国保成東病院 独法化してさんむ医療センター誕生




国保成東病院 独法化してさんむ医療センター誕生 
千葉県にある国保成東病院が完全に独立行政法人となって「さんむ医療センター」に移行した。院長を初めとするドクターはほぼ残り、新たに内科、外科も増員されたそうで、まずは順調な滑り出しという感じです。 
坂本理事長兼病院長のインタビューがキャリアブレインに出ておりましたが、興味深く読ませていただきました。良い記事です、本当に。(DoctorKuju2010/05/13) 


成東病院というと4年前に内科医9名が一斉に退職してしまい、医療崩壊の象徴的事件として記憶されています。内科の先生方の苦悩も良くわかります。とにかく身も心も疲れた、ということでしょう。しかし、忘れてならないのは「引き金を引いたのは隣の県立東金病院だった」ことについて、当時の堂本知事が口止めしていたという。その後も東金病院は機能低下のままで、病床も60床と往時の3分の1のまま、あまり地域医療を支える状況ではない。 

前知事は口止めしたうえ、そのまま金も口も出さずに地域医療の実態調査をしただけで、人を集めようともせずに辞めていった。森田知事も今のところ医療には関心がなさそうで、アクアラインの通行料と千葉のポテンシャルアップの関係を調査するはずだが、最近、声を聞かなくなりましたね。そろそろアクアライン値下げの評価をしてもいいのではないかと思います。そして次の大きな目玉を考えてもらいたいところですが、何をやるおつもりなのでしょうか?・・・でも医療に関して、千葉県は相も変わらず「無策」で、医療に責任をもつ地元が頑張っているのが長生、山武ということでしょう。この県の体質は、県の医療政策の重要ポストにキーマンがいないせいでしょう。 



病院は今後、採算を無視できるような時代ではないので、収益性アップは自治体病院でも要求されるし、独法化すればなおさらで、倒産もあり得る。医療は人口が多ければ、私立病院でも大丈夫。しかし、過疎、あるいは過疎傾向の地域(微妙な言い方ですけど)、あるいは周辺に医療施設があって患者が流出する地域などでは採算性は悪くなる。一方で、坂本院長がおっしゃっているように、独法化して経営が軌道に乗れば、自治体病院と違って議会などの足かせがないため、金の使い方などダイナミックに経営できるので経営者には面白いはず。坂本院長もなんとなく生き生きしている感じです。今後の発展に期待しております。 



残念なことにこの地域では長生病院の内科が復活しつつあったのに、4月になってまた半減してしまうなど、医療崩壊から脱却できずにいる。さんむ医療センターがうまく資金を運転して医師を手厚くもてなすことで専門医を獲得していければ、この地域で一人勝ちになるかもしれません。 

しかし、心配な点としては記事の最後にも触れられているように、以前から互いに突っ張りあっている山武市長と東金市長はお互いの病院計画を協調させるつもりなど微塵もなさそうなこと。東金市長は4年後ぐらいに開院を目指す東金市と九十九里町で計画している九十九里医療センターが選挙公約である。しかし、この新病院とさんむ医療センターとの関係がまた微妙で、ともに張りあえば、患者の奪い合いでお互い不採算となって共倒れになっちゃうかもしれない。もともと人口20万しかありませんからね。他地域からの患者を吸い上げる事が出来るかどうかですが、圏央道などができると、成田、君津などへ逆に吸い取られるかもしれません。両者ともに経営の前途は決して明るくはないような悪寒。 



【千葉】医療再生の序章―地域医療を街づくりへ 

キャリアブレイン 2010/5/3 

https://www.cabrain.net/news/article.do?newsId=27444 



 今年4月、全国初の新設型の地方独立行政法人(地方独法)さんむ医療センターが誕生した。これにより、千葉県北東部の4市町が運営し、57年間にわたって地域医療を支えた組合立国保成東病院は解散。山武市単独の独法として新たなスタートを切った。同病院で14年間にわたって病院長を務めた坂本昭雄氏は、同センターの理事長兼病院長として経営責任を負う。坂本理事長は「病院は街づくりの中心になる」が持論。「ゆりかごから墓場まで」の地域包括ケアを強く推進する。非公務員型となった医療センターをどのように変革していくのか。陣頭指揮に当たる坂本理事長に話を聞いた。 



―地方独法として新たなスタートを切って1か月が過ぎましたが、職員や患者の反応はいかがですか。 

 開設前は職員が戸惑うのではないかと心配でしたが、ふたを開けてみると、みんな明るく元気に働いています。わたしは、「頑張った人が報われる職場にする」とお約束しましたし、職員の側も頑張る覚悟ができたのではないでしょうか。提供する医療の点からは、外科と内科の医師を2人ずつ増員し、外来も充実したので、患者さんの評判もいいと思います。



―成東病院長の頃よりも経営責任が大きくなり、気持ちの切り替えも大変だと思います。 

 経営責任が非常に重いのは十分承知しています。ただ、実際は夢の方が大きいんですよ。成東病院は4市町が設立した組合立の公立病院だったので、物事を決めるには多くの場合、年2回開かれる組合議会に諮らなければなりませんでした。全くスピード感がないうえ、自分たちがよいと思っても、議会が了承しなければ何もできなかった。しかしこれからは、患者さんや病院にとってよいことは、院内の理事会の即断即決でやれます。わたしは、医療の質と経営の質はパラレルだと思っています。独立採算制となった今、赤字になったからといって自治体側が負担してくれることはありません。逆に言えば、内部留保がたまれば医療の質に投資できる。そのかじ取りをするのが、わたしの役目だと思っています。 



■県立病院の崩壊、当時の県知事が口止め 



―2006年春、成東病院の内科医が全員退職する異例の事態となりました。病院立て直しの転換点となりましたが、当時を振り返ってください。 

 あの出来事は今でも鮮明に覚えています。04年度に始まった新医師臨床研修制度の影響。それ以前から地方の医療崩壊は起こっていましたが、成東病院のケースは、近隣の県立病院が05年秋に崩壊したことに始まります。 

 その病院には内科の医師が12人いたのですが、医師の引き揚げなどで2人にまで減少したため、病床を半分近く減らしたんです。その結果、夜間や救急も含めた外来、入院患者の負担が全部こちら側にきた。当院は今でもこの地域で最も大きな中核病院で、二次救急の夜間の輪番も半分以上やっており、診療制限やベッド数の削減は到底無理だったのです。そうこうしているうち、年が明けた06年1月に突然一人の内科の先生が、「もう当直はできない」と言ってきたんです。「肉体的にも精神的にもボロボロで、このままだと医療事故を起こしかねない。外来も入院も診るが、当直だけは勘弁してほしい」と。 

 翌日になって、それを聞いた別の内科の先生が「わたしもそうしたい」と言ってきて、最終的に全員そうなってしまった。ただ、「ほかの科の先生たちが当直をやっている手前、自分たちだけがそのような形で勤務するのは申し訳ない。それなら辞めるしかないのではないか」ということで、9人全員が一斉に退職しました。 

 その後、内科の病棟を閉鎖し、わたしの大学時代の先輩に外来の非常勤として来てもらいました。7月ごろには内科医が少しずつ集まり、何とか常勤3人を確保し、秋には病棟を再開することができました。辞めたくて辞めたわけではないとは分かっていますが、当時は本当にパニック状態でしたね。 

 「やっぱり成東病院で仕事がしたい」と戻られた先生もいますが、「あの時、なぜ辞めたのか今でも分からない」と言っています。「とにかく当直をやれる状態ではなかった。そういう流れになってしまった」と。1人辞めると、残された先生の負担が大きくなるので、みんなで話し合った結果、やめざるを得ないという結論に達したのだと思います。使命感と責任感の強い先生方ばかりでしたから。 

 もう4年も前のことなので、時効だと思いますが…。06年2月に記者会見を開く前日、当時の千葉県知事から電話が欲しいといわれました。わたしが知事室に電話をすると、「内科の先生方が全員退職するのは、私ども県立病院の崩壊が原因だということは十分認識しているが、記者会見では県立病院の話は絶対にしないでほしい」と固く口止めされました。知事は「私が責任を持って、4月に内科の医者を2人送る」と約束されましたが、それきり連絡はなく、結局空手形となりました。 

 県側は当地域の医療状況を十分認識していると思いますが、いまだに県立病院を立て直す気持ちはないようです。二次救急基幹病院であることに加え、地域災害拠点病院にも指定されているのに、病床は60床に縮減したままであり、救急も内科系を月の5日しかやっていない。県の地域医療に対する考え方がわたしにはよく分かりませんね。(同感ですよ、坂本院長!) 



―どのような経緯で地方独法という運営形態を選んだのですか。 

 公がやらなければならない不採算の部分、これを公が確実に担保し、地域住民が安心して暮らせる医療を行うためには独法でなければできません。指定管理者制度では、この点が担保できない。「できなかった」で終わってしまう。地方独法では、市が掲げた中期目標に対して、われわれが中期計画を作成しますが、その中期目標の最低限の部分を市側が担保します。法人側はその出資に応える形になります。 

 地方独法を選んだ理由は他にもあります。年功序列型の公務員制度は硬直化しているので、弾力的な運用はできません。わたしはかねてから、市に「ぜひ独法にしてほしい」とお願いしており、今回ようやく日の目を見た形となりました。 



―東金、九十九里、芝山の3市町が組合からの離脱を表明し、山武市単独の独法を設立しましたが、センター開設までに最も苦労したことは何ですか。 

 地方では、公務員になれば食べていけるという公務員指向が依然として根強い。独法への移行で非公務員、つまり民間型になるということで、職員の不安感がすごく大きくて、それを取り除くことが大変でした。 

 昨年11月から1月まで、わたしは職員一人ひとりに個人面談を実施しました。仕事が終わってから、今後の方針やわたしのビジョンを説明し、「新しい法人になっても、ぜひ勤めていただきたい」とお願いしたのです。 

 2年間は現給保証としているので、これまでと変わりませんが、職種によって、例えば看護師さんの給与はかなり引き上げました。やはり、労働に見合ったお金を出さなければなりませんから。公務員は職種によって給料の上がり方が違うんですね。事務系の方が優遇されているような印象を受けました。民間病院では、労働に見合った給与額が明確に決まっているので、なるべくそれに近いような形でやりたいと考えています。 



■大学の看護学生への奨学金制度も検討 

―地方では看護師の確保が大変だと思いますが、今年度の計画では、昨年度より17人増の147人を目指しています。今後、どのような対策を考えていますか。 

 看護師に限らず、よい職員を採用するためには、安心とやりがいのある職場環境が欠かせません。わたしたちは新設型の独法で、借金ゼロでスタートできるという非常に恵まれた立場にあるので、給与を含めた労働環境の改善にゆとりを持って対応できます。わたしは今年、まず病児保育を始めたいと思っています。看護師さんにとっても他の職員にとっても、安心して働けるという気持ちの面で意義は大きいでしょう。 

 もちろん環境だけでは来てくれません。最も大切なことはやりがいです。夢を持って働ける、それを実現させるためのシステムづくりが非常に重要です。4月に新たな看護部長が就任し、看護部内でさまざまなアイデアを考えている最中なので、今後それを実行に移していきます。また、大学の看護学部の学生を対象とした奨学金制度の創設も検討しています。 

 地域の中核の公立病院という立場上、これまで表立ったPR活動はしてきませんでしたが、4月から考え方がまったく変わりました。民間の手法を取り入れ、当院のよさを積極的にアピールしていくつもりです。独法化で情報発信の重要性が分かりました。自分たちの病院は自分たちの力でよくしていくという気持ちが強くなったからこそだと思います。 


―人事評価制度を含め、今後、職員の意識改革をどのように進めますか。 

 意識改革は徐々に浸透していくと思いますが、重要なのはやはり公平、公正な人事評価制度をつくることです。このたび、医療とは無関係の民間会社を経営されていた方を顧問に迎えました。その方の下で、民間の手法を取り入れた新しい給与制度、人事評価制度を2年かけてつくります。 

 実は4月の時点で、センターの人事はこれまでと変わっています。今までは、入った年度で位が決まっていましたが、若い方も上になった人事にしました。次の世代、さらにはその次の世代を任せられる人材の育成のためです。今後、それを適正に評価するシステムをつくっていきます。 



■2年後のDPC対象病院を目指して 

―現在、病床は350床ですが、将来的にさんむ医療センターをどのような施設に変えていくお考えですか。 

 看護師さんが不足しているので、やむなく一部病棟閉鎖を行っていますが、満床の状態が続き、空き病床の確保がきつくなっています。 

 今年度は、二つの大きな事業を計画しています。まず、夏にDPC準備病院の募集に手挙げをして、2年後の導入を目指します。それから50床前後を改修し、回復期リハビリテーション病棟を開設する予定です。 

 地域にはそれぞれ特性がありますが、わたしたちの地域は特に高齢化率が高い地域です。また、高齢化率が高いだけでなく、独居の方が多い。法人としては、これらの特性に基づいたサービスを提供していかなれければなりません。独法化により、今まで実現できなかったアイデアを実行に移すことが可能になりました。わたしは、病院は街づくりの中心になると考えています。さんむ医療センターでは、「地域の未来を拓く」というスローガンを掲げていますが、医療だけでなく、保健や福祉においても、住民の皆さんが安心して住める街づくりを目指し、市と連携しながらさまざまなアイデアを実現したいと思っています。 

 さしあたっては病児保育、院内を託児所のようにして、体調の悪い子どものケアをしたい。最初は職員を対象とし、将来的には市内の保育所まで広げるという構想です。働く母親の子育て支援をやりたいんです。また、市が行っている保健福祉業務の窓口をセンター内に開きたいと考えています。療養費の問題や生活保護、さらには介護保険施設といった介護サービスまで、時間を決めて市の職員に来てもらい、患者さんからの相談を受け付ける。これらも今年中にやりたいと思っています。 

 最終的にわたしたちが目指すのは、「ゆりかごから墓場まで」の地域包括ケアです。老健施設だけでなく、メディカルホームもやりたいと考えています。安心して住める街になれば、他の地域から移住する人が増えるかもしれない。人口が増えることは、街づくりにおいて最も大切なことなので、病院として市の街づくりに貢献するつもりです。 

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 4月18日は山武長生夷隅の住民にとって、今後の医療行政を決める重要な日だった。任期満了に伴う市長選の投開票が山武、東金の両市で行われたからだ。 

 いずれの選挙も争点となったのは医療だった。東金では、現職の志賀直温氏が東金九十九里地域医療センターの建設計画の推進を主張。一方の山武では、現職の椎名千収氏がさんむ医療センターを開設した実績を強調した。両氏の主張に対し、他の候補者は建設計画や運営方法の見直しを求めたが、両市とも現職が当選を果たし、地域の医療計画はこれまで通り進むこととなった。 

 公立病院再生では、選挙が大きな転換点となる。医療は住民の生活に直結しているため、争点となるのはやむを得ないかもしれない。しかし、単なる「政争の具」で終わっては、むしろ患者の心を惑わすだけではないか。長期的なビジョンとして「街づくり」をとらえ、それを医療者の働きやすい環境整備につなげる。こうした発想が求められているのではないだろうか。 

(終わり。この連載は編集部の敦賀陽平が担当しました)