Special Report 30年ぶりに"解禁"なるか 盛り上がる医学部新設論争の行方

2012.04.04

Special Report 30年ぶりに“解禁”なるか 盛り上がる医学部新設論争の行方 
2012.04.07 週刊ダイヤモンド  




1981年に琉球大学に設置されて以降、およそ30年にわたって新設が凍結されてきた医学部。しかし、医師不足が進行し、さまざまな問題が起きているため、医学部新設を再び認めるべきだとの議論が巻き起こっている。医師会の反発は強く、実現へのハードルも高いが、宮城県に新設第1号を設置し、復興の目玉にしようという動きが出てきた。 本誌・津本朋子 


 「ついに今年、構想が結実するかもしれない」──。 

 関係者が期待を込めて話すのは、宮城県仙台市にある仙台厚生病院と東北福祉大学が進める「医学部新設構想」だ。 

 両者は昨年から、東北大学医学部に次ぐ、宮城県内二つ目となる医学部を新設しようと準備を進めてきた。定員は100人。うち30人には奨学金(6年間で4000万円)を貸与し、卒業後は東北地方の病院で働いてもらおうという計画だ。 

 昨年3月に発生した東日本大震災では、東北地方の医師不足の深刻さが露呈した。被災地では医師が大幅に不足、多くの避難所で大混乱が生じたのだ。 

 そもそも人口比の医師数は“西高東低”。特に東北地方の医師不足は顕著だった(左ページ図参照)。そこに大震災が降りかかり拍車をかけた。そうした状況を解消するための起爆剤にしようと考えたのだ。 

 とはいえ、医学部新設は極めてハードルが高い。国の決定が必要なほか、巨額の資金がかかるからだ。また、開業医が中心となって組織する日本医師会の反対も根強い。そのため過去30年間、1件も実現していない。 

 ところが今回のケースは、実現の見込みがありそうだと関係者は期待を寄せる。というのも政治が絡み、復興の“目玉”にしようという動きがあるからだ。 

 今年2月には、岩手、宮城、福島の被災3県にある15市の市長が平野達男・復興大臣、平野博文・文部科学大臣らに宛てて医学部新設の要望書を提出した。 

 これに対し国側も、関係筋によると「すでに復興大臣から文部科学大臣に依頼が行っている」といい、前向きな姿勢を示しているもようだ。 

 医学部の定員増減や設置に関しては過去、いずれも閣議決定で決められてきた。つまり、政治の意向が色濃く反映される案件と言える。復興というお題目が有利に働くことは間違いない。 

 4月以降、国会が終わるまでに議論がどう進むのか、注目が集まっている。 


医師不足解消の切り札 最大の難問はカネの確保 


 1982年以降、国は医師過剰の懸念を背景に、医学部の定員を削減。新設に関しても81年の琉球大学医学部を最後にストップさせた(右ページ図参照)。 

 しかし昨今、相次ぐ患者のたらい回しや、病院の診療科閉鎖に伴う地域医療崩壊の危機など、医師不足を理由とするさまざまな問題が全国的に発生したため、2008年からは定員増加方針に転じている。 

 07年4月の7625人(全国の国公立大・私立大医学部定員の合計)から、08年4月には168人増の7793人に拡大。その後も毎年増員し、今年4月には8991人と、07年と比較して1366人も増員されている。 

 しかし、これでもまだ足りないというデータがある。今でも多くの勤務医は超過労働を強いられ、疲弊し切っており、医療の質の低下が叫ばれている。一方で、高齢化が進み、手のかかる患者は増えるからだ。 

 116ページの図を見ていただきたい。週80時間勤務を60時間に是正した場合、35年には、医師がみとる後期高齢者の数は現在のおよそ2倍にまで膨れ上がる計算だ。 

 こうした状況に、既存の医学部の定員増だけで対応するには限界がある。 

 教育レベルを保つため、全国の医学部の定員は125人を上限とすると定められている。現在、多くの医学部でこの上限に近づいているほか、施設のキャパシティがオーバーするため、これ以上定員を増やせずにいる所も多々あるのが現状だ。 

 そこで出てきたのが、医学部新設の議論だ。もっとも、新設となるとさまざまなものが入り用となる。最大の難問はカネだ。 

 仙台厚生病院と東北福祉大のプランでは、最初に自己資金110億円を用意し、開設から5年目までは年間10億円、6年目から8年目までは年間7億円の運転資金支援を行い、9年目から単独黒字を目指すという。 

 東北福祉大の母体は曹洞宗。つまり宗教法人の資金力がバックについている。また、付属病院を新設すれば、この3~4倍ものカネがかかるが、仙台厚生病院が協力し、既存の病院を研修施設にすることで、その分の費用を浮かせることが可能だ。 

 日本では見られない仕組みだが、例えば米ハーバード大学医学部は付属病院を持っておらず、学生は卒業後、マサチューセッツ総合病院などで研修する。海外では決して珍しいことではない。 

 医学部新設をめぐっては、宮城県のみならず、全国各地で議論が巻き起こっている。 

 例えば早稲田大学(東京都)や同志社大学(京都府)、国際医療福祉大学(栃木県)などが興味を示している。医学部を持てば、確実に大学の“格”が上がるためだ。財政が逼迫しているため、国公立大は難しいが私大は意欲的だ。 


県知事も続々参戦! 一方で医師会は猛反対 


 県レベルでいえば、代表格は新潟県や神奈川県。泉田裕彦・新潟県知事や黒岩祐治・神奈川県知事は本気度が高いと目されている。また、上田清司・埼玉県知事も新設を検討している首長の一人だ。 

 千葉県成田市も市レベルながら、成田空港から得られる巨額の税金収入を元手に、ハイレベルな医療を提供し、海外の富裕層を取り込めるような医学部設置に意欲を見せる。 

 実際、埼玉県や千葉県は600万~700万人もの人口を抱えていながら、いずれも医学部は一つしか持っておらず、人口比の医師数も少ない(防衛医科大学校を除く)。新潟県、神奈川県も医師数の少なさが問題となっている。 

 すでに医療崩壊の兆しもある。東京北西部から埼玉県南西部にかけての地域では、日本大学の練馬光が丘病院の閉鎖と、志木市民病院の小児科縮小により、今年4月以降は小児医療が危機的状況に瀕するとみられている。 

 医学部が増えれば、医師同士の競争が起こり、研究や臨床のレベルが上がることも期待される。また、そもそも医療と教育が貧相では、若年層の住民を増やすことなどできるはずもなく、県の危機感は相当なものだ。 

 だが、宮城県のケースと違い、いずれもまだ具体的な資金の出し手やプレーヤーが決まっていない。特にカネの問題を解決するのは簡単ではない。 

 そんな宮城県でも県内で唯一医学部を持つ東北大が猛反発。日本医師会も、定員を急激に増やした結果、供給が需要を大きく上回り、ワーキングプアと化している歯科医師や弁護士を引き合いに出して反発するなど、巨大な抵抗勢力となっている。 

 ただ医師会も、“復興”という錦の御旗には抵抗しづらく、4月1日に行われる日本医師会の会長選挙が終われば、得票を気にする必要がなくなるため新設への反対がトーンダウンする可能性もある。 

 東日本大震災がなければ、今年も議論は流れたかもしれないが、今や情勢は変わった。81年以来、実に30年ぶりの医学部新設が認められるかどうか。医学界は固唾をのんで行方を見守っている。