誰が守る地域医療~練馬光が丘病院問題】「区・日大」患者への視点消えた交渉  寝耳に水の撤退

【誰が守る地域医療~練馬光が丘病院問題】 産経新聞2011.12.21 


(4)「区・日大」患者への視点消えた交渉  寝耳に水の撤退 


 昨年2月。東京都練馬区の区長応接室へ日大本部の8人が訪れた。 

 「平成23年3月で光が丘病院からの撤退を含めた検討をしており、区と協議したい」 

 応対した関口和雄副区長(当時)は耳を疑った。 

 半年前の21年9月、日大は区に対し、 
「開設以来、累計で約85億円の支出超過を抱えている」「補(ほ)填(てん)原資は大学生や高校生の授業料であり、父母らの理解を得られない」として、経営支援を求めていた。

 これを受けて、22年1月に区は、年間約7千600万円の建物賃借料免除など3つの支援策をまとめたばかりだった。 

 その後、1年間の延期などはあったものの、今年7月に、日大から運営終了の連絡が届き、区は後継法人を公募すると発表した。 


50億円めぐる亀裂 


 病院撤退をめぐる区と日大の交渉経緯は、公式にはこう伝えられている。だが、日大関係者によると、それ以前の21年1月に交渉が始まっていた。 

 日大は当初、区に「公的医療はどうしても年4億~5億円の赤字が出る」と支援を要請した。 

 交渉の中で、日大側は平成3年に区に対して“差し入れた”50億円の扱いについても協議を求めた。 

 50億円とは、95億円の負債を抱えて経営破綻した練馬区医師会立病院を日大が引き継ぐ前に、救済のため区に融通したものだ。 

 ところが、この50億円を「保証金」として表現して契約したため、関係者が入れ替わるにつれて、区と日大の認識は大きく異なった 







【誰が守る地域医療~練馬光が丘病院問題】 
(4)「区・日大」患者への視点消えた交渉 
2011.12.21 (2/2ページ) 
 日大側は「少なくとも、最初の30年間で返還されるものと考えていた」。 

 一方、区は、日大との基本協定書に基づき、「契約満了時に返還する」と伝えた。これを受けた日大側は、契約が更新される限りは戻ってこないと考え、態度を硬化させたという。


潮目変わっていた 


 この頃、練馬区との交渉担当は医学部から日大本部に移っていた。 

 同年11月6日、区は区議会で「保証金については、法的性格がどういったものか調査している」(医療特別委員会)と答弁するだけで、保証金の扱いをはっきり示さなかった。 

 同じ日、日大理事会は「23年末をめどに撤退する旨の意思を区に示す」ことを決めた。

 区は交渉の中で、「50億円を5億円ずつ10年間で分割返済すると提案したが、撤退の意思は変わらなかった」と発言したとしている。 

 だが、日大本部は産経新聞の取材に対して「返済を確約する公文書を見たことはない」。さらに区は「言われれば持って行った」と反論する。 

 冒頭の区と日大の交渉について、当時の担当者は「すでに潮目が変わっていた。変わった後に練馬区はいろいろなことを日大に伝えようとしたが、手遅れだった」と振り返る。 

 医療の視点が失われた交渉、そして決裂。その結果は住民の命と健康にどんな影響を与えるのだろうか。(光が丘病院問題取材班) =おわり