【年間キャンペーン・いのちを支えて第3部】十勝で産みたい

2012.08.20

 

 

【年間キャンペーン・いのちを支えて第3部】十勝で産みたい(2) 

十勝毎日新聞2012年08月18日 


帯広厚生病院の新生児集中治療室(NICU)。24時間体制で医師や看護師が保育器の中の赤ちゃんを見守っている 

お産担う4病院 

医師不足、高リスク…増す負担 
 「十勝のお産(分娩=ぶんべん)の現状は、曲がり角に来ていると言わざるを得ない」。 
9月末に常勤の小児科医が退職予定で、後任探しに奔走する公立芽室病院の大野邦彦事務長は眉間にしわを寄せる。 

 お産は産科と小児科の2つの診療科が車の両輪となって担っている。 
生まれた直後の赤ちゃんの健康は小児科医が確認。さらに、帝王切開が必要だったり、リスクの高いお産では、小児科医が立ち会い、赤ちゃんの命を守る。 

小児科医の確保は 
 万が一でも常勤小児科医を確保できないと、出産に関係する小児科領域の対応に限界が生じ、結果的に出産数を制限するような事態にも陥りかねない。 

同病院は現在、複数の医師と交渉中だが、確保にめどがついた状態とは言えず、小窪正樹院長は「(医師確保の)厳しい現実を感じている」と苦悩をにじませる。 

 お産の現状を説明するとき、大野事務長が同病院だけでなく「十勝の」と言及するのには理由がある。 

 十勝では近年、帯広市内4病院(厚生、協会、慶愛、坂野産科婦人科)と公立芽室でお産を受け入れてきた。 

 総合周産期母子医療センター指定の帯広厚生病院には、新生児集中治療室(NICU、6床)などの設備と人員体制が整い、最も緊急度の高い場合、24時間いつでも帝王切開で30分以内に赤ちゃんを取り出せる。産科でも、「命の最後の砦(とりで)」を担う。 

 帯広協会病院も一定程度の高度医療を担う中、公立芽室や市内の他の2病院は母子ともリスクが少ない通常のお産を主に取り扱う。 
早産の危険性や母体に病気がある場合、程度によるが協会や厚生へ送っている。 

 昨年の出産数は、慶愛が最も多い約1200件で、厚生約800件、協会約600件、公立芽室約300件、坂野約120件。 

しかし今年2月、産科医一人で対応していた坂野産科婦人科が、あまりの負担の大きさからお産を中止。 
仮に公立芽室でも出産数制限になれば、今度は市内病院の負担が増すことは必至だ=メモ=。 

増える高齢出産 
 さらに「砦」の厚生病院は出産数がここ10年でおよそ2倍に増加。 
高度医療を提供するセンター化に伴い医師も増員し、産科の服部理史主任部長は「より高い安全性をお産に求める人が増えている」と指摘する。 

 数だけでなく、リスクの高まりもある。晩婚化を背景に高齢出産が増え、低体重児など高リスク出産のケースも増加している。 
協会病院産婦人科の早川修副院長は「厚生や協会が満床になり、札幌や釧路へ送らざるを得ないケースは、年1、2回ある」とする。 

 お産を支える医師不足にお産ができる医療機関の減少、難しいお産の増加…。 

 厚生病院の川口勲名誉院長(産婦人科)は「十勝の分娩体制の縮小はやむを得ない。 
ただ、各病院が役割分担することで、リスクの回避と負担の軽減ができる」と話している。(井上朋一) 


 〈十勝の産科医、小児科医の人数〉 医師数が調査された最新の2010年末時点では産科医19人、小児科医24人。02年末時点に比べ産科医4人減、小児科医1人減。特に産科医の人数は微減傾向が続いている。 



【ここで暮らす 地域の現場から】(1)産科がない 

2009年08月10日十勝毎日新聞 


 医療、雇用、教育…。地域を取り巻く環境はなお厳しく、管内町村でも、住民がそこで暮らし続ける上での課題が後を絶たない。衆院選(18日公示、30日投開票)が近づく中、マチ、ムラの“今”に改めて目を注いでみた。 


帯広と芽室だけ…消えぬ「距離」 


車内で出産「このまま死んじゃうのかな」 
 「あの時は妻と子の無事を祈るばかりだった。今があるのは、本当に幸運が重なったからだと思う」。 
本別町の野崎昌也さん(37)=役場職員=は妻・真澄さん(38)の最初の出産を振り返り、しみじみと話す。 

 1996年9月の早朝。本別から帯広市内の病院に向かっていた真澄さんは、昌也さんが運転する車の後部座席で横になり、意識がもうろうとし始めていた。 

傍らでは、へその緒がつながったままのわが子が、か細い産声を上げていた。「赤ちゃんも私も、このまま死んじゃうのかなぁ…」。 
突然の陣痛が始まって1時間余り。帯広まで30分というところで破水し、車中で第1子の長男を産んだ。 

 十勝管内で産科を備えた病院は、帯広市と芽室町にあるのみ。 
帯広圏から約50キロ離れた本別では、年間の妊婦数のほぼ全員に当たる60人前後が帯広の病院で出産する。 
多くは陣痛の間隔が短くなってから約1時間、車に揺られ続ける。 
町内から産科が消えた70年代以降、この状況は変わらない。帯広圏からさらに遠い広尾や陸別でも同じだ。 

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帯広にとんぼ返り 

帯広圏から遠い地域では、出産に“病院までの距離”というリスクが付きまとう。 
自分で車を運転し、帯広まで検診に通う妊婦も多い 
  
同じく本別に住み、第3子の出産を9月上旬に控える本寺薫さん(36)は、前回の出産時、陣痛が弱かったため一度自宅に引き返し、数時間後に再び帯広にとんぼ返りして出産を果たした。病院から早産気味と伝えられる井上亜由美さん(26)は、約1カ月半後に第1子を出産の予定。予定日前には帯広の実家に身を寄せるつもりだが、「ずっと早く陣痛が始まってしまったら…。初産だけに余計に心配」と不安を口にする。 

 野崎さん夫妻のように、陣痛開始から間もない出産はまれな例だが、「何が起きるかは分からないのがお産」(真澄さん)。車中出産の妊婦を応急処置した経験がある「クリニックつつみ」(広尾町)の堤伸一郎院長も「出産は病気ではないし、車中が衛生的にだめとは言い切れない。ただ、異常分娩(ぶんべん)なら、当然、母子共に命の危険にさらされる」と話す。 

「地域助産所の整備などが不可欠」 
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「不足」以前の状況 
 帯広圏の産科病院の多くは、陣痛が始まった地方の妊婦を早めに受け入れる傾向にある。 

しかし、検診や出産に要する移動距離だけは解消しようがない。全国的に産科医不足が問題となる中、都市部から離れた地域では、それ以前の出産環境さえ整っていないのが現状。 
“病院までの距離”が出産のリスクとなっており、「地域でリタイアした助産師の活用、妊婦検診で正常分娩が確実な人を受け入れる地域助産所の整備などが不可欠」(堤院長)という。 

 野崎さん夫妻の長男は今年、中学校に進み、地元の剣道連盟でも活躍する 
。あれから13年。壮絶な経験を経て手にした幸せを、今、夫婦で改めてかみしめている。 
(杉原尚勝)