ドラッカーの聴診器



ドラッカーの聴診器 
~医療にも体系的なマネジメントを~ 
使命から成果へ ~目的を達成するためにマーケティング~【3】 
東日本税理士法人 中小企業診断士 星多絵子 

①前回のおさらい 
~非営利組織には使命が求められる~ 
非営利組織である病院には、使命に基づいた経営が求められる。使命とは「患者を安心させること」だ。使命を遂行するためには、マネジメントで減らせる赤字はできるだけ減らし、経営を安定させることが必要となる。 
今回は、使命を遂行させるために必要なことを述べる。 

②使命遂行=目的達成のためには 
病院が使命を果たし、目的を達成するためには、戦略が必要だ。戦略によって、使命・目的・計画といった観念的・抽象的なものが、行動・仕事という個別的・具体的なものに昇華される。病院経営を安定させるには、戦略は中長期的な視点で練るべきだ。患者を安心させる使命を果たそうとする場合、どのような医療を、どのような症状の患者に提供すべきなのか。病院と患者のミスマッチを防ぐためにも、戦略を練る際にはマーケティングが必要である。 

③病院のマーケティングとは 
非営利組織である病院のマーケティングは、一般企業のものとは異なる。この点について、ドラッカーは「目に見えないものを売るという点でビジネスのそれとは全く異なる」(「非営利組繊の経営」ダイヤモンド社)と記し、「顧客にとって価値あるものとなるものとなる何かを売るのである」と続けている。 
病院経営において「顧客」とは患者であり、「価値あるもの」とは患者が納得できる医療を意味する。「この病院に行って良かった」と思えるような医療を提供することが大切だ。そのためには、患者のニーズを探ることが求められる。 
一昔前までは、良い医療を提供していれば、医療機関に患者が集まった。しかし従来と比べて、①患者の権利意識が高まり、②インターネソトなどを参考にして病院を選択する傾向が強まっている。この2点を考えると、病院は従来のプロダクトアウト志向、すなわち、病院側の都合(論理、思想、感性、思い入れ、技術)を優先するやり方からは、脱却する時期を迎えている。 
ドラッカーは次のように説く。 
「彼らの価値観に耳を傾け、彼らが何を求めているかを埋解できなければならない。(中略)相手の人たちに対し、組繊や、そのトップの考えやエゴを押しつけることがあってはならない」(「非営利組織の経営」同社) 
「彼ら」とは顧客や寄付者のことだが、病院にとっては患者に置き換えて読むこともできる。 

④プロダクトアウト志向の病院実例 
しかし現実には、病院はプロダクトアウト志向からなかなか抜け出せないようだ。私は多くの病院に足を運んでいるが、「良い医療を手掛ければ患者が集まり、収益が良くなる」という信仰を抱いている医療関係者は少なくない。 
公立C病院は100床を超える一般急性期病院だ。もともと赤字が累積していたが、放射線治療機器のために約8億円を投じ、不良債務が13億円以上に膨れあがった。機器を設置しても患者数が急激に増えることもなく、投下資本を回収できる見通しは立たなかった。 
高額な放射線治療機器を導入することは、果たして地域のニーズに合っていたのか。C病院から経営診断を依頼され、当該医療圏の受療率を調べてみた。疾患別患者割合を高い順に見ると、循環器疾患18%、呼吸器疾患15%、筋骨格系および結合組織の疾患10%という状況だった。内科や整形外科領域の医療ニーズが高い地域だと判断すべきだろう。放射線治療と関連が深い悪性新生物(がん)の患者割合は5%にとどまり、上位3疾病と比べるとニーズは明らかに低かった。 
私はデータの確かさを検証しようと現地に入った。C病院だけでなく、そこから歩いていける複数の病院にも足を運んだ。ほかの循環器専門病院や整形外科専門病院では、待合室に患者があふれ、座る場所を探すのが人変だった。ところがC病院の中に入ると、院内は閑散として、患者より医療者の数が多いような状態だった。診察を終えた患者は、医師の冷たい態度のためか不安げな表情を見せていた。病院は3階建てだったが、2階と3階は使われていなかった。 
病院間にこれほどの差か生じているとは、事前に予測していなかった。C病院は、完全に患者ニーズを読み誤っていたのだ。がん患者は交通の便が良い隣市の大学病院に流れていた。患者ニーズだけではなく、診療圏内における競合病院の状況もー分に認識していなかった。 
私がかかわったのは経営診断だけで、改善提案を依頼されることはなかった。経営に仮定の話をあまり持ち込むべきではないだろうが、もし私がコンサルティングを担っていたならば、購入した放射線治療機器を最大限に活用するため、2次医療圏外の医療機関との連携を勧めただろう。機器を当該医療圏外にもアピールするような積極性がなければ、経営立て直しは不可能に近い。マーケティングをきちんと行わず、見切り発車をしたため、医療を町おこしに使うというウルトラC級の大技を持ち出さなければならないような状況だった。 
機器導入に多額の費用を投じる前に、適切なマーケティングを手掛け、▽機器が地元の患者ニーズに合うか▽投下資本は何年で回収できるか▽当院の強みは何かーを検討していれば、C病院の惨状は避けることができたはずだ。 
⑤まとめ 
患者を安心させる使命を遂行するためには、戦略が重要だ。戦略策定にはマーケティンクが重要な役割を担う。患者ニーズを的確に把握することが、より良い病院経営につながっていく。 
次回以降、非営利組織の特殊な成果の実現について述べる。 

〈Profile〉 星 多絵子 
1996年帝京大法学部卒。医療機関の医療事務や内部監査、一般企業の経理などを経験し、2007年に東日本税理士法人へ。現在は医療機関へのコンサルタント業務に当たる。