所論諸論/井上智史/病院整備のあるべき姿を考える



所論諸論/井上智史/病院整備のあるべき姿を考える 
2010.10.06 日刊建設工業新聞   
  

 2004年に、一連の行政改革プログラムに基づき、国立病院が独立行政法人化した。ナショナルセンターとハンセン病療養所を除くすべての国立病院、療養所が国立病院機構に移管されたのである。 

 そして翌年、機構より発表された「病院建築標準仕様指針」において、病院整備の際の投資額は診療収入に見合う範囲内とすることが明確化された。 
その目安は、建設コストが1床あたり1500万~2000万円、1平メートルあたり25万~30万円である。これは、病院全体の面積を1床あたり60~80平方メートルとする、ということも意味する。 

 また、公立病院については、総務省が2007年に「公立病院改革ガイドライン」を定め、地方財政健全化の観点から独立採算が原則であるとした。 
そこでは「民間病院並みの水準の整備費」が求められ、具体的には国立病院機構の標準仕様がひとつの目安とされている。 

 バブルの絶頂期には、1平方メートルあたり50~70万円を超えた病院も造られていたことを思うと隔絶の感がある。 

 病院運営上得られる金額の範囲内で施設整備を行うという、至極当たりまえの論理である。 
運営自体も、指定管理者制度や地方独立行政法人化などが導入され、すべての自治体は一斉にコスト縮減に取り組むこととなった。 

 それ以来、設計者選定のプロポーザルではイニシャル・ランニングコスト縮減は常に最重要課題となった。選定の最大の理由が「安く作れそうだったから」というものすらもあったと漏れ聞く。 
また、旧来の整備手法に変わって、PFI、デザインビルドなどの様々な手法が試みられている。 
これもコスト縮減の努力のひとつの表れに違いない。 

 病院の新築直後に経営破綻の危機に陥った例、あるいはPFIで破綻した例などでは、必ず豪華病院批判が起こる。 
病院建築には豪華エントランスなどは不要であるとはいえ、経済効率一点張りでしか評価されないようになってきたのか。 
建築というものは与えられた予算の中で、精いっぱい努力してよいものをつくることが根本原則であると思っていたのだが。 

 一方、日本の病院はグローバルスタンダードからいって十分とは言いがたい。 

 長い間日本の医療施設は、地方債の起債基準面積から1床あたり55平方メートルが標準とされてきた。 
最近はその枠が外れ次第に豊かな面積が確保されるようになり、65~85平方メートルくらいまでの間で設定されることが多くなってきた。 

 医療制度が異なるので同一に議論することはできないとはいうものの、欧米では1床あたり床面積は概ね100平方メートルを超え、120~150平方メートルに達するものが数多くある。 

 最近、中国の病院の設計を行う機会を得た。彼の地では病棟のスパンは概ね7・2~7・8メートルが標準であるとされるが、それでもまだ狭いという。 
我々も8メートルを基準として設計を行った。日本ではまだ6メートル、大きいところでも6・4メートルである。面積比では2倍近くにも達する。 

 病室においては、十分なプライバシーの確保とともに、十分な治療空間、ベッドサイドリハビリのための空間を確保することが重要であると考える。 

 ナイチンゲールは優れた病院設計者でもあり、その考えに基づいて多数の病院が作られた。「病院覚え書」のなかで、「病院は患者に害を与えてはならない」とし、一番大切なのは、「新鮮な空気」と「自然光」そして「十分な空間」である、と述べている。十分な空間は感染管理上も有効であるが、ナイチンゲールは患者一人当たり約6畳分必要であるとした。これは最新の日本の病室面積と比べても倍である。 

 経済原理のみが幅を利かせる今こそ、もう一度病院のあるべき姿を議論し、それを実現するための社会的なコンセンサスをつくる必要があるのではないだろうか。 

 〈山下設計執行役員プリンシパルアーキテクト〉