なぜカオスの時代は「野生の思考」が必要なのか

プレジデント 2011.7.18号 
  
経営時論 第131回 
  
流通科学大学学長 石井淳蔵 
  
なぜカオスの時代は「野生の思考」が必要なのか 
  
大規模かつ高い質を誇る、サムスン・メディカル・センターを訪れて、志の大切さを再認識した筆者が、ビジネスにおける「野生の思考」の役割を検証する。 
  
  
サムスン電子に見る「志」の重要性 
  
 東日本大震災直前の3月初旬、サムスン・メディカル・センターを、医療経営研究の仲間たちと訪問・視察した。同センターは、韓国ソウル市に本社をもつエレクトロニクス総合メーカーのサムスン電子が、17年前の1994年に当地ソウルにつくった医療・医学センターである。そこで何より学んだことは、事業には、志がどれほど大事なことか、であった。
  
 サムスン電子は、周知のように、2009年時点で売上高は約140兆ウォン、日本円で10兆円を超える。日立製作所やパナソニックの連結の売上高が10兆円足らずなので、それらをすでにしのぐ存在になっている。 
  
 ただ、94年というと、まだ日本メーカーの類似商品を低価格で販売する二流メーカーと見なされていた頃。李健煕会長が、「妻と子以外はすべて取り替えろ」と宣言して、同社が抜本的な組織改革に取り組み始めた頃にあたる。 
  
 さて、そうして設立された病院だが、今では、150万平方メートルの敷地に、総計32万平方メートルの床面積の建物が並ぶ。総ベッド数は1306床。それに、「がんセンター」の655床が加わる。 
  
 医療従事者数は概数で、医師が1220人、看護師が3230人、医療技術者が730人、そして管理者が410人。毎日の平均外来患者は7600人、院内での一日あたり処置数は210件となっている(Samsung Medical Center 10年より)。 
  
 規模だけではない。病院に加え、バイオメディカル研究所や医科大学やがんセンターが付置され、最先端医療技術の追求を目指している点。医師や医療研究者が世界中から集められている点。最先端医療を実現すべく最新の機器・設備が備えられている点。東洋と西洋の医学・医療の融合を狙っている点。さらには、がん治療の中心となる「がんセンター」を開設し、世界から患者を集め治療するメディカルツーリズムを実現しつつある点、・・・・・・。質的な展開も目を引く。 
  
 日本でも、サムスン電子と同じくらいの大手企業で、病院を設立した企業は少なくない。それらの病院は、地域医療への貢献や企業の優れたマネジメント手法の病院経営への導入を通じて、医療界に大きい貢献をしている。だが、世界最先端の高度医療への基礎からの取り組みや、世界を相手としたツーリズムの展開といった点では、一歩も二歩も譲る。 
  
 ここで、日韓の企業の取り組みの是非を論じたいわけではない。そもそも.サムスン電子が、IMF危機の下、事業の絞り込みを余儀なくされ、医療事業への積極的な取り組みを選んだという外的事情の違いが大きい。それぞれに事情は大きく違っている。 
  
 論じたいことは、最初にどういう志を抱き、どういう絵を描いたかによって、その後の展開が大きく違ってくることである。「環境を見る視線が、すべての現実の出発点になる」。そのことを強調するのはレヴィ=ストロースである。あらためて勉強をし直しておこう。 
  
  
「キツツキのクチバシ」と「歯痛」の関係とは 
  
 レヴィ=ストロースは、いうまでもなく現代思想に期を画した構造主義の大家。人とは、何にもまして、自らを取り巻く状況を秩序づけなければ生きてはいけない存在だと考えた。彼の考えが新カント主義(観念先行)だといわれる所以は、そのあたりにある。彼の主著の一つである『野生の思考』の中に、それに関わって、ヤクート族という民族の面白い話が紹介されている。 
  
 ヤクート族では、キツツキのクチバシに触れると歯痛が治ると信じられている。現代の医学からすると、「なんと、バカげたことを。彼らヤクート族は、歯痛が起こるメカニズムがわかっていない」と、一笑に付すことだろう。 
  
 しかし、レヴィ=ストロースは、そうは見ない。その民族が、キツツキのクチバシと歯痛とを結びつけたその知に注目する。彼は言う。 
「かような知識は、実際的にはほとんど有効性をもたないという反論があろう。ところが、まさにおっしゃるとおりであって、第一の目的は実用性ではないのである。このような知識は、・・・・(中略)、物的欲求を充足させるのではなくて、知的要求に答えるものなのである。真の問題は、キツツキの嘴に触れれば歯痛が治るかどうかではなくて、なんらかの観点からキツツキの嘴と人間の歯をいっしょにすることができるかどうかである。・・・・。けだし、分類整理は、どのようなものであれ、分類整理の欠如に比べればそれ自体価値をもつものである」(『野生の思考』みすず書房) 
  
 歯が痛い。しかし、彼らには、何が起こっているかわからない。もちろん、歯痛への対処法もわからない。原因も理由も何もわからない。まさにカオス(混沌)のなかに置かれる。人は、カオスには耐えられない。そこで、何かしら、起こっている事態を分類し整理し、さらに何をどうしたらどうなるのかという因果の構図を引き出そうとする。 
  
 「キツツキの嘴と歯痛との間に関係がある」という主張は、現代に生きるわれわれにはナンセンスな話だが、そうであればあるほど、「カオスを秩序づけたい」、あるいは「意味のない今の事態を、何とか意味づけたい」と思う彼らの知的欲求が透き通って見えてくる。 
  
 自然の理(ことわり)が最初にあって、それが人の意識に反映し、そして社会の秩序ができていく、というわけではないのである。 

 ヤクート族においては、われわれからは不合理に見える関係を前提にして、現実世界のありようが構成されている。たぶん、日本に住むわれわれも、外の世界の人から見ればそうした不合理な関係をベースに、現実世界を構成しているのだろう。 
  
 そのことは、しかし、「現実世界を何とか秩序づけたい」という知的欲求こそが、自らの世界の中の秩序をつくり出すことを暗示する。そう、レヴィ=ストロースは言う。 
「野生の思考」というと、未開の部族の非科学的な野蛮の思考と思われそうだ。だが、そうではない。それは、私たちが生きていくうえでもっている、もっとも基礎の部分にある知を指しているのだ。 
  
 カオスの状況を、秩序ある状態に変える。あるいは、そうすべく、手がかりを状況に埋め込む。それは、人が生まれつきもっている「野生の思考(知)」である。そして、その知は、ビジネス世界においては必須の知であるだろう。 
  
 というのは、ビジネス世界とは、想定外のことがいつも起こる可能性を秘めていて、しかもそれがそのまま組織の生死につながってしまう世界であるからだ。いつ何が起こるかわからないカオスの世界では、野生の知の感度を最大限研ぎ澄ませておかないといけない。 
  
 だが、組織が大きくなり、仕事の分担・権限が定められるにつれて、野生の知の居場所がなくなる。悪貨は良貨を駆逐するではないが、分析志向や管理志向が組織において強まるにつれ、野生の知が発現する場が奪われる。本当は、カオス状況に置かれているにもかかわらず、秩序だっているかのように見なし、そう思い込んでしまう。 
  
 いま、自身が直面する状況は、いつの場合でも比類のない独特のものである。それを、周知定番の問題に解消して安心してしまう。それを解くのにまた、既存のマネジメント知識に頼ってしまう。 
  
 あらためて、歯痛とキツツキのクチバシとを結びつけるエピソードの価値を再考したい。もちろん、無鉄砲に、何でもよいから結びつければよいということを言っているわけではない。 
  
 現実世界を秩序づけたいと思う知的欲求、自身にとって意味ある形に切りとろうとする気持ちや意欲、この気持ちが組織の中に保たれているかどうか、これである。 
  
  
ビジネス世界では、野生の知の感度を最大限研ぎ澄ませておくべき 
  
  
いしい・じゅんぞう●1947年、大阪府生まれ。神戸大学大学院経営学研究科博士課程修了。神戸大学大学院経営学研究科教授などを経て、2008年4月より、流通科学大学学長。専攻はマーケティング、流通システム論。著書に『ブランド』『マーケティングの神話』『営業が変わる』などがある。