ニッポンの医療機器成長産業への壁(上)



ニッポンの医療機器成長産業への壁(上) 
  
「最先端」外国製が席巻・事故リスク避け、後手に 
2010/06/21, 日本経済新聞  

 ニッポンの医療機器(器具)市場は2兆円。過半を海外勢が占め、そのシェアは年々大きくなっている。 
高齢化が進み内需型の成長産業として期待は大きいが、国内勢は得意の「ものづくり」技術を生かしていない。政府が18日に閣議決定した新成長戦略で「健康・医療」を重点分野に位置付けるなか、医療機器を巡る課題を検証する。 
  
国産シェア5% 

5月末、北九州市にある小倉記念病院の手術室。循環器科の横井宏佳診療部長は脳虚血発作に見舞われた男性患者(72)に「すぐにすみますからね」と声をかけ、直径1.7ミリのカテーテル(細管)を手にした。 
カテーテルを右脚の付け根から挿入。症状が進むのを防ぐため、金網状の筒「ステント」を詰まった動脈に入れた。このステントは米ボストン・サイエンティフィック製で、5月に国内で使えるようになったばかりだ。 
約30分後に、横井部長が狭心症患者(女性、72)の治療で使ったステントも外国製。術後に血管が再び狭まらない工夫がされた薬剤溶出型で、米アボット製だ。 
過去10年、心臓病治療は急速に進歩した。開胸しない手術法が広がり、患者の負担が軽い。こうした最新の手術を支える医療器具は外国製。 
ステントの場合、海外勢の国内シェアは95%程度とされる。薬剤溶出型は米4社で独占だ。 
「(薬剤溶出型を)テルモが開発中だが、まだ使えない。海外製の医療器具なしに冠動脈治療は成り立たない」(横井部長) 

 ペースメーカーや人工弁、人工呼吸器……。ステントだけでなく、医療現場で使われる治療用機器の9割が輸入品だ。 
なぜ国産品は太刀打ちできないのか。内視鏡大手のオリンパスメディカルシステムズの森嶌治人社長は「開発から実用化までの過程でリスクが大きいからだ」と指摘する。 
医療機器の実用化には技術開発から臨床試験まで長い時間がかかる。 
大学の医工連携で優れた成果がでても企業は医療事故のリスクを恐れ、製品化をためらいがち。 
また患者の症状が微妙に違い医師の要求に合わせて改良を加える。 
膨大なコストがかかるのも企業の重荷だ。 

 米国は研究開発型ベンチャーを買収して新製品を出すというリスクを回避する仕組みがある。 
日本はベンチャーが少なく「一企業で多くの種類の治療機器を手掛けるのは難しい」(森嶌社長)。 
1980年代の日米貿易摩擦が遠因にあるとの指摘もある。米国は医療機器の市場開放を強く求めた。 
東京女子医科大学の上塚芳郎教授は「いわゆる外圧が政府レベルで黙認され、国産品の競争力をそいだ」と分析する。 
  
安定供給に不安 

先端医療を支える機器を海外勢に頼ると不利益を被るのは患者だ。 
昨年、大流行した新型インフルエンザ。当初、医療現場には人工呼吸器が足りなくなると懸念が広がった。 
大半が海外品で、世界中で一気に需要が生まれると輸入品が入らなくなるからだ。 
日本医療機器販売業協会の調査(5月)によると、こうした安定供給に支障が出る恐れのある医療機器は78品目にも及ぶ。 
 医療費の負担にもつながる。医療機器の内外価格差は2~3倍になるとの報告もある。 
最先端機器の利用が欧米より遅れる「デバイスラグ」。原因には審査に時間がかかるなど規制面もあるが、国内勢の競争力が脆弱(ぜいじゃく)な点も見逃せない。 
国や企業は医療機器を巡る現実を見据えて戦略を練り直さないと「医療機器を成長産業に」は単なるかけ声に終わる。 




ニッポンの医療機器成長産業への壁(中) 
  
長すぎる審査期間 承認、米から19ヵ月遅れ 
2010/06/28, 日本経済新聞  

 4月中旬、心臓病治療の権威、国立循環器病研究センターの北村惣一郎名誉総長が東京・霞が関の厚生労働省5階「審査管理課」を訪れた。 
「心臓病患者は一刻をも争う。とにかく早く、新型の人工心臓を承認してほしい」。この訴えに担当者は「努力はします」。 

 体内に埋め込む補助人工心臓は、重症の心不全や拡張型心筋症で心臓移植を待つ患者が命をつなぐのに欠かせない医療機器。 
国内メーカー2社が小型の人工心臓を開発し、昨年、承認申請をしたが、まだ審査中で、見通しすらたたない。 

 しびれをきらした医師や患者、その家族らは早期承認を求める要望書を7月にも厚労省に提出する。署名はすでに約6万人。もちろん「北村惣一郎」の名前もある。 
  

審査官増員も… 

 海外では使える医療機器が国内で使えずに最先端の治療が受けられなくなる「デバイス・ラグ(遅れ)」。主因は審査期間の長さだ。 
平均2年弱と米国に比べて約7カ月も余分にかかる。臨床試験(治験)などの開発期間も合わせると、その差は19カ月にもなる。 

 メーカー側からは「海外企業でも膨大な申請資料は日本語で、言葉の壁がある」とため息が漏れる。 
厚労省は「不慣れな企業では書類の不備が多く審査が遅れる一因」と受け止める。 
それぞれの思いは食い違い、審査期間だけが延びていく。 

 それでも厚労省は医薬品医療機器総合機構(PMDA)で医療機器を担当する審査官の数を2013年までに104人と08年の3倍に拡充、審査期間を米国と同水準にする計画だ。 
米食品医薬品局(FDA)とも協力、新しい医療機器の承認審査を日米同時に進める仕組みも導入した。 
第1弾として動脈硬化症を治療する医療機器に適用する。 
PMDAの重藤和弘審議役は「審査によるラグはすでに解消されつつある」と強調する。 

 ただ審査官の数を100人強にしても、まだFDAの10分の1の水準。増員分は主に大学を出たばかりの新人。 
「専門知識に欠け、なにも決められない。むしろ時間がかかる」(医療ベンチャー幹部)との批判もある。 
  

申請控える動き 

 さらに「ラグ」よりも深刻な「デバイス・ギャップ(隔たり)」という問題も浮上してきた。海外メーカーが日本での承認申請を控える動きだ。 

 「(最新機器が入ってこず)患者にとってベストの治療がなかなかできない」。 
約10年間、米国で脳外科医として活躍したNTT東日本関東病院の森田明夫脳神経外科部長はこう嘆く。 

 難聴やめまい、しびれといった症状に見舞われる神経系の難病、神経線維腫症II型。海外では脳幹に電極を埋め込み聴覚を元に戻す「脳幹聴覚インプラント」を使った治療が一般的だ。 
オーストラリアのコクレア社が製造・販売するが、日本では承認申請していない。 

 米国医療機器・IVD工業会(AMDD)の08年調査では、米国で使える製品のうち、36%は日本で承認申請の予定がなかった。 
最大の理由は「規制関連コストが高い」(回答の28%)。「承認の遅さや高い治験費、医師への指導など管理コストがかかり、事業採算性が低い」(米医療機器大手の日本法人幹部) 

 世界の医療機器市場で日本のシェアは年々低下。00年には15%だったが05年には10%になった。 

 医療機器センター医療機器産業研究所の中野壮陛主任研究員は「海外企業は今後、魅力のある中国市場などを優先する」と指摘する。 
日本で最先端治療を守るには、医療機器の審査・開発体制を抜本的に改革できるかが問われている。