インタビュー)仮設から医療を問う 石巻市立病院開成仮診療所長・長純一さん

2012.11.15

インタビュー)仮設から医療を問う 石巻市立病院開成仮診療所長・長純一さん
2012.11.14 朝日新聞


 5千人近い被災者が暮らす、宮城県石巻市最大の仮設住宅団地。市がここに開設した仮診療所の所長として迎えられた長純一さんは、地域医療の専門家だ。「病気を診るのではなく人を診る」医療を掲げた故若月俊一・佐久総合病院(長野県)院長の薫陶を受けた。着任して半年。仮設の診療現場からみえた日本の医療の問題点とは何か。


 午後1時半、仮診療所に保健師や看護師ら18人が集まった。仮設住宅でケアが必要な人の情報を持ち寄る、多職種連携のエリア会議だ。2千戸近い仮設住宅が立ち並ぶ開成・南境地区。医師2人の仮診療所はその真ん中にある。患者の多くも仮設の住民だ。「朝から酒びたりの男性が心配」と支援員の一人が報告。震災直後、多くの遺体を運んだ記憶がトラウマになっているという。「保健師さんのほうでフォローしてもらえませんか」。長さんが依頼した。

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 ――なぜ、こういう会議を始めることにしたのですか。

 「もともと医療資源が乏しかったところを津波に襲われ、沿岸部にあった石巻市立病院は閉鎖されました。市内の病床数、医療機関は2割減です。医師確保は厳しく、医療だけに頼っていては乗り越えられない。保健、福祉、それに住民とも連携し、ケアが必要な方を地域で支えていく必要があります」

 「仮診療所を開設した直後の6月に会議に加わりました。皆さんと話し合い、個別ケースごとに情報共有を始めたのは夏からです。訪問看護師やヘルパーさんら介護保険の事業者は加わっていませんが、『地域包括ケア』を実現していくうえで極めて重要な一歩だと考えています」

 ――地域包括ケアとは。

 「医療や介護が必要な高齢者でも、病院ではなく住み慣れた地域、自宅で暮らせるよう支援する仕組みです。入院して治療を受けた後、リハビリをへて自宅に戻り、在宅医療を受けながら家族と暮らす、というイメージです。この流れを切れ目なく実現するには、医療が介護、見守り、配食などの生活支援とも連携し、サービスを一体的に提供しなければなりません」

 「そのベースにあるのが、高齢者が住みやすい住宅や街づくりです。災害復興住宅を今後建てていくうえで、高齢者を支えるためのどんな地域づくりが必要か、という視点は欠かせません。私は復興で生まれ変わる東北にこそ、この仕組みを根付かせたいと思って来たのです。国も復興基本方針の中で、地域包括ケアの体制整備をうたっています」

 ――被災地向け、ですか。

 「違います。日本の超高齢化は猛烈で、推計では65歳以上の高齢者人口は2025年に3600万人を超えます。そのうち医療・介護のニーズが高まる75歳以上が6割を占める。病院は高齢者であふれ、医療費は膨らむ一方でしょう。『病院から地域へ』という流れは近い将来、間違いなく全国に波及します。高齢化が進み、医療資源が窮迫した被災地の姿は、日本の未来図です」


――つまりは医療費を抑える手段ということですか。 
 ――つまりは医療費を抑える手段ということですか。

 「国が旗を振る地域包括ケアには確かに、財政が苦しいので『公助』を減らし、地域の『共助』でやってくれという響きを感じます。社会保障の財源は切迫していますから、わからなくもありません。でも私は、そういう趣旨で必要だと考えているのではない。長野の佐久病院で長く地域医療に携わりながら、患者さんにとって本当に必要な医療、必要なケアとは何かを考えてきました。結局、『住み慣れた地域で暮らす』ことが出発点なんです。そのためには支える仕組みが欠かせません」

 「介護者の負担は大きくなるでしょう。家族介護に頼るのは無理がある。だからこそ在宅介護サービスをもっと充実させる必要があります。医療費は青天井なのに、介護保険は月36万円弱の利用限度額(要介護5)で抑えようという仕組みでは、在宅ケアが進むとは思えません」

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 午後3時半、長さんは看護師と往診に出かけた。車で10分。寝たきりの男性(70)に「調子はどうです?」。今春、肺炎で入院。胃ろうをつけ、2カ月前に退院したばかりだ。介護する妻は「往診がなければ、何かあるたびに救急車を呼ぶしかない。助かります」。

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 ――医療の現状をどうみますか。

 「たとえば感染症の時代は、抗生物質の登場で大勢の命が救われ、医療が劇的に効果を発揮しました。ところが医学はどんどん進歩し、医療技術の違いが命の長短に大きな差を生むことは少なくなった。むしろ生活習慣や貧困など、社会的要因のほうが寿命に大きな影響を持つ時代です。特に被災地では、社会的要因の影響が極めて大きい。医師にも社会性が求められています」

 「長寿の国なので医療技術は優れているはずですが、国民の満足度は低い。希望を聞いてもらえない、という不満を患者さんは持っています。知識で優位に立つ医師が『あなたの健康は医師が考えます』と、医療に依存させてきたからです」

 「病院で機械や管に囲まれて目いっぱい長生きをめざすだけではなく、自宅で自然に近い形で家族にみとられる選択肢もあっていい。生き死には本人の価値観で違ってくるはずです。老いや死は本来、哲学や宗教、倫理、経済も含む大きな枠の中で考えるべきことなんです。なのに日本では『医療の問題』と抱え込んできた。超高齢社会に正しく向き合えていないのだと思います」

 ――何を変えるべきでしょう。

 「従来の医療は医学的な判断が中心の『治す医療』でした。もっと『支える医療』『寄り添う医療』を重視していく必要があると思います。患者さんの意見、希望にじっくり耳を傾ける。自己決定は民主主義の基本でもあります」

 ――社会保障の何が問題ですか。

 「国内総生産(GDP)比でみれば、日本の社会保障給付費は医療先進国に比べて低く、医療費も低い。この社会保障費の低さが根本的な課題ではあります。ただ、社会保障費に占める医療費の割合が、日本は介護や福祉に比べて圧倒的に大きい。そこが問題なんです。社会保障財源が限られているのなら、費用対効果とバランスも考えたほうがいい」

 「政治がちゃんと説明すれば、国民も納得すると思うんです。もっと介護、福祉が充実すれば生活の質は豊かになるよね、負担増も仕方がないよね、と。本来ならそういう大枠、どこにどう使うことが国民の幸せになるのかを根本から考えるのが、社会保障と税の一体改革だったはず。消費税を上げることだけ先に決め、中身のある議論が聞こえてこないのは政治の怠慢です」

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 午後6時、石巻市社会福祉協議会の一室に長さんが顔を出した。震災後、全国から支援に駆けつけたボランティアの代表らが月に2回集まり、社会福祉協議会とも話し合う。この日参加した仮設住宅自治連合会副会長の滝沢勝さんは「がれきがやっと片づいた程度。町の復興はもちろん、心の復旧もまだまだです」。

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 ――関西弁も聞こえました。もう長い人もいるのでしょうね。

 「年が明け、春を迎えたらボランティアも撤退し始めるでしょう。これまでボランティアが担ってきた領域の中で、地元の行政が引き継ぐ必要がある分野もあるはず。そう考え、なるべく顔を出して全体状況を把握するよう努めています。私も行政の一翼を担っていますから」

 ――今後、どういう方向に。

 「低成長下における、超高齢社会の安定産業は間違いなく介護、福祉です。人が人のお世話をするから、海外に流出していくこともない。有力な地場産業です。ところが復興バブルの今は、建設ブームが起きている感じがします。やがてこのバブルが消え、被災地の経済が落ちていくときに、医療、保健、福祉が地域の基幹産業になっているよう、今から備えておく必要があります」

 「そのためにも、地域医療や社会的弱者への支援に関心のある人材を被災地の現場に集め、育成する場を整えていくつもりです。地域社会のあり方が、いかに人々の健康に影響しているかを理解できる医療者が今求められています。そんな医療者を養成し、東北の復興に少しでも寄与していきたいと思っています」

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 ちょうじゅんいち 66年生まれ。93年、佐久総合病院の研修医に。川上村診療所長も7年務めた。今春、小海診療所長を最後に佐久病院を辞め、5月から現職。


 ◆取材を終えて

 多職種連携のエリア会議の様子を見て驚いた。18人のうち男性は、長さんを含めたった4人。ケアが必要な人を支える現場は、圧倒的に「女の世界」なのだ。いまも震災の記憶に苦しめられ、不安を訴える人々を地道に訪ね歩く彼女たち。人が人を支える大事な仕事を、いつまでも低賃金で「安上がり」に済ませていてはいけないはずだ。(萩一晶)


 【写真説明】

 「受診に来る人は、その時点で問題の半分が解決している。難しいのが来ない人です」=宮城県石巻市、松本敏之撮影