在宅医の選び方 自宅で死にたい。高齢者の6割がそう願う!!

2012.12.23

在宅医の選び方 ベストセラー名医が提唱する延命治療しない選択 「平穏死」第5弾
2012.12.28 週刊朝日  


 自宅で死にたい。
高齢者の6割がそう願うという。現実には、その望みがかなうのはわずか1割。
なぜ、私たちは自宅で死ぬことができないのか。
看取りの文化を継承するにはどうすればいいのか。
シリーズ5回目では、700人の看取りを経験した平野国美医師と、自宅での死に不可欠な在宅医の選び方を考えていきたい。


 ◆自身の決断を後悔しないために… ホームオン・クリニックつくば院長、平野国美医師(48)

 なぜ、日本人は自宅で死ぬことができないのか。

 厚生労働省の発表によれば、高齢者の6割が、「終末期の療養生活は自宅で送りたい」と希望するものの、実際に自宅で亡くなる人はわずか1割です。8割の方の死に場所は、病院です。

 こうした原因を最初につくったのは、日本が世界に誇る健康保険制度でした。

 この便利な制度によって家族は、高齢者がちょっと体調を崩すと、病院に入院させるようになりました。その後は、本人の治療が終わっても、家族が引き取らないといった社会的入院が増え、そのまま病院で亡くなる高齢者が増えたのです。

 二つめの原因は、日本人の死生観の欠落です。

 昔の日本は、農業など第1次産業が中心で、職場は家の前の畑でした。
お年寄りを看ながら、仕事もできた。
自宅で最期を迎える高齢者は、次第に食べ物がのどを通らなくなり、やせていく。
死を迎える過程を家族みんなが子どものころから見て、学び、看取りの文化が継承されていたのです。

 時代の流れとともに、高齢者の“病院死”が普通になると、私たちは身内の死を目の前で見ることがなくなりました。
家族は、「ここで死なれたら面倒臭い」「怖い」と、自宅を死に場所として認めなくなりました。
日本人は、「人が死ぬ」という意味を肌で実感できなくなったのです。
死の過程を知らない家族が、具合の悪い患者さんを目のあたりにして、「生きてほしい」と、人工栄養など延命措置を望むのは、自然なことです。

 私は、日本人に死生観を取り戻したいという観点から、人は在宅で亡くなるべきだと考えています。
実は、厚労省も、医療費の抑制という理由ではありますが、2025年までに在宅死の割合を4割に引き上げることを目標にしています。

 在宅での人の死は、周りに何か、学びを残します。

 こんな例がありました。

 ある家で、具合の悪くなったおじいさんの往診を始めた。
すると、その家のお嫁さんは、おじいさんの体調が悪いと言っては、何回も緊急で呼び出すんです。
僕は、家族の「なんとかして」という気持ちに応え、何度も点滴を打ちました。

 やがて、おじいさんは亡くなり、数年後におばあさんの具合が悪くなった。
でも、今度は、緊急の要請はなかったんです。おばあさんは穏やかに旅立ちました。

 数年後、僕は往診でその家の近所のあるお宅に寄りました。すると、先のお嫁さんが、なんとヘルパーとしてその家にいるのです。

 「こんなのは吸引器がなくても、取れるのよ」

 と言いながら、彼女は自分の手にガーゼを巻いて患者ののどに入れ、たんを取っている。
家族も、彼女の言葉に従い、処置をしていました。おそらく彼女がアドバイスしたのでしょう。
その家からも、緊急の呼び出しはないまま、僕は患者さんを看取りました。つまり、この地域には、「看取りの文化」ができたのです。

 僕たち在宅医は、患者さんや家族から急な求めがあれば夜中でも往診に向かいます。
診療計画を立てて、定期的に在宅ケアをするケースも増えてきました。

 在宅診療を選ぶ方の事情はさまざまです。特に病気はない高齢者もいれば、末期がんや寝たきりの方、人工呼吸器をつけている患者さんもいます。

 では、病院の医師と在宅医の違いはどこにあるのでしょうか。

 大きな違いは、在宅医は患者さんや家族の状態を包括的に理解している点です。

 外来診療ではぜんそくの原因がわからなかった人がいたとします。
そこで医師が、患者さんの自宅に行き、環境を見れば原因が判明することもあります。

 私は、医者ですが白衣は着ません。
いつもラフな私服で診察します。
そのほうが、患者さんも家族も身構えず、自然に話すことができるからです。

 訪問診療では、患者さんと世間話だけして帰ることも多いですね。前に診療に同行した新聞記者さんもあぜんとしてました。

 「これ診察ですか」って。私は、「そうですよ」と。
でもその雑談で、いろんなものが見えてくる。

 患者さんと家族の関係、家族は介護ができる状態なのか、家の経済状況といった背景が理解できます。
患者さんを取り巻く問題の解決に結びつくこともある。

 たとえば、私は在宅死をすすめていますが、それが絶対ではありません。
家族が介護で倒れそうな状況なら、何らかの施設に移ってもらうのも選択肢です。

 また、僕の患者さんでも独居の高齢者が増えています。
安心して最期を迎える場所のない方のために、介護や医療的なケアも行える高齢者専用住宅を来年1月にオープンする予定です。

 在宅医にとって、家族と延命治療について話すのも大事な仕事。
僕は、無理な延命治療はしない方針ですが、家族の希望で続けることも、点滴を行うこともあります。
僕は、末期の患者さんの場合いつも家族にこう言うのです。
「これは、患者さんのためにするのではありません」
なにか“治療”をしていないと絶望してしまうご家族のためにやるのです。

 終末期の方は、身体も縮小し、全身の機能が低下します。
弱った身体に点滴をすれば、心不全の原因にもなるし、肺にたまった水が呼吸困難を引き起こします。浮腫(ふしゅ)(むくみ)から床ずれもできやすくなる。
延命のためにした措置が逆に害となることもあるのです。

 一方で、こんな話もあります。

 高齢の夫が目の前で倒れた。
運ばれた救急車で医師の説明を受け、夫の死期を悟った妻は、つらい選択ながら、人工呼吸などの延命を拒否し、静かな最期を迎えることにしたのです。
ところがその後、彼女は家族や親戚から、
「なぜ最後まで手を尽くさなかったのか」と責められ続けます。

 「私の選択は間違っていたのでしょうか」

 と嘆く彼女に、「よくつらい選択をひとりで決断されましたね。間違いはありません」

 と私は声をかけました。

 延命する、しない、いずれの選択にも「正解」はない。でも、自分の決断を悔やまないことが大事です。

 治療には、メリット・デメリットがあり、人の身体は診断画像や数値のデータだけで、簡単に決められるものではありません。

 その人にふさわしい最期を迎えてもらうための手助けをする。家庭医、訪問医というのは、そういう仕事だと思っています。

   *

 ひらの・くによし 1964年、茨城県生まれ。筑波大学卒業後、同大付属病院や県内の病院で地域医療にかかわる。2002年につくば市で訪問診療専門医として開業。訪問医療に関する講演活動にも多忙な日々を送る

   ◇

 『看取りの医者』 小学館文庫 552円+税 平野医師が、「人にとってふさわしい最期の場所」を語った一冊


 ■安らかな最期を迎えるための3つの処方箋

 一、病気だけでなく、患者を取り巻く状況(経済状況・家族関係)を把握して治療方針を立ててくれる在宅医を探す

 一、主な介護者が孤独な状況や過労に追い込まれないよう、家族は精神的・肉体的なケアを十分に行う

 一、延命治療は、継続しても中止しても後悔する点があるため、在宅医は家族が決断を悔やまないよう配慮する