「救急医療を再構築するための提言」について

2012.01.10

「救急医療を再構築するための提言」について 
会員各位
日本救急医学会 
代表理事 山本 保博
この度、救急医療関連3団体(本学会・日本臨床救急医学会・日本救急医療財団)において、提言をまとめ、厚生労働大臣に提出いたしましたので、会員の皆様にご案内申し上げます。 

なお、この提言をよりご理解いただくために、“「救急医療を再構築するための提言」の理解のために”を掲載しておりますので、あわせてご覧いただきますよう、お願い申し上げます。 
                

平成20年12月10日 

厚 生 労 働 大 臣                                  
舛添要一殿 
 

<救急医療関連3団体> 
日本救急医学会 
    代表理事 山本保博 
日本臨床救急医学会 
    代表理事 有賀 徹 
日本救急医療財団 
    理事長  島崎修次
謹啓 

大臣に於かれましては、日ごろより救急医療に対して格別のご高配をいただき、厚く御礼申し上げます。 

さて、昨年来、救急患者のいわゆる「たらいまわし」が社会問題としてクロースアップされております。 
これは救急医療機関の「受入拒否」とも伝えられますが、正しくは受け入れることが出来ない、「受入不能」であることが、今日では多くの識者の方々にはご理解いただいております。 

救急医療界に携わる私どもは、この「受入不能」の問題について以前より訴え続けており、早急な改善を要求して参りました。 
しかし、ようやく問題がマスメディアに大きく取り上げられるに至り、初めて調査会や検討会等で私どもがその実情をお話しできる機会を得るようになりました。 
そこで初めてわが国における救急医療が瀕死の状況であることについて、関係の方々にも知っていただけるようになったと思っております。 

先般も都立墨東病院において妊婦が脳内出血で死亡した事件が報道されました。 
これは明らかに救急医療に関するシステムの問題であり、一般の国民もそのように理解しているはずです。しかし、周産期医療と救急医療が直接連携していないことについて一般の国民はまったく知りません。現実に、周産期医療システムと救急医療システムの狭間において、このような事件が起こりました。これはこれまでにも全国で起こっていたことであり、これからも起こり得る問題です。 

一般的に申し上げて、産科医がお産に伴う重篤な合併症やお産以外の重篤な併存疾患である脳内出血や急性心筋梗塞、あるいは不慮の事故といった他科領域の急性期疾患に対処することを期待するには無理があります。 
そういった致死的な急性期の病態に包括的に対応できるのが救急医やその他の専門医であり、これこそ救急医療の分野です。 
また、新生児に対する対応はNICU(新生児集中治療室)とその専門の小児科医ないし新生児専門医です。従って、異常分娩で問題のある新生児への対応が予想される場合においては、NICUに空床がなければそのような妊婦を受け入れることはできません。 

すでに厚生労働省とての対応は、進んでいるようではありますが、抜本的な解決に至るまでには、まだまだ道程は遠いように思われます。 

救急関連3団体(日本救急医学会、日本臨床救急医学会、日本救急医療財団)は、このいわゆる「たらいまわし」の問題に対して、協働・協調し、具体的な解決策の策定・提案等を行なってまいりました。 
本年10月12日の日本救急医学会総会においても、また先月10月25日の救急の日記念シンポジウムにおいても、その内容を確認し、アピールをしてまいりました。 

厚生労働省が、これらをどのように受け止め解決を図られるかについては、これからの課題ですが、今回は大臣に、現在崩壊の危機にある救急医療の再構築のための提言を直接的に陳情をさせていただき、あらためて遅滞のない対応を強く要望するものであります。 

別途、提言の項目要約版を添付させていただきますので、ご高覧いただければ幸いです。 

瀕死の救急医療の現場に対して、いま適切な解決策が講じられなければ、そしてまた誤った対策が採られるようなことがあるならば、医療崩壊をますます助長することにもなります。 
大臣におかれましては、救急患者の立場に立ち、的確、適切な対応につきまして格別の御高配を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。 

 
敬具



救急医療を再構築するための提言 

はじめに 

救急患者の増加にもかかわらず、救急医療を提供する体制は、例えば病院の廃院、診療科の閉鎖、勤務医の不足や過重労働などがあって、危機的な状態にある。 

救急医療機関側にとっては医療訴訟等のリスクのみ高く、病院経営上の医療収益面からみても全くメリットがない等の状況がこれに拍車をかけている。 
昭和40年代に世相を賑わした「救急患者のたらい回し」が今再びマスメディアに取り上げられている。 
当時は交通事故患者が救急患者の大半を占めていたが、今や一般的な疾病を発症した救急患者が「たらい回し」にあっている。正に「救急(医療)難民」と呼ぶべき状況である。 

そこで、住民にとっての安全・安心の確保に資するため、地域・社会の基本的なセイフティーネットである救急医療を再び構築するという喫緊の課題に関して以下のように提言する。


Ⅰ「救急患者のたらい回し」「救急難民」を解決する緊急対応・方策 

全国民による救急医療に対する理解の促進 

【全国民の協力の必要性】 

救急医療の現状に関する情報の周知徹底 

“このままでは救急病院が経営上成り立たなくなり、病院がなくなってしまう”といった、救急医療の危機的状況を正しく理解してもらう。 

救急医療の利用に関する啓発・教育 
適正な救急受診について全国民の理解・協力の必要性を認識してもらう。 
特にトリアージ(緊急度による対応順序決定・後述)についての理解をいざなう。 

救急医療への参画・協力 
病院前・救急車到着前の一般市民による救急手当の重要性を認識し、実際に実施をしてもらう。全国民に対する救急手当教育を推進する。 
同時に、全国民(一般市民)、救急隊、医療機関が一体となって支えるものであることを救急講習等を受け、その実態を理解・認識してもらう。 

救急医療の人的資源の確保 
【とにかく最初に人材の確保】 
救急医(救急科専門医)の確保 
救急医療の枢軸となる救急医(救急科専門医)の速やかな養成と就業の促進(具体的な労働環境の整備・待遇改善等)を図る。 
他科からのクロスオーバー等を含めて検討する。 
救急医療関連スタッフ(看護師、その他の医療職、事務職等)の確保 
救急看護師の機能・役割の拡大と就業の促進(同上)を図る。 
救急救命士等の医療職、関連事務職の機能・役割の拡大を図る。 
救急医療を行なう各科専門医の確保 
多くの医師が救急医療に参画・協力できる体制を強化する。 

特に、小児科、産科救急等の社会的要請の強い分野の強化を図る。 
関係スタッフの連携の強化 
関係スタッフが効果的に機能できるような特に地域内及び医療機関内での連携シムテムを強化する。 
迅速な受入医療機関決定(「一元的な意思決定プラン」) 

【とにかくどこかが引き受ける対策・1】 
救急患者を受け入れるネットワーク(救急病院“群”)の構築 
地域の実情に合わせた現実的なネットワークを構築する。 
責任の所在を明確化し、費用収益配分の自主的な運用を認める。 
医療機関・消防機関における情報の共有と機能的連携 
消防と医療機関の円滑な連携を図る。 
コーディネータ機能の導入 
意思決定(ディシジョン・メイキング)を一元化して救急患者受け入れまでの時間の短縮化を図る。 

消防機関の広域化 
従来の地方自治体単位の消防機関による病院前救護活動では、情報利用や医療機関の選択が狭い地域に偏りやすく、また救急救命士の資質向上・教育にも自治体による格差が大きい。これを解消するために消防機関の広域化を進める。 
国による救急医療患者の医療費の支払い保証 
救急医療機関による救急患者の債権管理・取立業務負担を免除する。 
生活困難者等の救急医療費用についての行政上の支援をする。 
夜間等一時的対応制度の構築(「オーバーナイトプラン」) 

【とにかくどこかが引き受ける対策・2】 
翌朝転院を前提とした受け入れを確保する対応 
“一時的にでも患者を預かる”ことができる制度・優遇措置を図る。 “無理を承知で一肌脱ぐ”ことを支援する制度の保証を図る。 
翌朝引き受け医療機関の優遇措置 (後述・出口の送り出し対策) 
他の救急医療機関から療養型病床群に至る広い範囲での転院先を確保する。 引き取り医療機関の優遇措置を図る。 
救急対応必要上の転院搬送費の公費負担 (後述・出口の送り出し対策) 
医療機関および患者に対する負担を要求しない。 
救急トリアージ(緊急度による対応順序決定)制度の導入 

【入口の絞り込み対策】 
患者自身が救急受診の必要性を判断するシステム 
電話・ケータイからの相談を可能とする。 
休日夜間診療、近隣の医療機関の案内等を含む。 
消防救急隊によるトリアージ 
救急車要請時におけるトリアージ。 
救急現場における救急隊によるトリアージ。 
トリアージを正当化する法令による支援・促進を図る。 
救急外来におけるトリアージ 
救急外来においては、緊急度によって診療順序が判断され、受付順に診療するものではないことを、全国民に対して理解を求める。 
トリアージ人材の養成 
トリアージナース、エキスパート等の専門看護師、救急救命士等の養成を図る。 
空きベッド確保のための後方連携の強化・保証 【出口の送り出し対策】 
翌朝引き受け医療機関の優遇措置 (前述・重複) 
他の救急医療機関から療養型病床群に至る広い範囲での転院先を確保する。 
引き取り医療機関の優遇措置を図る。 
救急対応必要上の転院搬送費の公費負担 (前述・重複) 
医療機関および患者に対する負担を要求しない。 


「たらいまわしストップ」の財政特別措置 
【財政の支援・保証】 
上記方策を短期間で実現するための、特別な財政的措置 
計画立案・実施のための費用を担保する。 
地方自治体負担分の国からの交付(当初期間)を図る。 
医療機関負担分についての国の肩代わり(当初期間)を図る。 

Ⅱ救急医療整備のための法的根拠の確保 

上記1~7は現状の「たらいまわし」を早急に解決することを目的する“早急に講ずべき方策”についての提案であるが、Ⅱでは、それらの方策を推進するための法的な根拠を確保し、将来に向けて正しい方向に継続的な進展を図ることを目指すための法的整備・立法化を求めるものである。 
現下の危機的状況を再び繰り返さないためにも、これについても遅滞のない対応を強く望むものである。 

目的 
この法律(仮称・救急医療基本法)は、国民のいのちを救う・守ることを最優先の課題と考え、必要な救急医療・急性期医療の確保に対して、明確な法的根拠を提供することを目的とする。 

体系 
目的、基本理念、各役割分担等からなる「基本法」と、必要に応じての複数の「特別法」から構成されるものとし、包括的であると同時に具体的・詳細に至る法体系であることを目指す。 
内容 
以下の各項目を実現するものであることが望まれる。 

1. 国の基本的責務 
救急医療(急性期医療)の整備・確保は国の責務と明示する。 

2. 役割分担と責務の明確化 
国、地方自治体、医療機関、医療従事者、民間企業、各種団体、一般国民等の救急医療における役割を明確にし、各担当の責務を負うこととする。 

3.人(医師等)の確保 
救急医のみならず、救急の対応をする一般医師、および関連の看護師、救急救命士等の医療職、および関連の事務職を含めて、救急医療に携わる人材の確保と労働環境の整備・労働基準法遵守を促進する。 
卒前卒後の医学教育制度を含めて、基本的な診療能力と救急に対応できる医師および救急の専門医を確保する。 
医師の専門分野外の対応について責任範囲を明確に定める等により、救急医療への積極的な参画をしやすい体制を作る。 

4. 医療機関(病院等)の確保 
地域における救急医療機関、救急病院“群”の確保を含むものとする。 

5. 災害時対応の配慮 
日常時だけではなく、広域災害時等に地域を越えて連携する体制を予め想定し整備することを含むものとする。 
受傷者の救命を最優先とする災害医療基本計画の立案、災害時対応のための日常救急の余裕(バッファ)の設定等を促進する。 

6. 国民の理解と参画の確保 
全国民的に救急医療に対する理解を促進するとともに、救急手当講習等を通じて自らがその一端を担うという意識を高揚するものとする。 
一般市民が救急手当を行なった場合の、法的責任の免責(善きサマリア人法)や、救護者・被救護者の損害を補償する公的制度等を含むことを検討する。 

7. 具体的期限・数値目標の決定 
具体的な期限と、具体的な数値目標を掲げて、実効の確保できる法制度とする。 
計画の立案、実施、評価、再立案、といったルーチンを確保する。