朝霞地区における小児救急医療に係る顛末記

2012.08.04

 

「朝霞地区における小児救急医療に係る顛末記」 

平成24年7月23日 
一般社団法人 朝霞地区医師会 
地域医療委員長 天野 教之 

昭和47年、当地区医師会は全国に先駆け、夜間救急の使命を担いボランティアの事業として朝霞地区夜間診療所を開設した。 

その後、時代の要求もあり病院の新設・増床が相次ぎ、病院は休日夜間の患者受入を進めてきた。 

20年の間に地域の医療環境が向上し、病院による受け入れ態勢が整備されてきたこともあり、医師会立の夜間診療所は、その役目を終えて平成3年に廃止された。 

平成13年には、埼玉県が夜間の小児輪番事業を行うことになり、当地区においても5つの病院が参加。以降、地区内の夜間小児科救急体制は充実したものとなり、円滑な運営が行われてきた。 

しかし、患者の集中、コンビニ受診等の諸般の事情から一部の病院において小児科医の数の確保が難しくなり、平成18年及び19年には2つの病院が相次いで小児輪番病院から撤退した。 

この突然の撤退を受けて当地区医師会は穴を埋めるための対応に苦慮し、残った3病院による制度の維持及び存続に向けて検討を行った。 

夜間の小児科救急では、一次救急とよばれる軽症患者の受診 
が多い。受け入れる輪番病院においては、大半の軽症患者の診療に追われる状態であり、本来、輪番病院として対応しなければならない二次の救急患者(重 
症者、入院患者)の診療に時間を割けない問題が出てきた。 

この理由から小児科当直医が恒常的に時間に追われるようになり、ますます負担が増大。 

小児科医が過酷な病院の現場を嫌がり、慢性的に医師を確保できない事態をも招く状況になってきた。 

医師会としては、小児輪番病院の一次救急の患者を開業医が診察して支援をすることにより、病院側の当直医の負担を軽減し、小児輪番制度のこれ以上の崩壊を未然に防ぐことを当面の具体策と考えた。 


これが志木市立市民病院(以下、市民病院という。)への開業医による支援事業の始まりである。 
三年半が経過した平成23年10月、市民病院が小児科の入院病床を廃止する旨の情報を入手。直ぐに市民病院の経営実態を調査したところ毎年巨額の赤字を出し、志木市一般会計から基準外の多額の繰入を行っていることが判明。 

当地区医師会は、市民病院の地域にとっての存在の大きさを考慮し、経営改善の方策を検討した。 

総務省の公立病院改革ガイドラインでは自治体病院の存続理由として、 
①医師派遣機能(他病院への医師の派遣)、 
②高度先進医療、 
③へき地、 
④救急医療、しか認められていない。 

市民病院にあてはめると、④の救急医療しか適用できない。 

当地区においては地区内の各救急病院の努力もあり、成人の救急医療については充実した輪番体制が整っている。 
しかるに小児救急においてはかろうじて国立病院機構埼玉病院ならびに市民病院が持ちこたえているにすぎない。 

公立病院ガイドライン並びに地域の実情を照らし合わせるに市民病院は小児科専門の病院に特化することがもっとも受容できる解決策であると考えられる。 

平成23年11月、医師会は志木市長沼市長ならびに幹部職員と市民病院の今後の方針についての会合を持った。 
医師会からは小児科に特化した病院に変更するように強く求めたが、志木市側からは在宅支援病院への方向性が示され、話し合いは平行線となった。 

このことに危機感を持ち、平成23年12月、翌24年の1月、2月と県保健医療部、四市代表を交え、今後の方策を検討した。その中で医師会からの提案である菅野病院における小児科新設が検討された。 

従来、志木市が負担してきた赤字補てんより遙かに少ない補助金額で小児科輪番制度を維持できる見通しだった。 
この提案に対し、行政はこの赤字補てんをする補助金支出を認めず、話は白紙となってしまった。 


一方で志木市立市民病院改革委員会からは周産期医療センター(産科ならびに小児科主体となる)設立を軸とした改革プランの試案提示があった。 

医師会としてはこの試案は受容できるものであると高く評価し、この改革プランの実現を願うこととした。 

その後、予想に反し、志木市は改革委員会の答申を進めようとはせずに新たに部内でプロジェクトチームを立ち上げ、同病院の再建を賭けて指定管理者制度を導入し存続する計画を示した。 


市民病院での小児科二次救急ならびに入院受入は9月一杯で実施不可能になることは明白となり、10月以後の夜間小児科診療体制について、医師会としては、危機感を抱いていた。 

医師会は、休日夜間の診療と災害救急を含めた地域の医療体制づくりのため、国家公務員宿舎の附帯施設の中に休日夜間診療所構想を朝霞市と進めて来た経緯がある。事業仕分けにより凍結。 
その後、中止となったため実現不可能となってしまったが、市民病院の小児輪番病院からの撤退が引き金となり、再度、朝霞市と交渉を再開した。 

この地区の一次救急患者を受け入れ、二次救急病院への橋渡しをするという、正にゲートキーパーを使命とする休日夜間診療所構想の再開である。 
朝霞市と、水面下で交渉を行ってきたが、話に進展の兆しがあったため、平成24年4月24日、医師会執行部は朝霞市長富岡氏を訪問し、正式に朝霞市保健センター内での夜間小児科診療実施について要望を行った 
。富岡氏からは要望を承知したので、文書で要望を提出するよう指示があった。 
この時に、休日夜間診療所の施設として、朝霞市保健センター内の約100㎡の区画を提供する案について話があった。 


平成24年5月17日、医師会は要望書(別紙第1)を富岡市長に提出した。 
朝霞市の一市だけでこの診療所の運営を負担するのは大変であり、当地区の他の三市の支援も要請するという朝霞市側の提案もあり、朝霞区市長会会長である新座市須田市長にも同様の要望書(別紙第2)を提出した結果は、平成24年7月6日付の富岡市長からの回答(別紙第3)があり、医師会と朝霞市の交渉は未だに進展していない。 


平成24年7月12日、志木市は市民病院における夜間当直医の確保がいよいよ困難となり、予定を2か月前倒しして、7月一杯で小児科入院、救急受入を休止することを発表した。 
医師会としては様々な検討を行い、実現可能な方策を行政に求めてきたが、足踏み状態が続いている。地域の医療体制は更に深刻さを増しており、市民の不安を解消することができずに力不足を思う毎日である。 


地区医師会としては、地域医療の解決に向けて会員が一枚岩となって、国や県及び四市行政に向けて今後も働きかける所存である。