第13回 21世紀医療フォーラム 医療制度改革のポイントと方向性

第13回 21世紀医療フォーラム 2009年11月27日(金)

 

医療制度改革のポイントと方向性

伊藤雅治(社団法人全国社会保険協会連合会 理事長)

いとう・まさはる/

1968年新潟大学医学部卒。1971年厚生省入省。1989年厚生省大臣官房老人保健福祉部老人保健課長。1994年厚生省大臣官房審議官(科学技術・児童家庭担当)。1998年厚生省保健医療局長。1999年厚生省健康政策局長。2001年社団法人全国社会保険協会連合会副理事長。2003年社団法人全国社会保険協会連合会理事長(現職)。

民主党マニフェストの重点事項

 このような視点の中で、今回の民主党のマニフェストとINDEXを見てみます。民主党のマニフェストの重点事項としては、「社会保障費2200億円の削減は行いません」「後期高齢者医療制度は廃止し、国民皆保険を守ります」「医学部学生を1.5倍に増やし、医師数を先進国並みにします。看護師などの医療従事者も増員します」「新型インフルエンザ、がん、肝炎の対策に集中的に取り組みます」ということが挙げられています。

そして、INDEX2009の中では、「国の責任で社会保障制度を維持発展」「後期高齢者医療制度の廃止と医療保険の一元化」「医師養成数を1.5倍に増加」「現役医師の有効活用で医療従事者不足を軽減」「厚生年金病院及び社会保険病院は公的に存続。地域医療推進機構を設置する」「医療従事者の職能拡大と定員増(これは看護師などが職務範囲を拡げて一種の負担軽減につなげていこうということです)」「地域医療を守る医療機関を維持」「中医協の構成・運営等の改革を行います」等が書かれています。

民主党のマニフェストで評価できることを私なりに整理してみると、1つ目は医療費と医師数の増加の数値目標をきちっと設定したことです。医師数については、数字そのものが適正かどうかということはありますが、マニフェストの中できちっと数字で目標数を設定したことは評価していいのではないでしょうか。目標として、医師数はOECD加盟国の平均まで、医療費対GDPもOECD加盟国平均という設定をしています。2つ目は現在問題になっている「救急・産科・小児科・外科等の各論の問題に対応する」と言っていること。3つ目は医療従事者の職能拡大と定員増、これは専門的な教育を受けた看護士の業務範囲の拡大のことです。4つ目は、私ども社会保険病院、厚生年金病院は平成15年以来、自公政権のもとで今後の方向がなかなか決まらなかったわけですが、民主党は「個別に売却する」という方針を改めて、「所有と経営を一体化して新たな独立行政法人を作る」という地域医療推進機構法案を作り、今国会に出ています。会期内に成立するかどうかは流動的ですが、私どもの病院の経営形態に関するこの政策については大変感謝しているというか評価しているわけで、ぜひ方針どおり進めて頂きたいと考えています。

そして、連立政権を組んだときに社民党・国民新党との間で政策合意された医療政策は、「2200億円抑制政策の廃止」「後期高齢者医療制度を廃止し、医療制度に対する国民の信頼を高め、国民皆保険を守る。廃止に伴う国民健康保険の負担増は国が支援する」「医療費の先進国並みの確保を目指す」、この3点です。

民主党の医療政策実現への課題

一方、民主党の医療政策を実現していくためにはどのような課題があるか、少し整理しました。まず、医療費の総額抑制政策の見直しについてです。選挙直後、民主党の国会議員の方が講師を務めた勉強会を開いたときには、私もいくつかに顔を出して勉強させていただきまして「入院基本料を1~2割上げて、医療費の総額抑制政策を見直します。病院医療が崩壊にならないような形で考えていきます」ということをお話しいただいていたのですが、財務省が最近「プラス改定などありえない」と言っているのを聞くと、大丈夫かと心配になってきました。1つの課題としては、長期的な財源の見通しについて、まったく触れられていないことがあると思います。選挙前も、民主党の議員が勉強会に来られたときに、私が「財源はどうするんですか」と質問したところ、「埋蔵金が余るほどあるよ」という答えが返ってきたのですが、埋蔵金は長期的な財源ではありません。医療崩壊を食い止める策を考える上では、長期的な財源について考える必要があるわけですが、鳩山政権では今、少なくとも4年間は消費税を上げないと言っており、それで今後どうなるのかということが最大の心配事です。

2点目は、後期高齢者医療制度の廃止です。5年も6年もかけて、自公政権のもとでやっとたどりついた後期高齢者医療制度は、実施後かなり現場で受け入れられて、定着しつつあると思うのですが、それを廃止する場合は、廃止後の具体的な制度設計と工程表が必要になります。現在はこのための有識者会議検討会がスタートしたところですが、大臣の側も「3年から4年先のことだ」と言っていて、4年先といったら次の選挙に入る頃ですから、果たして今の内閣の間にやる気があるのか。言葉は悪いが、少し先送りということなのかとも思います。また、将来の像として描いている地域保険への一元化は、並大抵の課題ではないので、少なくとも1年とか2年では難しいでしょう。言い過ぎになるかもしれませんが、自公政権のもとで作られた後期高齢者医療制度を「けしからん廃止だ」と言ったものの、その代わりの制度設計について具体策を示さないまま、今のような形になっているのではないかと思います。

3点目は、中医協改革の具体的な中身は何なのかということです。実は日本歯科医師会の汚職問題が契機で、中医協改革はかなり進められてきていました。民主党政権のもとで、過去の中医協改革の経緯をきちんと検証したかどうかは定かではありませんが、この中医協改革は何のためにやろうとしているのかが、さっぱり分かりません。私なりの理解でいくと、中央社会医療保険協議会というのは、保険者と診療側が基本的なルールを話し合って、そしてそこに客観的な立場から公益側の委員が入って着地点を探るという、つまり当事者同士が話し合って日本の社会保険医療体制をどうするか決める場所であると思うのです。そこから日本医師会を外すような形の人選が本当にいいのかどうか。この中医協改革の具体的な中身は何なのか、今後も見守っていく必要があると考えています。

4点目は医師養成数1.5倍という公約で、これは本当に妥当性があるのか、そして実現可能性はあるのかということです。医科大学の関係者の先生方に聞くと、現在の80大学体制で進めるとすれば、すでに各大学は100人とか120人を養成しているので、一体どうやって1.5倍にするのかと心配していて、「つい最近文部科学省から、地域枠で3~5人増やしてくれと言われたが、予算は1円もつかない」ということでした。これについてもどのように道筋をつけていくのかが、1つの課題になると思います。

5点目は先ほどから申し上げている、医療政策の決定プロセスヘの患者・市民の参画について一言も触れられていないことです。

6点目は、今も特に公的医療機関重視の視点が強いのではないかということです。救急にしろ産科にしろ小児科にしろ、日本の医療機関の7割近くは民間医療機関が担っていることを考えると、公的医療機関だけではなく民間を配慮する視点も必要ではないかと思います。

7点目は、自公政権時代の医療政策決定プロセスが今後どのように変わっていくかということです。

問うべき、3つの重要課題

このような現状の中、早急に問うべき3つの重要課題を整理してみました。まずは「医療費の総額抑制策の転換と、負担と給付の関係について選択肢を示して国民に問う」ということが、一番大きな課題ではないかと思います。私は製薬協からいろいろご支援をいただきながら、いくつかの患者団体と勉強会を開いていますが、最近は「政権与党がこういうふうにしますと言ってくれれば、負担増を受け入れてもいい」という意見を出す患者団体が、少しずつ増えてきています。こういう動きは大事にしなければいけないと思います。総額抑制策を見直すときには負担と給付の関係について、医療を利用する側も含めて、どういう選択肢があるかということを、政権与党が問うていくことが一番の課題ではないかと思います。

それから医師養成数1.5倍という話は、数を増やすだけでは解決しないと思います。地域的な偏在や診療科間の偏在を是正する仕組みをどのように導入していくかということと、臓器別の専門医の養成だけではなく、総合医の養成についてどのような制度設計をしていくかということ、これらが2番目に重要な課題になると思います。

3番目は、医療政策の決定プロセスに、患者・市民も含めて多様なステークホルダーが参画していくことです。他にも様々な課題はありますが、私の意見で3つだけ重要課題を選ぶとこのような形になります。


医療費の総額抑制策の見直し

これらの課題解決の参考になるのが、イギリスの最近の医療政策ではないかと思います。イギリスのサッチャー政権は、小泉内閣と相通じる医療費の総額抑制政策や医師数の削減などを進めてきましたが、そのサッチャー政権によってイギリスのナショナルサービスが疲弊し、プレア政権に移行してからは医療政策の大転換が行われました。採用した政策は、大規模な財源投入などです。水野先生が常々おっしゃっているように、我が国もこのイギリスの経験を参考にして、少なくともこれからの医療政策のグランドデザイン、「10年後にはこうする」という見通しをきちっと打ち出していくべきだと思います。

また、ブレア政権のもとでの医療制度改革には、患者団体が非常に大きな役割を果たしています。サッチャー政権のもとで医療費の総額抑制政策が行われた際、最初に被害を被ったのは長期に医療を利用する人たちでした。それで、慢性疾患や長期療養患者の団体が学会と一緒になって立ち上がり、「ロングタームメディカルコンディションズアライアンス」という場で患者団体を作って、ナショナルヘルスサービスに働きかけていく動きがあったわけです。そういうことを1つの参考にしていくべきじゃないかと思います。

医師数の地域的偏在、診療科間の偏在への対応については、今の日本の仕組み、つまり医師として働く地域や診療科の選択がすべて医師の判断に委ねられている国というのは、実は国際的に見て例外だという現状があります。医療は多額の税や保険料が投入されている公的なサービスであるという観点から見ると、医師に100%の選択が委ねられている現状でいいのでしょうか。イギリスにしろフランスにしろドイツにしろ、政策的に偏在を是正する仕組みをいろいろ導入しています。例えばフランスでは医療圏を分割して、医療圏ことに医師・診療科の数を決めており、成績が悪いとパリで心臓外科をしたくてもできず、ずっと田舎のほうでやるならOKという仕組みになっています。卒業後の試験の成績で、1番から7000番まで順位がつくわけです。そこまで極端ではなくても、日本でも地域的偏在、診療科間の偏在を是正するシステムの導入について、少なくとも議論を開始することが必要じゃないでしょうか。そうしないと、いくら数を1.5倍に増やしたとしても、なかなか問題は解決しないのではないかと思います。

もう1つは、臓器別の専門医だけではなく総合医の養成システムの確立が必要だということで、これは今水野先生と国保中央会の勉強会で一緒にやらせていただいています。

いま一番重要な検討課題は何か
繰り返しになりますが、今までの話を整理すると(資料1)、医療政策の基本理念の再確認と具体的な制度設計が必要であり、皆保険制度を基盤とした助け合いの仕組みを維持することを目指していくべきである。そして患者・市民が参画した国民的な議論を行う必要がある。このような課題を考えていく上でも、医療基本法というような、医療政策の基本についての法律が必要ではないかと思います。日本には教育基本法や環境基本法など「基本法」という法律が十数本あるはずです。しかし、医療については、医師法、健康保険法など70ほどの法律がありますが、基本法はないんです。政権が変わっても医療政策の基本は変わらない、また医療政策の方向を政争の具ではない形で決めるためにも、医療基本法という法律が必要ではないかと思います。

実はかつて、医療基本法は国会に提案されたことがあります。厚生大臣と武見医師会長が、保険医総辞退という事態収拾のための会談をもったときに、医療基本法という法律を出そうということになり、国会には出たのですが審議されないまま廃案になりました。そのときは与党の出した医療基本法の他、当時の社会党も医療基本法を出しており、今見ても社会党が出した医療基本法のほうがずっと立派です。このように過去に医療基本法を出した歴史があるわけですから、現在の時点で何を医療基本法の中に盛り込むべきかということを検証し、我が国に今必要な医療基本法の制定を検討すべきではないでしょうか。

以上の観点から私は、患者会と政策立案者である厚生労働省に対して、このような形で提言したいと思います。まず患者会に対しては、自分の疾患についての勉強会や働きかけは個別の患者団体として十分やっていただくにしても、横断的に日本の医療政策をどうしていくかという勉強をし、連携をとっていくことが必要ではないか。そして政策形成のために、学者や厚生労働省の政策立案者など外部の協力者と連携すればどうでしょうかということです。

行政に対しては、例えば平成18年度の医療制度改革では経済財政諮問会議や社会保障審議会の医療部会など、いろいろなところで議論が行われましたが、「この医療制度改革はどういう観点から行い、将来はどういう方向を見据え、その第一歩としてどういうことをやるか」という、全体を議論する場所がないわけです。そういうことから、医療関係3審議会の上部組織として「医療制度基本問題審議会(仮称)」を作り、ここには患者・市民なども入って多様なステークホルダーの合意形成の場とし、我が国の医療政策の基本方向をきちっと示していくことが必要ではないか、という提言をします(資料2)。

医療基本法の中には、例えばどういうことを書けばいいのか。これは項目だけを整理した資料です(資料3)。今は格差社会の中で保険料を納めることすら難しくなっている人たちがいて、国民皆保険制度を維持していく上でその辺りのことをどう考えるかという新しい問題もありますが、各法だけではなく、医療基本法というものについて議論を深めていくことも必要ではないかと思います。私どもは医療基本法に関する勉強会をやっていますので、今の民主党政権に対しても、いろいろ働きかけをしていく必要があると思っています。

以上駆け足でしたが、佐々木教授の話を受け、政権交代と政策転換について医療の分野でどう考えていけばいいのか、話をさせていただきました。こ清聴ありがとうございました。

 

【資料1】 いま一番重要な検討課題は何か

・わが国の医療政策の基本理念の再確認と具体的な制度設計

・皆保険制度を基盤とした国民の助け合いの仕組みを重視した制度かアメリカのような自己責任の国を目指すのか

・患者、市民が参加した国民的な議論

・患者団体に共通の問題は何か

・医療基本法の制定が必要

 

【資料2】 患者の声を医療政策決定プロセスに反映させるための行政への提言

1.医療制度基本問題審議会(仮称)の設置

医療関係3審議会の上部組織として、負担と給付のあり方をぱじめ医療政策の基本方向を、医療提供者や保険者のみでなく、患者・市民の代表も参加して議論

2.審議会委員の人選、任命について患者・市民代表参加のルールの確立

3.パブリックコメントの実施方法の改善

・医療制度改革全体に対するコメントの実施

・意見の違いを概観できるパブリックコメントの実施

4.審議会の運営方法の改善

・患者・市民の声を把握するプラニング

・インターネットによる審議会の公開

 

【資料3】 医療基本法のイメージ

医療基本法の内容

・生存権(憲法25条)の具現化としての医療基本法の位置づけ

・医療の基本理念

・国民皆保険制度の維持

・国の責務

・給付と負担に関する基本方向

・医師の適正配置についての規定

・地方自治体の責務

・医療制度基本問題審議会の設置

・政策決定プロセスヘの患者・市民参加の法定化