明日へのカルテ:第2部・医療格差をなくすには データ生かし死者減



明日へのカルテ:第2部・医療格差をなくすには データ生かし死者減 
2010.10.16毎日新聞  
  

 医療の質のばらつきや格差を明らかにし、是正していく取り組みは、欧米では既に一般的だ。今回、国内で初めて算出された「標準化病院死亡比(HSMR)」も利用が進んでおり、実際に患者死亡率の低下につなげた病院がいくつもある。日本でも同様の取り組みを広げていくには、どうしたらいいのか。 

 ◆診療の質、改善図る欧米 

 ◇英の2病院、4年間で905人 

 HSMRが開発された英国では、公立病院などの診療の質の管理に利用されている。開発者の一人で、元英国医師会長のブライアン・ジャーマン英ロンドン大名誉教授などによると、各病院のデータは毎月、英インペリアル・カレッジに集められて分析され、公開もされている。 

 数値が異常に高いとみられる病院には、カレッジが警告を出す。警告は同時に、法律に基づいて医療や福祉の質を規制する独立組織「ケアの質委員会」に通知される。 

 効果は既に上がっている。英中部のウォルソール病院は、00年のHSMRが130だった。死者数は年間1080人で、平均的な病院より250人多いと推計された。これを受け病院は、心臓病や呼吸器病、がんなど7診療グループでそれぞれ改善を図った。その結果、04年のHSMRは93に下がり、死者を年295人減らせたと推定された。 

 また、01年のHSMRが95だった、英中部の聖ルカ病院など2病院。さらに向上を目指し、院内に死亡率低減チームを設け、院内感染予防や誤投薬防止などに努めた。05年には78に低下し、02~05年の4年間で死者を905人減らせたと推計されたという。 

 カナダでも、政府と地方自治体が共同で設立した非営利の独立組織「カナダ保健医療情報研究機関」が、90余りの病院について04年以降のHSMRを調査。毎年の値を病院の実名とともにインターネットで公開している。この機関は、保健医療情報を収集・分析し、公開するのが仕事だ。 

 HSMR導入後、07年までの3年間に、カナダ全体のHSMRは約6ポイント下がったという。機関は「HSMRは医療を改善する機会を与え、変革を動機づけし、進歩の跡を示す」と指摘する。 

 日本では、今回の算出を継続的な取り組みにつなげることができるのか。今回はジャーマン名誉教授と研究班の協力で、各病院の負担はなかったが、本来は費用がかかる。算出に携わった上原鳴夫・東北大医学部教授は「改善の効果を『見える化』し、異常を早めに察知し対処する仕組み作りのため、日本でもHSMRが普及してほしい」と話し、予算と態勢づくりに行政の支援を期待する。 

 ◆分析ノウハウ探る日本 

 ◇検査見直し黒字例も 

 日本では、HSMR算出に使われた「DPC(包括払い)データ」を活用し、医療の質や経営を改善する試みも始まっている。DPCデータには、退院または病棟を移った入院患者全員について、いつ、どんな治療を実施したかなどの詳細情報が含まれる。厚生労働省は全国の病院別データを公表しており、これを分析することで他病院や全国平均と診療プロセスを細かく比較することが可能だ。 

 「こんなに差があるのか……」。昨年6月、愛知県の小牧市民病院で開かれた「東海自治体病院DPC勉強会(ToCoM)」の初会合で、参加者から驚きの声が上がった。胆のう摘出手術後、感染症を防ぐため注射する抗生剤について、1症例当たりの平均使用額をDPCデータから比べたところ、病院間で約300円から約1万1000円まで大きな開きがあったためだ。 

 ToCoMには、愛知、岐阜、三重3県の県立や市立の21病院が参加。年2回程度、各病院の診療情報管理士らが集まり、DPCデータを交換して検査や投薬の状況を比較している。初会合で高額な抗生剤使用が明らかになった病院は、その後半年で使用額を半減させたという。 

 松阪市民病院(三重県)は08年度にDPCを導入し、ToCoMで得た情報も参考にしながら手術前検査などの効率化を徹底した結果、09年度決算で平成に入って初の黒字を達成した。ToCoMの代表世話人でもある同病院の世古口務・総合企画室副室長は「各病院は最高の医療を提供していると思い込みがちだが、実態は違うということをDPCデータは客観的に示してくれる。診療の効率化は在院日数が短縮するなど、患者にとってもメリットが大きい。DPCデータはまさに『宝の山』だ」と話す。 

 ただ、こうした取り組みは一部にとどまっている。国のDPCデータ調査研究班の代表者、伏見清秀・東京医科歯科大教授は「データの分析や活用のノウハウが、まだ浸透していない」と指摘する。厚労省は03年度にDPC制度を導入したが、公表データの扱いは病院任せで、データを管理・分析する統一的なシステムも構築していない。 

 診療情報を適切に管理・分析し、臨床現場にフィードバックできる人材の育成も大きな課題だ。伏見教授は「日本の病院は経営感覚にたけたスタッフが欧米に比べ少ない。臨床の担当者も医療の質の評価や効率化にもっと目を向けるべきだ」と訴える。 



 ◇病院が提出するDPCデータの主な情報 

 ■診療録(カルテ)情報 

 ▽患者の識別番号・性別・生年月日 

 ▽治験の有無 

 ▽入・退院日 

 ▽入院経路 

 ▽退院先 

 ▽入院後24時間以内の死亡の有無 

 ▽傷病名 

 ▽手術の名称・実施日・回数 

 ▽麻酔の種類 

 ▽妊娠の有無 

 ▽がんのステージ(病期) 

 ▽化学療法の有無 

 ■診療報酬明細書(レセプト)情報 

 ▽診療行為の名称・実施日・回数 

 ▽使用薬剤の種類・量・価格 

 ▽医師識別番号、病棟識別番号 

 ※患者名は匿名