生命支える看護の力 日本赤十字九州国際看護大学長 喜多悦子さん



いま ひと FUKUOKA)日本赤十字九州国際看護大学長・喜多悦子さん/福岡県 
2010.10.10朝日新聞  
  
生命支える看護の力 きたえつこ(71歳) 

宗像市にある日本赤十字九州国際看護大学は、日本赤十字学園が2001年、九州で初めて開設した看護大学だ。全国で4校目だが、名称に「国際」がついたのも初めてだった。 

 看護の単科大学に招かれ、医師の自分がうまくいくだろうかと、初めはためらった。 
「医師は看護のことをわかってくれない、わかろうともしないと、看護師側に拒否感がある」と知っていたからだ。 

 しかし、国際保健の専門家として海外で活動してきた。「(日赤幹部に)『国際』を教えてくれたらええんですよと言われて、そう言われたらそうやなあ」と引き受けた。 

 もとは小児科医。母子の健康と、血液や尿の検査を専門に大学卒業後の約20年は臨床医を務めた。 
次の20年は海外に出て、主に紛争地で国際保健活動に携わった。 

 アフガニスタンの難民がひしめくパキスタンのペシャワルに赴任したのは1988年秋。
ミサイル弾が落ち、戦闘機が不時着し、道路で自分の1台前の車が爆破された。 
ソ連軍が撤退を始めた89年12月の夜、カブールで国連の無線施設に四輪駆動車で向かう途中、突然、強い光に照らされ、停車させられた。 

 「よく見ると戦車に囲まれ、砲身の先が向けられていた。歯がカチカチなった。あの時が一番怖かった」 

 東京に帰り、米国留学を経て97~99年、ジュネーブの世界保健機関(WHO)本部に移ると、アジア、アフリカの紛争地を飛び回った。 

 九州国際看護大は、国際救援活動として、2004年のスマトラ島沖地震・津波被災地に教職員の派遣を続け、看護教育用にインドネシア語の教科書も作った。学生たちも毎年夏、海外研修に出る。 

 昨年、97歳で母を亡くした。医療には、看護が主体になってうまくやれるものがあると改めて感じた。 

 「食べられなくなると医師は(流動食の)管を入れる。看護師は時間をかけて口から食べさせる。生命を心地よく支えるには、看護の力が大きい。高齢化社会でますます重要になっている」 

 看護大は看護師と助産師、保健師を養成する。病院で働く人の養成が主流だ。 

 「地域医療に看護師がもっと入るべきだ。企業や学校にポジションをつくるようにして、高齢者の多い地域で働く人を増やしたい」 

 キャンパスに、筑豊の炭鉱経営者、上田米蔵氏の胸像が立つ。昨年夏、福岡市の福岡赤十字病院の敷地から移した。大学の前身、福岡赤十字高等看護学院(後に福岡赤十字看護専門学校と改称)の開設資金を寄贈した篤志家だ。 

 上田翁の墓参のとき、田川市の石炭歴史・博物館に寄った。女性が上半身裸で地底で働く姿、坑内でのお産を知った後、近くで山頭火の句碑を見てはっとした。 

 廃坑 若葉してゐるは アカシア 

 「博物館で災害記録を見て、重苦しい気持ちになっていた。そこにこそ、何か将来を感じないといかんのだなあと思いました」 

 宗像市の沖ノ島が、世界遺産の候補になり、登録をめざす推進会議の委員も務める。「宗像大社は、なぜ三女神をまつり、交通の神様なのか。地元の文化と歴史を、学生たちと一緒に調べてみたい」 

 (八板俊輔) 

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 兵庫県宝塚市生まれ。1965年、奈良県立医科大卒。国立大阪病院技官、同医科大助教授、ユニセフ・アフガン事務所保健栄養部長、国立国際医療センター派遣協力課長、WHO緊急支援課長などを経て、日本赤十字九州国際看護大教授、05年から同学長。