日大練馬光が丘病院「撤退」問題の現状)

日大練馬光が丘病院「撤退」問題の現状) 

日大光が丘病院の存続を求める区民の会 
副代表 国枝さきの 

2011年12月21日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp 
(その1/2より) 

●不安が募る説明会。引継ぎにも、実質入れず。 

11月25日から4回にわたって、区主催の「引継ぎに関する住民説明会」が開かれました。 
いずれも夜間。患者さんやお子さんを抱えたご家族が簡単に出席できる時間帯ではありません。 
出席したのは、区と振興協会のみ。日大側の出席はありませんでした。 
振興協会(藤来開設準備室本部長)からは、職員募集の就職説明会に使ったのとまったく同じスライドを使って、振興協会の全体像や他病院の様子が語られました。 
しかし、どのような病院を練馬の地において作ろうと考えているのかのイメージは、一向に伝わってこず、具体的なことは何一つといってよいほど語られませんでした。 
その一方、4月1日に向けて、「大丈夫」「きちんと」「努力」といった協会の決意のことばだけが繰り返され、具体的な説明とその根拠は全く聞けず、参加者にとっては、聴けば聴くほど不安が募る説明会となりました。以下、箇条書きで。 

○病院長も決まらず。 

(第2回以降の説明会で、決まってはいるが公表できない、と変化。公表できない理由は、「現在の勤務先で後任が決まらないから」とのこと)。 

○各診療科トップも一部以外は決まらず。 

○法律上必要な最低限の医師数40人程度は確保と答えるも、その内訳(内科?外科の別、経験年数によるおよその人数割合等)を問われると一切答えず。 

(注:日大光が丘病院は、直近で、教員資格がある方(助手以上)51人、専修医43人、研究医員8人、研修医19人(以上で常勤医が121人)。他に非常勤が48人。なお、区は、法定最低数の倍の80人くらいは確保する旨の答弁をしていますが、それも揃うのは3月としている状況です) 

○区議会医療高齢者等特別委員会等でも繰り返し述べられてきた「小児科常勤医師15名、産婦人科常勤医師5名」についても、努力する以外の言明なし。 

○看護師さんの数も、応募者数のみが語られ(「開封前の封筒の数」で140通程度)、現在面接・追加募集中。 
参加者からの発言で、振興協会から日大光が丘病院側に対し、現有人員の6割を残してもらえないかと要請のあったことまで明かされる状態。 
むろん師長さんに話しが及ぶこともなし。(注:日大光が丘の看護師さんは常勤だけで250人を超える)。 

○説明会直後の議会医療高齢者等特別委員会では、担当課長が、初年度は7:1看護が無理かもしれないと答弁。 

○引継ぎに関しては、当初は、「日大側が文書提出を求めたせいで」ストップと説明。 
しかし、内科の引継ぎに際し、日大側が医師7名でその場に赴いたのに、振興協会側は4月実際に患者を責任もって診るであろう医師は本部長を除けば一人しか出席せず、しかも、これについては協会は?連絡不行き届き」のせいと釈明。 

○具体的な質問に答えられる説明会を、昼間の時間帯に、日大病院側も交えて、光が丘付近で開いてほしいという要望を拒否。(注:地元光が丘での説明会は第1回のみ)。 

●年度末まであと100日 
こうしたなか、12月7日に、地域医療振興協会吉新理事長の「三百四十二床の許可は取るが、実際の稼働は「五分の一、十分の一だろう。最初五十床ぐらい」 という見解が東京新聞に報じられ、説明会会場でも大きな波乱をよびました。 

(その後、12月17日の産経新聞の報道によれば、吉新理事長の見解は、10月の時点ですでに(その見解自体の適否は別として)、「引き継ぎ時、ベッドの稼働率は全国どこでも約3割」というものであったようです。)第2回説明会までに、振興協会の藤来本部長が繰り返し述べてこられた「フルオープン」という説明、また、区が繰り返し述べてきた「フルオープン」という説明は、いったい何だったのでしょう。 

ベッドコントロール(この場合、入院患者数を減らすこと)とは、とりもなおさず、「今入院している患者さんに出て行ってもらう」、「目の前の入院が必要な患者さんを入院させることができない」「救急患者を光が丘に搬送できない」といった内容に相当します。 

そうした生身の患者さんに関わることがらを、「五分の一、十分の一」という荒っぽい表現や「50床」というレベルの具体的数値で語ることは、その作業を直接担わざるをえない日大光が丘病院の現場のみなさんばかりでなく、地域の住民・患者の怒りにも火をつけることになりました。 
さらには、振興協会側は、引継ぎ協議にあたり、病院は空にして渡してもらえるものと想定していたような発言もしているようです。これでは、もとより引きつぐ意志などないと受け止めざるをえません。 

今回は、「引継ぎ」といっても、実質的には病院の「新設」ですから、一定の病床数減が計画的に実施されることは、ある意味当然だと思います。ですから、私たちも、その旨を何度も質問してきましたし、それに対して、区も協会も「当初からの342床でのオープン」を繰り返してきたというのが経緯です。 

もとより、ベッドコントロールというのは、計画的に行われるべきことがらです。 
計画も工程表もなく、いつどのようにベッド数を回復させていくのかの具体的見通しもないなどということは、通常ありえません。 
ましてや、《スタッフが集まらないから、とりあえず入院患者を減らす》などということがまかり通るはずはありません。(注:当地は、いわゆるベッド数過剰地域でもあります)振興協会から「50床」や「空」という表現が口をついて出てきてしまうのは、説明会での説明内容の実態がないことの証左と考えるのが妥当でしょうし、実際、引継ぎの実務に入れていないのも、先に述べたとおりです。 

そういう状況で、日大光が丘病院が、入院患者に対して責任をもつという立場から、苦渋のベッドコントロールを行うことになるのは、やりきれない思いは残るものの、病院としては避けられない対応であろうかと思います。 
しかし、その間、患者は、救急は、どうすればよいのでしょう。そして、その間のしわ寄せがいく、他院や東京消防局も、情報なくしては対策の立てようがないはずです。練馬区は、周辺自治体に連絡を行っていません。 


まとめますと、今、現実化しつつある懸念は、 

1)難しい患者は、すべて日大側が日大板橋病院等にひきとるか他院に紹介せざるをえないかたちでベッドコントロールが始まり、新光が丘病院は限りなく少ない病床で軽症患者のみを受け入れるような状態でしかスタートされない 

2)4月以降も、現状の342床に戻るのは、いったいいつのことか皆目見当がつかない(注:病床が練馬区に残らない可能性もありということ) 

3)専門医が揃うことはなく、医療圏内の困難な状態の患者を引き受けるような病院となることはなさそうだ 
ということです。 

光が丘の病床数そのものは、運がよければ、内容はともかく、遠い将来戻るかもしれません。 
しかし、現在の疲弊しきった医療状況のもとで、その過程で崩れた医療圏が元に戻る保障はどこにもありません。 
特に、救急医療の体制というのは、年月を経る中で相互に分担しあって築き上げられ、システマティックに運営されている体制です。 
そこに、突然、342床の病院の「喪失」ともいうべき事態を迎えるわけですから、その影響は極めて重いものなることを懸念しています。 
このままでは、練馬区と日大理事会との間のねじれを原因にして、地域医療振興協会の思惑も絡め、住民不在の医療崩壊が始まってしまう…そういう懸念を私たちは感じはじめています。 

●病院は「箱」ではありません 
現在受診している状態の重い患者さんはどこに行けばよいのでしょう。 
広域の医療体制はどうなってしまうのでしょう。ベッドコントロールにあたらねばならない、日大光が丘病院の医師・看護師のみなさんの苦悩の声が聴こえてきています。 
患者さん・住民の不安も、具体的なものになってきました。 
現に、存続をお願いできる日大という相手がいるのですから、どんな状態の病院でも病院がなくなるよりはマシといった議論は成立しません。 

○地域医療振興協会には、公募・選定理由を満たすことができないことがあきらかとなった以上、日大が入院患者の転院手続きを本格化せざるを得なくなるまえに光が丘病院の後継から辞退していただきたい 

○区は、これまでの経緯はあるにせよ、新たな気持ちで、70万区民のみならず周辺自治体の居住者の生活を守る立場から、日大と再交渉に入ってほしい 

○日本大学は区の譲歩を待たず現実に機能している日大光が丘病院の存続に向けての具体的な区に対する条件を提示明らかにしていただきたい 

そういうふうに、私たちは願っています。光が丘病院は、「生き生きと稼働中の病院」です。 
「箱」が残ればよい、というふうに私たちは考えません。 
患者さん、住民、医療にあたっておられるスタッフのみなさん、地域の医療機関、救急のみなさんをつなぐ光が丘病院という「ネットワーク」は、一度壊してしまえば二度と元には戻りません。 
このネットワークをなんとか残したいというのが、私たちの願いです。 
読者のみなさんに、事態の注視をおねがいいたします。 
また、何か情報があればお寄せいただくことを、働きかけていただけるところがあれば働きかけを、お願いしたいと思います。 

今回の記事は転送歓迎します。その際にはMRICの記事である旨ご紹介いただけましたら幸いです。 
MRIC by 医療ガバナンス学会 http://medg.jp