社説 地域を支える医療 「最期は家で」を叶えたい

2012.08.04

社説 地域を支える医療 「最期は家で」を叶えたい 
2012.08.03 中日新聞)  


 自宅で最期まで暮らしたい。納得した人生を望む多くの人の願いだろう。孤立死とも無縁な生活を地域で医療がどう支えていくのか、模索が始まっている。 

 「痛くて歩けねえよ」 

 千葉市稲毛区の男性(67)宅で、訪問した佐賀宗彦医師=写真(左)=に男性が足裏にできたうおのめの痛みを訴える。佐賀医師は硬くなった角質を削り始めた。 

 介護担当のケアマネジャーも顔を出すと話題は食事に。血圧が高いのにカップ麺をやめない。 

 説得が続き、佐賀医師の「バナナは血圧下げるのにいいよ」の一言で男性は納得した。 

 「彼は母親と暮らした自宅を離れたくないんですよ」と佐賀医師は患者の気持ちを尊重する。患者の気持ちに寄り添う医療がある。 

 佐賀医師は昨年八月に開設された福祉拠点施設「生活クラブいなげビレッジ虹と風」の園生(そんのう)診療所長だ。母校の東京大医学部に残らず外に出た。病院副院長だった五十八歳のとき、定年を待たず診療所に転じた。 

 なり手不足を知って放っておけなくなった。「地域医療が力をためれば病院勤務医の激務も減る」と元の職場の苦境にも心を痛めていた。今、往診先は二十五人を超え、二十四時間気が抜けない。 

 診療所の入る施設はデイサービス、訪問看護ステーション、高齢者住宅などを備えた介護・医療の拠点だ。団地建て替えに際し、社会福祉法人「生活クラブ風の村」が企画・運営に手を挙げた。 

 生活そのものを見守る 

 国内の年間死亡者約百二十万人の八割は病院で亡くなる時代だ。高齢化で二〇三〇年の推定死亡者数はさらに約四十万人増える。いずれ病院の対応能力を超える。 

 そこで国は、在宅を支える医療や介護サービスの充実を進めている。今、入院医療から在宅医療への大きな転換点を迎えている。 

 医療を受けながら住み慣れた自宅や地域で暮らすことは、多くの人の願いにも重なる。それを叶(かな)えるには今後多くの知恵が要る。 

 まず人材確保だ。介護する家族の負担を減らし、症状の急変時にも対応でき、みとりまで寄り添ってこその在宅医療である。それには医師、看護師、介護スタッフ、歯科医師、薬剤師など幅広い人材がそろい、協力する体制が要る。 

 医師が一人しかいない診療所同士の激務の分担や、急変した患者を受け入れてくれる病院探しは簡単ではない。「こうした支援体制ができないと医師は在宅に踏み出せない」と佐賀医師は言う。 

 一方で、地域を支える医療への要求は高まっている。病を治す専門的な医療とは別に、患者が望む生活そのものを支える医療だからだ。医師を増やし患者や家族と寄り添う人材を育てる。それを支える地域の人のつながりをつくる。激務に見合う報酬を手当てする。 

 佐賀医師は「志のある医師ばかりはそろわない。休日がとれ報酬も得られる仕組みが必要」と強調する。国や医療界が向かうべき方向だ。「生活の安心」を支える社会保障として地域医療を大切に育てる必要がある。 

 本人が望む最期を迎えるためには、孤立死を防ぐことも課題だ。 

 東京都立川市の団地で三月、母親(95)と娘(63)の遺体が見つかったケースでは、母親は介護を受けていなかったようだ。 

 医療や介護、福祉サービスは、利用者が受診したり、サービスを申し込んで初めて社会保障制度とつながる。ケアが必要なのになんの意思表示もしない人は地域から孤立しやすい。どう支えるのか。 

 「いなげビレッジ」では、二月からNPO法人が相談窓口、育児支援、住民同士が交流できる場の提供などの見守り活動を始めた。 

 孤立死防ぐケアにつなげる 

 施設内の食料品店や喫茶店も見守り役だ。孤立した客を見つけ医療や介護につなげる。今、活動が活発になり手応えを感じている。 

 「孤立した人をどう引っ張り出し支えるかも求められている。施設の総合力でケアしたい」と「風の村」の池田徹理事長は話す。 

 佐賀医師は仲間の医師や介護関係者らと多職種の連携を探る研究会をつくった。会合には毎回六十人前後が集う。地域を包むケアを目指す人たちは確実にいる。 

 住民も地域の担い手である。地域で暮らし続けられる社会を実現するには、住民参加の新しいネットワークづくりを粘り強く続ける努力が要る。 

中日新聞社