新上野原市立病院:産科開設に市長意欲 理事長・院長は難色 毎日新聞



新上野原市立病院:産科開設に市長意欲 理事長・院長は難色 毎日新聞10・6 
  
12年春に開院予定の上野原市の新市立病院に産科を開設するかどうかを話し合う「市立病院管理運営協議会」(会長・江口英雄市長)が5日、市役所で非公開で開かれた。 
終了後に会見した江口市長は「産科開設は公約。開院時に開始できなくても30~50年先を考えれば産科スペースがあるのが望ましい」と述べ、年内までに作成する新病院の実施設計に産科を盛り込む方針を表明した。 

 会議は、江口市長ら市幹部4人と、病院側から両角敦郎院長▽病院を運営する公益社団法人・地域医療振興協会の吉新通康理事長ら3人が出席した。 

 会見で江口市長は「住民アンケートや地区説明会では産科を望む声が強い」と説明した。

 一方、吉新理事長は「現在の常勤医師は9人だが、産科開設には最低3人交代で必要になる」と医師確保に懸念を表明。 
両角院長は「医師不足は現実として立ちふさがっている」と、産科開設への難しさを語った。 

 市側と病院側は今後も話し合いを続け、一致点を探る。毎日新聞の取材に両角院長は「市民の税金を無駄にしてよいのか。(産科スペースを作れば)赤字が出る」と話した。 

 新病院の産科開設を巡っては、09年2月の市長選で初当選した江口市長が公約とし、病院側は「医師確保や採算面で困難」と対立している。市立病院は05年春から産科を休止している。 

 この日の会議は病院側は公開を容認。江口市長は「これまで公開していない」として非公開となった。【福沢光一】 


先駆的な院外助産院 立ち上げ 
2010年01月21日asahi/com 

 さくらんぼ助産院」院長 柏山美佐子さん(54 

かしやま・みさこ 1955年徳島県生まれ。香川県看護専門学校公衆衛生看護助産学科(当時)卒業。倉敷中央病院で5年勤務した後、倉敷市内の開業医のもとに移り妊娠管理の知識、技能などを学ぶ。 
00年から水島協同病院で勤務。さくらんぼ助産院では09年12月までに196人が誕生した。お産に立ち会う魅力を「生まれた時の安心感や、達成感がすぐに返ってくるところ」と話す。 

◆正常なお産なら自信あった/能力磨いて助産師の自立を◆ 
産科医の不足を理由に、お産の取り扱いをやめる病院が相次いでいる。水島協同病院(岡山県倉敷市)もその一つだったが、代わりに06年10月、病院の隣に開いた院外助産院「さくらんぼ助産院」が好評だ。 
医師はいないが、助産師が大黒柱となって赤ちゃんの誕生を助けている。 
設立にたずさわった柏山美佐子・助産院長(54)に、開院までの経緯や、病院との違いなどを聞いた。(上田真美) 


 ――なぜ、院外助産院を開くことになったのですか 

水島協同病院の産科が、医師不足でお産の扱いをやめることになったのが、そもそもの始まりです。2006年7月、岡山大学病院から派遣されていた産婦人科医が大学に戻ることになりました。残る常勤医は1人だけ。お産を扱う余裕がなくなりました。 

この知らせを聞いた妊婦さんたちから、「どこで産めばいいの?」と、不安の声が上がりました。私も住み慣れた地域で、子どもを産める場所を守りたかった。そこで「正常なお産なら、助産院でも子どもを産んでもらうことができる」と病院に提案したのです。その年の10月、私と若い助産師の計2人で開院しました。 


 ――病院との違いは何ですか 

 医師だけに認められている行為が、助産院ではできません。例えば、肥満で陣痛が弱く、お産に時間がかかりそうな妊婦さんがいた場合、医師は陣痛誘発剤で陣痛を強めることができます。 
しかし、この行為は助産師はできません。 
代わりに、正常なお産に向けた準備に力を入れます。 
妊婦さんに食べ物や生活習慣に気をつけてもらい、正常な陣痛が来るような体形、体質になるよう指導しています。病院だとほかの仕事もあるので、その人のお産にだけ集中することがなかなかできませんが、助産院はお産が最大の山場。 
ずっと付き添っていられるので好評です。 


 ――とはいえ、医師がいない環境でお産を扱うことに不安は感じませんでしたか 

私自身は、なかったです。30年以上助産師をやってきて、正常なお産なら扱える自信がありました。 
病院との間できちんとした連携が取れる体制が整えば、将来は自分で助産院を開きたいという思いも、以前からありました。 
でも、病院で働く助産師は、助産院の開設に、当初は強い不安を持っていたようです。 


 ――なぜですか 

それまで、助産師だけでお産を扱ったことがなかったからです。水島協同病院では正常なお産は助産師に任されていましたが、必ず医師がその場に立ち会っていました。しかし医師がいないとなると、緊急時に自分たちだけでどうすればいいのか。判断も責任も自分たちにかかってきます。 
今はお産で問題があったら訴訟を起こされるような時代。このため院外助産院を開くときも「自分たちだけでお産を扱うのはできない」と、助産院に異動を希望する助産師はいませんでした。 


 ――厳しい船出でしたね 

とはいっても、やはり意識も変わっていくんです。最初は月2~5件程度のお産でぼちぼちやっていこうかと思っていたんですが、開院から4カ月後には、月5件を超えることも出てきました。 
2人の職員ではこなしきれなくなり、病院の助産師に応援に来てもらいました。 
そのときに、医師が立ち会わないお産を目の当たりにして「こうすれば助産師だけでもできるんだ」と知ったようです。もともと、出産に携わる助産師という仕事が好きな人たちばかり。 
じきに異動の希望が相次ぐようになりました。今は応援やパートも含め、4人でやっています。 


 ――今後の課題は 

やはり、自立した助産師として能力を向上させることが求められています。医師に言われた通り動いていては、駄目なんです。お産の様子を見て「今は大丈夫だけど、後でどうなるか分からないな」と、自分の頭でその先を見通し、行動する。 
そのためのアンテナを高くしないといけません。 
また、妊婦さんに寄り添いつつ、必要な生活改善を助言し、やる気を高めて「良いお産をしたな」と思ってもらえる技術、話術も求められると思います。 


○助産院○  


 助産師が中心となり、正常なお産の介助や、妊婦らに出産前後の生活指導をする施設。産科医不足で、お産の取り扱いをやめる病院が増える中、代わりに緊急時の対応ができる医療機関の施設内に助産院を設け、医師の負担を軽くする「院内助産院」が注目されている。09年4月1日現在、全国に47カ所。さくらんぼ助産院は、病院の中ではなく、病院の隣の建物に設けた「院外助産院」。日本では初めての試みという。 


☆取材後記☆ 
―医師負担減れば「お産」守られる― 


 助産師だけでも扱えるお産も医師に頼っているという現状に、改めて驚かされた。助産師が本来できる仕事をすることで、医師の負担を軽くすることにもつながる。訴訟のリスクも大きな問題だが、柏山さんの言う「自立した助産師」が増え、お産の場が守られることを願いたい。 


さくらんぼ助産院(岡山県)開設3年/病院から独立して運営 全国から続々研修に2010-01-07 

| 看護師・助産師・保健師の話題産科医不足の中、「地域のお産場所を守ろう」と、倉敷市水島南春日町の「さくらんぼ助産院」が開設して3年余り。 

助産師が病院から独立して運営する全国でも先駆的な院外助産院で、医師と助産師が役割を分担して出産を支援する取り組みに、全国各地から助産師が研修に訪れている。 

かわいい縫いぐるみが置かれ、スローテンポなBGMが聞こえてくる。 
ゆっくりと時間が流れる「さくらんぼ助産院」の畳部屋で、柏山美佐子所長が、陣痛が激しくなってきた妊婦の背中をさする。 
「こうやって、ずっと寄り添って声を掛けます。 
立ったり、座ったり好きなスタイルで産んでもらうんです」医師は常駐していない。常勤2人と非常勤3人の助産師だけで自然分娩(ぶんべん)を担っている。 
同助産院は2006年10月オープン。 
水島協同病院(同所)の産婦人科医が1人に減って、分娩を休止せざるを得なくなったことがきっかけだった。 

同病院で看護師、助産師として働いていた柏山所長が「地域にお産ができる場所を確保したい」と、医師の後押しを受け、同病院の道向かいに開いた。 
研修は通常の業務を見てもらうだけ。 
だが、「助産師だけでここまでできるなんて」「参考にしたい」といった感想を残して帰る人が多いという。 
同助産院スタッフが各地域の助産師会に招かれて講演することもある。