がんの終末期の治療における在宅ケアが広がり始めている

2013.01.17

がんと生きる(19)在宅ケア 人生最期の時を自宅で過ごす

2013.01.27 サンデー毎日

 。住み慣れた家で医師、看護師やヘルパーら多職種が連携、サポートすることで患者、家族の希望通りの穏やかな最期を迎えることができる。
対応できる医療機関など、現状はどうなっているのか。


 ある地方都市の末期がん患者の家族は近隣に在宅ケアをしている医師がいるかどうか主治医に尋ねたが、「いませんねえ」という回答だった。
日本ホスピス・在宅ケア研究会のホームページにある「在宅医リスト」を調べてもなかった。

 在宅医療を行っている診療所で厚生労働省に届け出ている在宅療養支援診療所は1万を超えるが、都市部に偏っていたり、内容が伴わなかったり、いい施設を見つけることはなかなか難しい状況だ。

 大阪府岸和田市で在宅ケアを行う診療所「出水クリニック」を開業している出水明院長は明言する。

「がんの末期の治療は在宅ケアが適しています」

 出水クリニックの統計によると、在宅ケアを始めてから亡くなるまでは平均三十数日だ。
家族にとっても1、2カ月ならば疲弊せずに介護ができる。

 単に日数だけの問題ではない。自宅で療養できることが患者にとっても家族にとっても最大のメリットなのだ。病院では血圧などの数値による管理が主になり、また、周囲にも気を使う。
ホスピスでもない限り、患者の個を重視したケアは難しい。

 その点、自宅であれば、食事をするのも、テレビを見るのも、寝るのも自分のペースで気兼ねなくできる。また、住み慣れた家のにおい、周辺の風景、寝心地のいいベッドなど癒やしの空間ともなる。
さらに、家族だけでなく地域の知り合いが訪ねてきたり、親族が見舞いにきたりと、つながりが途切れることがない。

 そして、死を間際にするとさまざまな思い出が頭をよぎると言われるが、過去の記憶が刻み込まれた自宅にいれば、天井のシミを見るだけでも懐かしい思い出に浸ることができ、患者の気持ちに余裕が生まれる。

 では、どれだけのがん患者が自宅で死を迎えているのか。厚生労働省の人口動態統計によると約30万人のがん死亡者のうち、在宅は1割に満たない。


在宅死が少しずつ増えているとはいえ、病院や診療所で亡くなる患者が9割を占めているのだ。
過去の統計を見てみると、1960年代前半では家で亡くなる患者は6割強だったが、がん医療の進歩により、入院、治療、死というケースが増加してきた結果だ。がんだけではないが「要介護高齢者の死亡場所」の世界比較でも病院で亡くなるケースが8割を超え、日本が突出している(グラフ参照)。


対応できる医療機関が少ない


 実際の在宅死は少ないが、日本ホスピス・緩和ケア研究振興財団の「余命が限られている時にどこで過ごしたいか」という調査によると、83・3%の人が自宅で過ごしたいと回答。
しかし、そのうち約76%の人が「実現は難しいと思う」と答えている(グラフ参照)。

 別の厚労省の調査で「自宅以外で療養したい理由」を聞いたところ、「家族の介護負担などが大きいから」という項目が一番多く8割強。
「最後に痛みなどで苦しむかもしれない」とするのも4分の1ほどあった。

 これらの調査から、冒頭でも述べたように在宅ケアを実践する医療機関が少なく、その実態もあまり知られていないことが浮かび上がってくる。
がんの在宅ケアが普及しないことについて、前出の出水院長は、次のように分析する。

「診療所側の問題として24時間365日態勢で対応できる地域の医師や訪問看護師の不足があります。
特にがんの末期患者さんには疼痛コントロールができる医師が不可欠ですが、本当に少ないのです。
また、家族の側には少子化社会になり介護力のなさが問題になっています。家で死ぬことが少なくなり、死が日常から遠のいてしまったことが在宅で看取ることに積極的でなくしているという事情もあります」

 これらのうち、24時間365日態勢についてみると、出水クリニックでの在宅看取りの時間帯は時間外、休日が73%にもなっている。
これでは医師が自分の時間を持てずにストレスがたまってしまう。

 この問題を解決するために、24時間対応に関しては院内の訪問看護師と連携して、医師でなくても対応できることは看護師が行うことにしている。
また、365日対応に対しては岸和田地域の在宅ケアを行っている7診療所が連携して「岸和田在宅ケア24」を結成し、診療所間でお互いに時間のやりくりをしている。

「医師が疲弊してしまっては元も子もありません。全国的にもこのような連携は進んでいます」(出水院長)

 では、実際にはどのように在宅ケアが行われているのだろうか。後半のインタビューで登場いただく、鳥取市でホスピスケアと在宅ケアを行っている「野の花診療所」の徳永進院長の在宅ケアに昨秋、同行した。

 徳永院長が軽自動車を運転し、訪問看護師とともに診療所をスタートする。この日は3人の末期がんの患者の家を回った。

 82歳の大腸がんの男性は肝臓と肺に転移がある。デイサービスを受けながら在宅ケアをしている。
この日は発熱があったが、徳永院長は聴診器で問題ないことを確認し、「また、来るけえ」と、次の家へ。

 ここでは高齢の長男が、90歳で卵巣がんの母親を看ていた。自分が建てた家で息子にケアされていることで安心感があるという。
「寝ていたら何もできん」と、母親が言う。徳永院長は「じゃあ、ちょっと足踏みしてみようか」と、看護師と2人でベッドの上に座らせる。
ずっと寝ていたので頭がふらつくようだ。すかさず、徳永院長が「宇宙飛行みたいやったな」と語りかける。
「座るのがしんどかったら、ベッドのリクライニングを上げて起きるようにすればいい」と、息子にアドバイスをしていた。

 最後は乳牛を飼っている酪農家。膵臓がんの82歳の女性の家だ。「食事は食べてる?」「よう食べてます」。嫁が「そんなに食べてないですよ」と、横から声をかける。窓から子牛が見え、鳴き声も聞こえる。日常生活そのままだ。

 徳永院長がびっくりするようなことを聞いた。「いつまで生きる?」「クリスマス過ぎまで」「治るつもりやわ。それならがんばろう」

 この女性は自分でトイレにも行くし、自室でビーズ手芸をし、カラオケも歌っているという。
病院のベッドで寝ているだけだったら、これほどの元気はなかっただろう。在宅ケアの患者に与える、見えないパワーを見た気がした。

 徳永院長はそれぞれの家庭事情を非常によく知っている。患者の生活をすべて知ることが、最期を迎えようとしている患者、家族にどのように対処していくかのヒントになるのだ。

 次号は緩和ケアの現状についてリポートする。

医療ジャーナリスト・渡辺 勉


[写真]末期の卵巣がんの患者の往診に出かけ、声をかける「野の花診療所」の徳永院長



幸せな「死」の迎え方


 JR鳥取駅から歩いて10分ほどの閑静な住宅街にある「野の花診療所」。徳永進院長は末期のがん患者を年間百数十人看取る。患者、家族とも幸せな気持ちで死を受け入れているという。どうすれば穏やかに人生の幕を下ろすことができるのか。徳永院長に聞いた。


――がんで死ぬというと、今でも最後まで痛みなどで苦しむイメージがあります。

徳永 30年以上前になりますが、それまでは手術の後に死がそこまで来ているのに、医師は治さなければいけないと最後まで医療行為を行っていました。
患者さんは生かされているというような状況で、肉体的にも精神的にも苦しかったのです。
無理やりに生かすという近代医学への批判から「静かに死を看取る」という緩和ケアが行われるようになってきました。

 死が間近に迫った患者さんには積極的な医療行為は行わずに、精神的、肉体的な苦痛だけを取り除いて最期を迎えてもらうようになってきたのです。
ですから、がんで死ぬといっても、死イコール耐え難い苦痛ということはなくはないですが、ずいぶん少なくなってきました。

――薬で意識レベルを落としてしまうだけで、苦痛はなくなるものでしょうか。

徳永 肉体的な痛みはだいたいは抑えることができますが、精神面は非常に難しいですね。
本当に幸せな死を迎えてもらうには、薬だけでは無理です。

――では、どうすればいいのでしょうか。

徳永 希望としては、患者さんが間近に迫った死という出来事をネガティブな受け止め方ではなく、死というものは新しい体験としての実りだと考えてもらえるようになってもらいたいのです。
臨床心理学の河合隼雄さんが「死の後も成長の過程かもしれない」とおっしゃっています。私は、死は患者さんだけでなく、家族を含めた周囲の人たちの成長になりうると思います。

――なんだか、とても大変なことのように感じますが。

徳永 言葉で表すと難しいことのようになってしまいますが、診療所や在宅で実際にしていることをお話しすれば分かっていただけるのではないでしょうか。

 勤務医として病院で働いていたときに、死期が近づいた患者さんに少しでも楽しく過ごしてもらおうと、いい天気の日に海を見てビールを飲もうと、車椅子で連れ出したことがありました。
でも、その散歩は本人が望んでいたことではなかったのです。
こちらが勝手に「こうすればいいだろう」と考えていただけだったのです。
その後、診療所を開き、試行錯誤しながら患者さん自身が死を前に何をしたいと思っているのかを的確につかみ、できるだけ実現させてあげることができれば、穏やかに死を迎える場合があるということが分かってきました。

――どのようなことをされているのですか。

徳永 とても簡単なことは、食べたいものを食べてもらうのです。「何が食べたいですか?」と患者さんに聞いて、それを作って食べていただくのです。
診療所では画一メニューではなく、個別対応を原則にしています。
外のレストランでステーキが食べたいと言われれば、可能であれば家族とともに行きます。

「回転寿司」が食べたいと言われた患者さんがおられて、外出は無理だったので、買ってきてテーブルに並べました。
体調が悪く食べることはできなかったのですが、「回転してないなあ」と、一言。周囲が和やかになりました。また、丼物が好きで、ずっと丼物を食べていた患者さんもおられました。
好きなものを食べることは人を幸せな気持ちにするようです。食べるって最重要なことの一つです。

 患者さんが本当にしたいことを実現させてあげることが大切なのです。
自分の船に乗って魚を捕ることが好きだった患者さんは、末期で在宅ケアをしていましたが、体調のいい時に船に乗ってもらいました。

――それで、家族や周囲の方も死に対して前向きになれるのでしょうか。

徳永 患者さんの楽しそうな顔を見ているだけでも気持ちは楽になります。でも、それだけではなく、患者さんと家族が話す時間を十分に取ることもポイントです。

 その点、在宅ケアですと食べ物だけではなく、それまで自分が生活してきた空間、環境がそのままですので患者さんにとっては非常に安らげますし、家族との会話も十分にできます。

 私たちにとって必要なことは、とにかく患者さんと家族の話をよく聞くことです。
話をよく聞くことで患者さんや家族の心を柔らかにすることもできます。

 乳がん末期の患者さんのご主人は元左官屋さんで、奥さんは「本当に気がきかん人で」とこぼしていました。でも、奥さんのためにトイレを改造するなどしていました。
担当の看護師がその献身ぶりを見て、二人には内緒で「ご主人に功労賞をあげよう」と、美味しそうなお弁当を差し上げたのです。二人で食べてもらうつもりだったのですがご主人が一人でペロリ。
でも、奥さんはすごく喜ばれて「よかったね」。二人の関係が溶け合ったのです。


「程良く死のうぜ」がモットー


――精神的な苦痛を取るのにマニュアルはないということですね。

徳永 医療の場では安全性が重視されるので決まり通りにすることが原則ですが、精神面のケアはそうではありません。
患者さん、家族が何を望んでいるのかをちょっとした言葉や態度から察するのです。医者だけではなく、看護師もボランティアの人もスタッフが常にアンテナを張って、「どうすればいいのだろうか」と、寄り添う気持ちで接していくと、道が生まれてくるのです。
医療や看護の原点です。

――これからの課題はなんでしょうか。

徳永 医療が細分化されてきたのと同じで、ターミナルケアの分野でもスペシャリストが登場してきて、患者さんをトータルで診ることができなくなってきています。
また、化学療法や放射線治療の進歩により最後の最後まで治療行為をするようになってきています。医師も患者も「治る」という言葉に囚われ、あらがえなくなってきているのです。

 スピリチュアルケアとかグリーフケアなど言葉はきれいなのですが、死を受容する心が薄れているように感じます。昔のように死が身近でなくなってきたことも一因かもしれません。
私のモットーは「程良く死のうぜ」です。死は怖いものではなく、人生のすべてが詰まった豊かなものなんじゃないかと思いますね。

構成/医療ジャーナリスト・渡辺 勉


[写真]野の花診療所院長 徳永 進医師


とくなが・すすむ 1948年、鳥取生まれ。京大医学部卒。鳥取赤十字病院の内科部長などを務め、2001年にホスピスケアのできる19床の「野の花診療所」を鳥取市に開設。1982年、『死の中の笑み』(ゆみる出版)で講談社ノンフィクション賞。92年に地域医療に尽くした人に贈られる第1回若月賞受賞。『野の花ホスピスだより』(新潮文庫)など著書多数