財団法人 「太平洋戦争戦没者慰霊協会」が公益認定される事を 望んでいます  監事  長  隆



財団法人 「太平洋戦争戦没者慰霊協会」が公益認定される事を 望んでいます  監事  長  隆 
  
  
  
 理事長  秋上 眞一さんのご挨拶 
  
 当財団は、厚生省〔当時)の認可団体として先の大戦で日本国民のみならず、亡くなられた全ての御霊を慰霊し,ご遺族と共に不再戦を誓い、世界の平和を祈念することを目的として昭和41年に創立しました。 
  
以来、グアム・ソロモン・ラブアン・ハバロフスクに民間の浄財で平和慰霊公苑を建立、維持管理を致しております。これ等の公苑は戦争の過ちに思いをいたし、平和希求のシンボルたるを信じて協力支援された多くの関係者・関係機関の善意の賜物であります、ご高志を顕頒して慰霊祭・慰霊巡拝等の慰藉事業を継承して参ります。 

厚生省委託のシベリア埋葬地調査にも,抑留体験者の協力をもとに進めて参りました。シベリア抑留中に亡くなられた方々は、62,056名と言われており、地形の変貌・苛酷な気象条件・記憶の風化等で不利な条件を克服しての調査義務ですが、本財団の調査報告書は、厚生省からも高く評価されており、戦場となったすべての国々に遺留されている御柱のご帰還を果たすべく、可能な限りこの事業は継続するべきと考えています。 

すでに、平成元年から厚生省の意向を受けその指導のもとに、先の大戦により余儀なく強制送還で日本人の父と離別残留させられた日系二世と、父親・在日親族の絆を結ぶフィリピン戦争離別日系母子家庭子弟援護事業は継続して実地しております。 

平成9年度からは、中国残留邦人帰国者のための無償日本語習得講座、日本社会での自立生活相談,未帰還者の現地調査帰国支援等の事業を推進しております。 

平成15年度から4ヶ年間には、政府厚生労働省委嘱事業として海外民間建立慰霊碑等の現状を調査して参りました。維持管理に支障ある慰霊碑等に対応する今後の施策が求められております。 

これ等の事業と当財団に課せたれた使命を達成し、慰霊事業の恒久的存続を図る為に,関係各位のご理解と積極的なご支援ご協力を賜りたく、また当財団の運営にも皆様方の絶大なご協賛を賜りますようお願い申し上げる次第であります。  
  

・・・・松島トモ子さんも協力しておられます 
http://www.sbrain.co.jp/keyperson/K-1481.htm

(財)太平洋戦没者慰霊協会 
平和慰霊公苑を守る会会長   
 松 島 トモ子さん プロフィール  ご紹介 

  
名子役として一世を風靡し、現在は舞台・テレビで活躍のタレント。旧満州(現中国東北部)生まれ。 
映画「獅子の罠」でデビュー、以後名子役として活躍。ザ・マスターズスクール卒(N・Y)。長年にわたる芸能生活を振り返り、人々との出会いの感動を、生きる喜びを語る講演は好評。 

1才の時に母と共に日本に引揚げるも、父はシベリア抑留のまま死去。3才からバレエを学ぶ。 
映画「獅子の罠」でデビュー。 
以後、名子役として80本の映画に主演。また童謡、ポピュラー、歌謡曲などの歌手としても活躍。 
19歳の時にN・Yのザ・マスターズスクールに留学。卒業後もマーサー・グラハムに入門し、スカラシップを授かる。 

現在は、日本テレビ系「おもいッきりテレビ」のレギュラーや語学力(英語)を活かした番組レポーターとして世界をまわり著名人と交流を深める他、舞台・ラジオ・講演などで活躍。 

1996年平和慰霊公苑を守る会会長に就任。 
98年障がい者の方からの一通の手紙がきっかけとなり出会った「車いすダンス」競技は、ライオンとヒョウに襲われ第四頸椎を粉砕骨折したが、奇跡的に障がいが残らなかった経験を踏まえ、感謝の気持ちを大切に打ち込んでいる。 

第1回車椅子ダンス世界選手権’98優勝、第1回車いすダンスアジア太平洋選手権大会優勝、第1回全日本車いすダンススポーツ選手権大会優勝 

●著書 
「ホームレスさん こんにちは」「車椅子でシャル・ウイ・ダンス」「母と娘の旅路」「ともだちの詩」「ニューヨークひとりぽっち」他  
  
 講演テーマ 
  
 シベリアに死した父 
母と娘の二人三脚 
多くの人たちとの出会いの中で