俳優でエッセイスト、小沢昭一(おざわ・しょういち)さんが10日午前1時20分、前立腺がんのため死去した。

2013.02.13

 


「最愛の妻に看取られ…小沢昭一さん、先月16日のラジオ出演が最後の仕事に」
2012.12.11 産経ニュース


たばこをくゆらせ取材を受ける小沢昭一さん。お酒は一滴も飲めなかった

昭和の語り部また1人天国へ


 俳優でエッセイスト、小沢昭一(おざわ・しょういち)さんが10日午前1時20分、前立腺がんのため死去した。

83歳だった。自宅で夫人の英子さん(79)に看取られ、亡くなった。
小沢さんは1998年に見つかった前立腺がんが、2010年に頸椎(けいつい)に転移。
入退院を繰り返し、10月22日に退院してからは自宅療養しながらラジオ番組の収録をするなど、本格復帰へ並々ならぬ意欲を見せていた。
が、それもかなわず、帰らぬ人となった。(サンケイスポーツ)

 個性的な脇役として活躍し、日本の語り芸にも通じた小沢さんが、大好きだった自宅で最愛の妻に看取られ、逝った。

 関係者によると、9日深夜、英子さんが小沢さんの異変に気付いたが、手を施す時間もないまま息を引き取った。苦しんだ様子はなかった。

 小沢さんは1998年に前立腺がんが見つかり、2010年に頸椎への転移が判明。
11年2月にがんを公表後、入退院を繰り返しながら闘病生活を続けてきた。
が、今年8月に体調不良と体力低下で約10日間入院。
9月13日に再入院したものの「自宅に帰りたい」という強い意志を主治医が尊重し、10月22日に退院して自宅療養に入った。


たばこをくゆらせ取材を受ける小沢昭一さん。お酒は一滴も飲めなかった

 自宅では、出版を予定していた俳句集や自ら撮影した写真集の打ち合わせをこなしてきた。
今月17日にはTBSラジオ系の長寿番組「小沢昭一の小沢昭一的こころ」の収録を予定するなど、最後まで本格復帰に意欲をみせた矢先の死だった。
この1カ月間は食も細くなり、点滴と流動食に近い食事をしていたという。

 先月16日放送の「-小沢昭一的こころ」への出演が最後の仕事に。
自宅のベッドで声を収録した際には「早く元気になって、この心の空(くう)の穴を、みなさんと埋めていきたい、そう思うんであります。よろしく」と小沢節を披露した。

 小沢さんは早大在学中に俳優養成所に入所。卒業後に俳優座公演で初舞台を踏み、大学の同窓だった故今村昌平監督の紹介で54年に映画デビューを果たした。
「幕末太陽伝」「にあんちゃん」など多くの映画に出演し、脇役中心ながら、鮮烈な存在感を示した。
特に性風俗を描いた今村監督の「『エロ事師たち』より 人類学入門」で主演し、賞を総なめに
。以降も名脇役として200本以上の映画に出演した。

 73年には「-小沢昭一的こころ」がスタート。
軽妙洒脱な語りが人気を集め、放送1万回を超すギネス級の長寿番組に。
また、浪花節や猿回しなどの伝統芸、放浪芸の収集にも力を注ぎ、69年に著作「私は河原乞食・考」を刊行。
早大演劇科大学院に入学して芸能史研究を深めるなど、小沢さんならではの視点から放浪芸を見つめ直した。