「地域医療貢献加算」は早急な方向転換を長尾クリニック(尼崎市)

過激なタイトルですが ご意見に賛同します
お前の携帯番号を教えろ!―「地域医療貢献加算」は早急な方向転換を長尾クリニック(尼崎市) 長尾和宏
2010年4月10日 MRIC by 医療ガバナンス学会 引用
 
 
 4月1日から診療所の再診料に「地域医療連携加算」という新しい項目ができました。外来患者全員に携帯電話番号を教えて、24時間365日、外来患者さんからの電話相談に応えなさいという制度です。
 
【お前の電話番号を教えろ】
 さっそく「お前の携帯番号を教えろ!」という外来患者さんが来られました。「当院ではその届け出はしていないので、教えることができません。既に届け出ている医療機関を御紹介しましょうか」と丁重に説明しました。このように、まず権利から主張される患者さんも実際にはおられます。
 
【携帯番号は個人情報そのもの】
 診察券に携帯番号を書けとのことですが、携帯番号は個人情報そのものです。当院にはカルテベースで何千人という患者さんがいます。すべての患者さんの顔、病状、お薬を覚えることは不可能です。もし診察券に携帯番号を書けば、なかには家族や隣の人からも昼夜を問わず電話がかかってくるでしょう。また番号情報をどこかに売り飛ばされるかもしれません。ネットに流されれば無限に増殖するでしょう。しかも無限に増殖した顔の見えない相手にきちんと対応しなければ、規則違反とされ取り調べを受けます。
 
【医師は患者を選べません】
 医師には「応召義務」が定められています。正当な理由が無い限り求められれば診療を拒否できません。つまり、患者は医師を選べても、医師は患者を選べません。以前から気になる患者さんには携帯電話番号を教えて深夜でも無償で対応してきました。例えば夜診の終了間際に来院された急性虫垂炎疑いの患者さんの夜が気にならない開業医なぞいないでしょう。これくらいのことは、どんな開業医もしています。医師とは元来そういう職業です。しかし今回、「制度」として、全員に教えることが「義務」づけられてしまいました。制度や義務となった途端に、善意はかき消されます。まだ選択制であることが救いです。
 
【そもそも、かかりつけの定義とは?】
 そもそも「かかりつけ」の定義は何でしょうか?10年に1回しか医者にかからない患者さんには、たった1回の風邪での受診だけでも「私のかかりつけ医」と勝手に思っている場合もあります。一期一会の患者さんでも、財布の中に診察券がある限りは、かかりつけ医とみなされるかもしれません。医師と患者の信頼関係は何度かの受診を経て深まります。1度会っただけの患者さんにそこまでしなければならないのでしょうか?総合診療か専門診療か、診療科、地域性にもよりますが、一口に「患者さん」と言っても実に多様です。
 
【365日24時間対応の大変さ】
 当院では在宅療養支援診療所として在宅患者さんに365日、24時間対応しています。余談ですが外来も年中無休で日祝でも3診体制で診療しています。週1人の割合での在宅看取りのため365日、24時間対応しますが、それだけで手一杯です。昨年、酒気帯び診察がマスコミの餌食になりましたが、厳密に適応されるなら一生酒は飲めません。学会、研究会、懇親会にも参加できません。一方、がん拠点病院などお上からの指定講演会にこれまで以上に参加が義務づけられます。そこで勉強したりお酒を飲む時は、代理当直を雇わなければなりません。
 
【開業医には人権はないのか?】
 結局、開業医は酒も飲まずに24時間、365日いつでも診察に電話対応にスタンバイすることを要求されます。世の人には労働基準法があります。事業主には適応されませんが、労働衛生といわずとも、24時間、365日働けば人間は壊れてしまうことは自明です。どうやら開業医には、健康に生きる権利も個人情報が保護される権利も適応されないようです。これは人権を侵害する制度ではないでしょうか。
 
【医療再生どころか医療崩壊を加速させる制度】
 勤務医の負担を減らして医療再生のために考えられた制度と聞きます。しかし電話対応だけで自信がなければ結局、救急病院を紹介することになります。結果、病院当直医は今以上に忙しくなるのは確実です。つまり医療崩壊を防ぐどころか反対に加速させることは確実です。ちなみに「医療再生には、地域医療連携が要である」と私は主張してきました。
 
【医療訴訟も増えるであろう】
 深夜に胸痛を訴える電話が鳴ったが、たまたま風呂に入っていて出られなかった。もしくは電話に出て大したことなさそうと判断して「一晩様子を見ましょう」と説明した。しかし実際は心筋梗塞であって救急車の中で絶命した。そのようなケースが充分、想定されます。遺族は、専門病院への搬送が1時間遅れたために助かる命も助からなかった、と訴えるでしょう。わずか30円のために医療訴訟になり膨大なエネルギーが費やされます。「地域医療連携加算」は、医者も患者も不幸にする制度です。
 
【結局どうすればいいのか?】
 2月17日のMRICにおいて「地域医療貢献加算は要らない」という拙文で、この制度の問題点と改善策を提言しました。
 
 しかし3月11日の梅村聡参議員議員による国会質疑を除いて、充分な議論がなされないまま4月1日に施行されました。青森県医師会は、勇敢にもボイコット運動から廃止運動へと声を上げています。私は、せっかくの「貢献加算」の理念を活かして、算定要件を大幅に見直すことを強く提案します。すなわち、この制度の本来の趣旨である休日夜間対応として、「休日夜間診療所」や「当番医」など地区医師会活動に協力している医療機関が算定できるという解釈に改訂するのが現実的ではないでしょうか。
 
 厚労省の早急な対応があれば、地道に努力している診療所と、なによりも患者さんが救われると確信します。
 
【筆者プロフィール】
長尾和宏 尼崎市昭和通7-242 長尾クリニック
TEL06-6412-9090、FAX06-6412-9393
1984年東京医大卒、大阪大学第二内科入局、市立芦屋病院勤務、1995年開業、尼崎市医師会地域医療連携・勤務医委員会委員長、近著「町医者力」(エピック)他