開業医と勤務医の確執・・・

2012.06.07

 

どこへゆくやら… 浮浪雲 ブログ コミュニティ 

開業医と勤務医の確執が公的病院を潰しかけた/「時間との戦い」に競り勝った3人の男たち/旧安房医師会病院が残した教訓 2010年05月05日(水) 
  
Twitterのhououdoukoサロンで、またまた勤務医の過労働が取り上げられていた。 
 医師やコメディカルなどの体制が不十分な救急部門や当直勤務、小児科、産婦人科…こういった部門で最後の砦としてがんばっておられる方たちにはほんとうに頭が下がる。 
 だが、その背後には、その人たちに医療の世界の矛盾をしわ寄せして知らん顔している多数の医療関係者、とりわけ医師がいるのではないか。 
「過労」を声高に指摘する医師たちが、その点に触れないのはいかにも片手落ちではないのか。 

 というわけで、医療の世界の大勢力である開業医について、私の経験し得た範囲での印象を述べる。もちろん、どの世界も同じだが、開業医にも素晴らしい方たちがおられることは、改めて述べるまでもない。 

 Blog子の住んでいる館山市には国公立病院はない。2008年春まで安房医師会が経営する病院が「公的病院」の役割を担っていた。 

 安房医師会は、かつては地域医療に貢献する志高い医師の集団であった。 
優れたリーダーのもとで、地域の開業医が力を合わせて設備の整った総合病院を建て、共同で利用しよう。そんな理想のもとに開院した、と聞く。 
  
しかし、Blog子がかいま見た安房医師会病院は、この理想とはほど遠かった。 
  
同病院は2次救急を勤務医だけで回していたが、当直勤務などの負担に耐えきれず、千葉大医学部の医局からの医師供給の道を絶たれるなどの悪条件が重なって、経営が悪化し、閉鎖の危機に追い込まれた。 
  

この経営危機のドラマの過程で地元の開業医と勤務医の確執が露呈した。 
安房医師会は、病院経営に責任があるにもかかわらず、2次救急で疲弊している勤務医の負担を減らす努力をどこまでしたのか疑問だ。 
  
そして、ほぼ同じ時期に銚子市立総合病院も経営悪化が露呈し、結局、閉鎖された。 
その後、同市では、この問題で2度も市長選が戦われ、市政が混乱したことは記憶に新しい。 
  
幸いなことに、安房医師会病院は銚子市立総合病院の轍を踏まずに済んだ。 

 3人のキーマンがそろわなければ、現在の社会福祉法人太陽会安房地域医療センターは存在しなかったかも知れない。 

 宮川準・安房医師会長と長隆・東日本税理士法人代表社員、亀田信介・社会福祉法人太陽会理事長(亀田総合病院長)。 

 2007年に看護師不足をきっかけに同病院の経営危機が露呈すると、宮川会長は安房医師会内部では処理しきれない、と見切りをつけ、夕張市立病院の再建などに腕をふるった長氏に白羽の矢を立てて、同氏を経営再建委員会の委員長に据えた。 
  
長委員長の判断は迅速だった。 
 医師や看護師などは、病院の先行きが不透明だと雪崩をうって散逸してしまう。 
 医療従事者のいない病院はただの箱だ。 
 そうなるまえに手を打たなければ。 
  
動きの鈍い館山市や千葉県の尻を叩き、速やかに経営が移譲出来るように道を開いた。 
 一方、宮川会長も、なかなか意見がまとまらない安房医師会内部の意思決定を急いだ。 
  
しかし、経営を移譲したくても、引き受け手がなければ、安房医師会病院は野垂れ死にするしかない。 
  
鴨川市で亀田メディカルセンターを経営する医療法人鉄蕉会が動いた。 
同会が全面支援する形で、社会福祉法人太陽会が受け皿になった。 
 そして、翌2008年4月2日に社会福祉法人太陽会安房地域医療センターに衣替えして再スタートを切った。 
 経営委員会を立ち上げてからわずか半年。 
 時には強引とも思えた「速攻」の勝利だった。 

 その後は住民のニーズが高い小児科などが新設されるなど経営は順調で、閉鎖に追い込まれた銚子市立総合病院とくっきり明暗を分けた。 

 なんと言っても最大の功労者は長隆氏だ。 
  
最初から「時間との競争だ」と言い続け、意思決定の遅い安房医師会や館山市、千葉県を説得して、安房地域医療センターの早期開院への道を開いた。 
  
この長氏を口説き、経営委員会委員長に据えた宮川氏の眼力と、当事者能力を欠いた安房医師会を長路線でまとめた手腕も素晴らしかった。 
  
しかし、どんなに苦労しても、引き受け手が名乗り出なければ、病院は野垂れ死にするしかない。 
その意味では、同じ南房総地域で亀田メディカルセンター(鴨川市)を経営している医療法人鉄蕉会(亀田隆明理事長)を後ろ盾にした、社会福祉法人太陽会が白馬の騎士としての役割を引き受けてくれたことは幸運だった。 
  
安房医師会病院の太陽会への経営移譲が決まってから安房地域医療センターとして再スタートを切るまでの2カ月余。 
亀田医療グループから送り込まれたスタッフは、安房医師会生え抜きのスタッフたちに配慮しつつ、準備万端を整えて開業に備えた。 
  
 この病院再生のドラマを語る上で忘れてはならないのが、安房医師会病院で最後まで頑張った勤務医や看護師たちの存在だ。先行きに不安を抱えながら、地域医療を守るために、と踏ん張った。 
もし、彼らが、自分たちの生活の安定を優先させて同病院を去るような事態を招けば、太陽会も引き受けようがなかったはずだ。 
  
そして、上村公平・安房地域医療センター院長(安房医師会病院長)は安房医師会病院の医療者を安房地域医療センター引き継いだ陰の功労者だ。 
 安房医師会病院が経営危機に揺れる中で、年末のボーナスを支給すべく奔走した。 
ボーナスが支給されない事態が起こっていれば、同病院職員の多くが去っていただろう。 
ボーナスを支給する方向で安房医師会をまとめた宮川会長の努力も、当然の事ながら称えられるべきだ。   

 国の医療政策に問題が多いことはBlog子も百も承知だ。 
 しかし、医療関係者の世界にも問題は多々ある。 
 そして、その世界を仕切っているのは主に医師たちだ。 
 恵まれない部分だけを強調し、美味しい部分は知らん顔して享受していないか。 
 そもそも、よく言われる「立ち去り方のサボタージュ」も、開業という逃げ道があるからこそ可能だ、ともいえる。 
 よく、「医師不足」と言われるが、正確には「勤務医不足」というべきだ。小児科と産婦人科は別だが、「開業医不足」は余り聞かない。強いて言えば地域的偏在があるだけだ。 
 逃げ道がなければ、そこで頑張るしかない。それが普通だ。ということは「医者の世界は普通でない」ことになる。頑張る中身には「変革への努力」も含まれている。そんな医療の世界で「頑張った」あるいは「頑張りつつある」医師たちの苦労が思いやられる。 

 今回は触れられなかったが、館山市と千葉県の危機感の無さも際立っていた。 
 また、館山市民の無関心も。 
安房医師会病院の新病院開設時には署名運動を繰り広げるなど活発に動いたが、いったん出来てしまえば知らん顔。地域医療を守るには、市民の持続的な関心と理解が欠かせないのだが…。