離島はいま 振興法期限切れを前に


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離島はいま 振興法期限切れを前に/離島問題取材班 久保景吾/五島の病院再編/診療所化めぐり混迷/市の検討委、近く中間報告 
2011.07.03長崎新聞  
  

五島市の富江病院と奈留病院の再編をめぐる議論が混迷している。両病院を運営する県病院企業団(長崎市)はいずれも診療所化し、入院機能は基幹病院の五島中央病院に集約したい意向。 

しかし島民の反発は根強く、五島市も難色を示す。島の地域医療を担う病院の縮小は行き場のない患者を生むのか、将来にわたる医師確保のためには医療資源の集約が必要なのか-。
病院の現状や再編をめぐる論点を探った。 

 ■富江病院 

 「はい、口を開けて」。 
5月下旬。富江町の中心部に近い富江病院の病室。須賀秀実さん(86)は入院中の妻(79)の口元にスプーンで昼食を運んだ。 
家から病院までミニバイクで5分もかからない。2週間ほど前に妻が高血圧で入院してから毎日通っていた。 

 富江病院は約5300人が暮らす町の医療を支える。入院ベッドも55床あり、急性期の患者に加え車で20分ほどの距離にある五島中央病院(304床)から慢性期の入院患者を受け入れている。 

 国は2007年末に公立病院改革ガイドラインを策定。病床利用率が過去3年連続70%未満の場合、診療所化など抜本的な見直しを求めた。 
しかし富江病院は07年度~10年度の利用率が80%を超える。 
06年度から赤字が続いた総収支も09年度に約2900万円の黒字に好転した。 

 ではなぜ病院企業団は富江病院の無床診療所化を目指すのか。 
そこには医師確保の問題がある。 
県は08年に公立病院について「常勤医師が6人未満の病院は診療所化を検討」との方針を示した。 

富江病院の常勤医師は3人しかいない。県と足並みをそろえる企業団は当直が頻繁に回ってくる医師の激務を問題視。 
「このままでは将来的に若い医師が集まらない」とみており、外来診療に特化して勤務環境を改善し医師の定着を図りたい考え。 
入院患者は五島中央病院で一括して対応する方針だ。 

 しかし町の交差点に「診療所化に断固反対」と書いた看板があるように、「診療所化は過疎化を加速させる」との懸念は強い。町では県立富江高が3月に閉校。 
36%に上る高齢化率もこうした不安に拍車を掛ける。須賀さんは「診療所に格下げされたら、さらに地域は衰え、高齢者は不便になる」と現状維持を求める。 

 地元の医療現場も企業団の方針に異を唱える。富江病院の津野至孝院長は「当直に入る回数が多いからといってこなせていないわけではない。 
入院需要は大きく、無床化すれば医療難民が出る」と危ぶむ。五島中央病院の神田哲郎院長も「うちに患者が押し寄せ、特に内科医の負担が増える」と不安を隠さない。 

 ■奈留病院 

 約2900人が住む二次離島、奈留島の奈留病院(52床)はやや事情が異なり、医療関係者は診療所化を容認する方向でほぼ一致する。 
病床利用率は03年度以降、国が改革を求める70%未満の状態が続く。 
10年度は約56%で、入院患者の少なさなどに起因した総収支(見込み額)は約2800万円の赤字だ。常勤医師も2人だ。 

 津田俊彦院長は「この先病院としてやっていくのは難しい」と明かす。改革後も元の病床数に応じ国の交付税が5年間受けられる13年度までに「有床診療所(上限19床)にすべきだ」と言い切る。 
企業団も二次離島に配慮し、入院設備を残した有床診療所への転換を念頭に置いている。 

 津田院長は「急患が来れば夜間も対応する」と強調。今春にショートステイのベッドを5床増やした島の福祉施設に往診したり、在宅医療を増やせば、医療難民は出ないと考える。

 とはいえ、市と企業団が2月に開いた意見交換会では島民から反論が噴き出した。 
「本当に19床で足りるのか」「福江島に入院すれば(見舞いに行く)家族の経済的負担も増す」。 
旧奈留町時代から町内に病院があるのが“当たり前”だった住民にとって、診療所化は地域医療の低下に映る。 

 ■市の方針 

 両病院について市は約3年前から有識者らの検討委員会を2度も設けたがいまだに方針は決まっていない。 
1回目の検討委は09年夏、「富江は当面現体制、奈留は10年4月に40床に削減」と答申。 
しかし、答申を踏まえて公表した市の指針では富江に一切触れず、奈留は「病床数削減について企業団と協議を進める」と具体性に欠ける結論で逃げた。 

 約1年前から議論している2度目の検討委は7月にも中間報告を示し、8月の富江町での意見交換会を経て、年内に中尾郁子市長に答申する見通し。 
ただ、市は富江病院の入院施設は必要と考えており、企業団との調整は難航する可能性が高くなっている。 

◎インタビュー 

 富江病院と奈留病院の再編についてどのような方針を持っているのか。県病院企業団の矢野右人企業長と五島市の中尾郁子市長に考えを聞いた。 

◎県病院企業団 矢野右人企業長/安定、継続が最大の任務 

 -富江病院、奈留病院はなぜ再編が必要なのか。 

 現状では医師の負担が大きい。 
将来、そこに若い医師が働きに来るだろうか 
。継続的に安定した医療を提供するのが最大の任務。医療資源の集約が必要だ。 
国の公立病院改革ガイドラインに沿って2014年までに診療所にすべきだ。 

 -富江病院の改革案は。 

 8時間勤務の無床診療所化。 
五島中央病院からさまざまな診療科目の医師が交代で出向くようになれば外来機能は充実する。 
その代わり入院する際は五島中央病院に行ってもらう。 

 -医療難民が出ないか。 

 五島中央病院がしっかり受け入れれば出ない。 
2005年度に90%近くだった同病院の病床利用率は09年度に74%だった。 
人口は減っていく。 
五島を守る最後のとりでという自覚を持ち一括して受け入れてほしい。 

 -富江病院は病床利用率が80%台で需要が大きい。 

 1人が長く入院すると率は上がる。重視すべきは平均在院日数。17、18日が標準だが、富江は35日で2倍。 
一般病院の在り方にそぐわない。 

 -奈留病院の改革案は。 

 入院対応できる19床以下の有床診療所にしたい。 

 -島民は2月の意見交換会で反発した。 

 8時間勤務の診療所になっても今とほとんど変わらない。夜間でも命にかかわる患者が来たら医師は診る。 
人口が近い小値賀町の診療所(17床)と比べ、医業収益はさほど変わらないのに奈留は09年度、国、県、市から約1・6億円の繰入金を投入しても赤字。小値賀は町からの約6千万円の繰入金で黒字。 
税負担の観点からも平等性を欠く。 

 -島で話を聞くと改革実現は容易に見えないが。 

 企業団としての考えはあり意見を述べるが、まずは市が方針を明確に打ち出し、県と協議してほしい。 

◎五島市 中尾郁子市長/医療難民が出ないよう 

 -富江病院について県病院企業団は無床診療所にしたい意向だが、市は現在どのように考えているのか。 

 40人を超える患者が入院し、経営も黒字になった。 
病床は今の55床から45床程度に減らしていいかもしれないが病院は必要だ 
。富江町に入院用のベッドがなくなると医療難民が出る。近くに受け皿となる施設はなく、入院患者には在宅療養が難しい人もいる。 
急性期の医療に集中する五島中央病院の医師や看護師の負担も大きくなる。 
今の時点で無床診療所化は考えられない。 

 -県は富江病院のような常勤医師6人未満の病院は診療所化の検討が望ましいという方針を出している。 

 そういう物差しを当てはめるだけでは島の医療は成り立たない。効率化だけを進めれば弱き人を助けられない。 
今のところ富江病院は対応できている。 

 -病床利用率が低く、赤字が続く奈留病院はどのように改革する考えか。 

 市医療提供体制あり方検討委員会の答申を待って結論を出したい。病床数を実態に合うよう削減することは考えなければならない。 
地元の特別養護老人ホームと連携し、訪問看護ステーションを新設するなど周辺環境を整えれば医療難民を出さず、医療レベルも上げられると思う。 

 -前の検討委の後は抽象的な指針を出した。今回は答申が出た後、2病院の方針を具体的に示すのか。 

 そうする。時間をかけて議論していただいた。答申に寄り添いながら、市の方針を確固たるものにする。 

 -県病院企業団とは意見が異なりそうだが。 

 市民が安心し医療を受けられる環境を守るのが私の立場。いずれ人口が減り、企業団の矢野右人先生が目指すところに落ち着くとは思うが「もう少し時間をください」と言っている。