。つまり口腔をケアし、歯周病を予防するだけで、高齢者に多い肺炎、認知症、脳卒中などが減る。

 たとえば誤嚥(ごえん)性肺炎は口腔ケアをしっかりやれば4割減るという論文がある。試算では、肺炎は1人当たり医療費が50万円ほどかかる。日本の高齢者数や罹患(りかん)率、施設数から試算すると、これで医療費は約400億円軽減する。その軽減した分を歯科医の人件費に回しても理にかなう。

 ──働き盛りの人の健康心得は。

 「掛かりつけ医」を持つか、定期検診をきちんと受けることだ。検診データを持っていれば、いざという時の判断材料になり、リスクを減らせる。
救急においても検査情報があったら受け入れる医者は増えるだろう。俺は大丈夫だなどと言わずにまず検診を受けることだ。

(聞き手・本誌:塚田紀史)

医療にたかるな

新潮新書/714円/190ページ

著者 むらかみ・ともひこ

薬剤師、臨床検査技師、北海道薬科大学客員教授、金沢医科大学学外臨床教授。医学者としての専門分野は地域医療、予防医学、地域包括ケア。1961年北海道生まれ。北海道薬科大学、金沢医科大学医学部卒業。2006年から、財政破綻した夕張市の医療再生に取り組む。2009年若月賞受賞。