『日大光が丘病院 撤退その後 医療水準は守られたのか』

2012.05.10

『日大光が丘病院 撤退その後 医療水準は守られたのか』 

2012.05.08 フジテレビ とくだね 報道特番 


以前、番組でお伝えした日大光が丘病院の撤退問題のその後を追跡した。 
地域の医療を21年間支え続けてきた日大光が丘病院は4月1日、病院の運営を日本大学から地域医療振興協会に受け継がれ、再スタートを切った。 
しかし、1ヵ月が経過し医療レベルの低下が浮き彫りになった。 

医療ジャーナリストの伊藤隼也氏がスタジオに登場し、日大光が丘病院撤退問題について解説。 
光が丘病院は元々、練馬区医師会が設立したが、経営が破綻し、日本大学が後を継いだ。 
しかし、赤字で経営が苦しくなり、3月31日をもって撤退。4月1日から地域医療振興協会が後を継いだ。 


日大光が丘病院 撤退その後 医師121人→66人へ激減 
  
地域医療振興協会が後を継いだ練馬光が丘病院は現在、患者数は1日平均147人と大幅に減少。 
医師の数も121人から66人へ激減していた。 
小児救急では、医師から声を荒らげる対応を受けた人もいた。 

医療水準の低下により、脊髄性筋萎縮症の患者である2歳の男児は引き続き日大光が丘病院での対応を望んでいたが、肺炎が重症化した場合、転院せざるを得なくなっていた。 
また、地域医療振興協会に引き継がれてからは分娩が出来る環境は整っていなかった。 
周辺の産婦人科医も危機感を募らせていた。 


日大光が丘 撤退その後 医師不足も引き継いだウラ 
  
地域医療振興協会は医師不足に悩む地方や僻地への医療支援を目的に設立された。 
しかし、宮城県大和町の公立黒川病院では、今年7月末で産科が休止になる問題が発生していた。 

練馬光が丘病院を引き継いだことについて、地域医療振興協会の会長は自らの側を被害者と語っていた。 
一方、内情をよく知る関係者は、各地へスタッフを派遣する拠点として光が丘病院が必要だったと証言した。 
協会の理事長は取材を拒否した。 


日大光が丘病院 撤退その後 選定委員会の議事録を入手 

番組は日大光が丘病院に後継に地域医療振興協会を選んだ練馬区の選定委員会の議事録を入手。 

そこには、日大と同等の医療レベルは協会には無理と判断し、日大と再交渉する意見も出ていた。 
しかし、練馬区は再交渉しなかった。 
日大関係者は、存続の可能性は十分にあったと証言した。 


日大光が丘病院 撤退その後 住民不安・・・責任はどこに? 

日大光が丘病院を引き継いだ地域医療振興協会が医療水準を保っていないことについてスタジオで解説。 

4月1日から地域医療振興協会が引き継いで以降、医師、看護師の数は激減し、医療水準の低下が指摘されている。 
伊藤隼也氏は練馬区に質問状を送ったが返答がなく、説明責任が果たされていないと述べた。 


【番組放送時間】 
2012/05/08 08:00 ~ 2012/05/08 09:55 

出演者: 中野美奈子,小倉智昭,伊藤隼也,山本麻祐子,野田英太郎,津久井強,高久史麿